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第2話

 ――1時間後。

 ギルドのホールにいた冒険者たちは、開け放たれた扉の音に注目した。

「ぜぇ……はぁ……ごきげん、取れねええええっ!」

 ラルフが全身ススだらけで帰ってきた。髪は逆立ち、左肩からは湯気が立っている。背中には“説教ドラゴンの備忘録(90ページ)”が刺さっていた。

「ど、どうでした? “ご機嫌”は……」

「最初は良かったんすよ! “最近の若いやつは……”って話し始めて……でも途中で“俺の若い頃は”って、もうその頃には目が虚ろで……」

 ギルドの一同がざわつく中、サマンサはにっこりと微笑む。

「それは大変でしたね。でも依頼完了ですよ。報酬はこちら、銀貨20枚と、ご褒美の説教メモです♪」

「誰が読むかぁぁ!」

 サマンサは涼やかな笑顔で手帳に記録する。

“説教ドラゴン:処理完了。リストラ成功。副産物:冒険者ラルフのMP激減。良し。”

 そのとき、背後からギルドマスターの怒鳴り声が響いた。

「サマンサ! また妙な依頼回してないだろうな!? 一昨日の“腰痛ベヒーモスの揉みほぐし”とか、もう苦情がひどいぞ!」

「まあ、ギルドマスター。依頼はすべて正式ルートですし、受けるかどうかは冒険者次第ですわ♪」

「……お前、本当に元“聖女候補”だったんだよな? どこで育て方を間違えたんだか」

(魔界のスパルタ女学校出身だけどな)

 口には出さず、サマンサはやんわりと首をかしげてみせた。

 そこへ、新たな依頼を持ち込む郵便ドラゴンが窓から突入してきた。

「お届けモノでぇぇぇす! ――って、こら! 扉から入れって言ってるだろ!」

「うるさいなぁ、人間の扉ちっちゃいんだもん!」

 郵便ドラゴンは、サマンサに分厚い封筒をぽいと投げてよこす。中には“魔王からの指示書”が仕込まれていた。

 誰にも気づかれぬよう、その封筒をこっそり開きながら、サマンサの目が鋭く光る。

《指令:D級モンスター“アピールマン”および“つねに自己紹介するスライム”を処理せよ。魔王軍内でのトラブル頻発。エリート化計画第12段階を開始せよ。》

(アピールマン……こないだ魔王様の前で“俺ってスゴくないっすか?”を23回連呼したやつね。あれはリストラ妥当だわ)

 彼女はさっそく、カウンター下から“雑に強そうに見える依頼書”を引っ張り出す。そこにはこう記されていた。

【依頼名:謎の迷宮から脱出せよ】

 内容:自己紹介してくるスライムを処理しながら、アピールの激しい敵と戦ってください。

 推定ランク:C

(……これを誰に押し付けようかしら)

 そのとき、ぬるっと近づいてきたのは、ギルドの新人・シャーロットだった。

「サマンサさんっ! わたし、そろそろ強敵と戦ってみたいんですっ!」

(来たわね……ピュアで正義感のある、使い捨……いえ、前向きな駒が)

「そうですか、それは頼もしいですわ。では、ちょうどいい依頼がありますよ。“謎の迷宮”に“人格に問題がある敵”がいるのですって」

「それって正義のために倒すべき敵ですね! がんばります!」

 ――ギルドホールの誰もが、サマンサが“人類の味方”でないことなど、夢にも思わなかった。


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