――1時間後。
ギルドのホールにいた冒険者たちは、開け放たれた扉の音に注目した。
「ぜぇ……はぁ……ごきげん、取れねええええっ!」
ラルフが全身ススだらけで帰ってきた。髪は逆立ち、左肩からは湯気が立っている。背中には“説教ドラゴンの備忘録(90ページ)”が刺さっていた。
「ど、どうでした? “ご機嫌”は……」
「最初は良かったんすよ! “最近の若いやつは……”って話し始めて……でも途中で“俺の若い頃は”って、もうその頃には目が虚ろで……」
ギルドの一同がざわつく中、サマンサはにっこりと微笑む。
「それは大変でしたね。でも依頼完了ですよ。報酬はこちら、銀貨20枚と、ご褒美の説教メモです♪」
「誰が読むかぁぁ!」
サマンサは涼やかな笑顔で手帳に記録する。
“説教ドラゴン:処理完了。リストラ成功。副産物:冒険者ラルフのMP激減。良し。”
そのとき、背後からギルドマスターの怒鳴り声が響いた。
「サマンサ! また妙な依頼回してないだろうな!? 一昨日の“腰痛ベヒーモスの揉みほぐし”とか、もう苦情がひどいぞ!」
「まあ、ギルドマスター。依頼はすべて正式ルートですし、受けるかどうかは冒険者次第ですわ♪」
「……お前、本当に元“聖女候補”だったんだよな? どこで育て方を間違えたんだか」
(魔界のスパルタ女学校出身だけどな)
口には出さず、サマンサはやんわりと首をかしげてみせた。
そこへ、新たな依頼を持ち込む郵便ドラゴンが窓から突入してきた。
「お届けモノでぇぇぇす! ――って、こら! 扉から入れって言ってるだろ!」
「うるさいなぁ、人間の扉ちっちゃいんだもん!」
郵便ドラゴンは、サマンサに分厚い封筒をぽいと投げてよこす。中には“魔王からの指示書”が仕込まれていた。
誰にも気づかれぬよう、その封筒をこっそり開きながら、サマンサの目が鋭く光る。
《指令:D級モンスター“アピールマン”および“つねに自己紹介するスライム”を処理せよ。魔王軍内でのトラブル頻発。エリート化計画第12段階を開始せよ。》
(アピールマン……こないだ魔王様の前で“俺ってスゴくないっすか?”を23回連呼したやつね。あれはリストラ妥当だわ)
彼女はさっそく、カウンター下から“雑に強そうに見える依頼書”を引っ張り出す。そこにはこう記されていた。
【依頼名:謎の迷宮から脱出せよ】
内容:自己紹介してくるスライムを処理しながら、アピールの激しい敵と戦ってください。
推定ランク:C
(……これを誰に押し付けようかしら)
そのとき、ぬるっと近づいてきたのは、ギルドの新人・シャーロットだった。
「サマンサさんっ! わたし、そろそろ強敵と戦ってみたいんですっ!」
(来たわね……ピュアで正義感のある、使い捨……いえ、前向きな駒が)
「そうですか、それは頼もしいですわ。では、ちょうどいい依頼がありますよ。“謎の迷宮”に“人格に問題がある敵”がいるのですって」
「それって正義のために倒すべき敵ですね! がんばります!」
――ギルドホールの誰もが、サマンサが“人類の味方”でないことなど、夢にも思わなかった。