迷宮の入口――
シャーロットは、ピカピカの装備にやや身を縮めながら、仲間たちと共に暗い石の通路に足を踏み入れていた。
「ね、ねえ……この依頼、“Cランク”ってほんとにこの迷宮のことだったのかな……? なんか入口からして禍々しいし……“勇者限定通路”って書いてあるし……」
「いやあ、俺たち“気持ちだけは勇者”だからギリOKっしょ!」
後ろでポジティブな声を上げるのは、自称・未来の英雄を名乗るコダマ。
それに、筋トレが日課のクレア、そして口数が少ないけれど料理だけは一級のシーフ・ニール。
こうして“シャーロット隊”は、サマンサの手配した“リストラ迷宮”へ突入したのだった。
数歩進むと、最初の敵が現れた。
「やあこんにちは! 私は“自己紹介スライム”です! 好きな言葉は“自分らしさ”! 今日のラッキーアイテムは“水”です! あとわたし、しゃべるの好きでね、しゃべると溶けるんだよ!」
しゃべりながらブチュブチュと泡立つ青いスライムが、ひたすらに自己紹介を繰り返していた。
「……なんだこれ……倒すの可哀想に思えてくるな」
クレアが棍棒を構えながら顔をしかめる。
「でも倒さないと……前に進めないみたいです……!」
シャーロットが意を決して斬りかかると、スライムは「それでは今日のひとことぉぉぉ……!」という言葉と共に、しゅるんと溶けて床に吸い込まれていった。
「……うん、これ勇者向けじゃねぇな」
一方その頃、ギルドの受付では――
サマンサが優雅に紅茶を口にしながら、“リストラ済み”チェックリストにサラッと線を引いていた。
「ふふふ、あのスライム、会話が永遠に続くから幹部会議でも重宝されてなかったのよね。会議、全然終わらなかったし……」
そんな満足げな顔で記録を書き留めていると、ギルドの奥からひとりの影が忍び寄ってきた。
「……サマンサ、お前、最近調子に乗ってるな」
振り返ると、ギルド所属の“監査官”を名乗る男、ガルムが腕を組んで立っていた。
仮面で顔を隠し、素性不明。常に静かで、誰とも群れない。
(この男……魔王軍の監査部か、それともただのギルドおたくか……)
「わたくし、常に誠心誠意をもって受付業務にあたっておりますわ。何か問題でも?」
「依頼の内容が……妙に“人格破綻型モンスター”に偏っている。これは偶然か?」
「まあまあ、冒険者の成長には多様な経験が必要ですもの。ほら、“説教される力”とか、“謎の自己主張に耐える力”とか?」
ガルムはジロリと彼女を睨んで言った。
「――俺はお前を監視している。お前の正体、いつか暴いてやるからな」
(できるもんならやってみなさい。私は“魔王直属”の第六爪。爪痕ひとつ残さず、業務完遂する女よ)
サマンサはにこやかに会釈した。
「ご自由にどうぞ。わたくしはただの、受付嬢ですから♪」
そして――
“シャーロット隊”が迷宮の最深部に到達する頃、そこには満を持して、モンスター“アピールマン”が立っていた。
「俺ってさ、すごいってよく言われるんだよね! ていうか自分でも思うんだけど、才能ヤバくない!? 昔からモテてたし、筋肉もあるし! え、見たい? はい脱ぎまーす!」
「うわぁぁぁああああ!! 帰ろう!? ねえ、今からでも帰ろうよ!!」
クレアが思わず逃げ腰になる中、ニールが無言で毒投げナイフを構える。
シャーロットはふらふらしながら、精神をすり減らしながら、ひたすら言った。
「……こ、こいつも……正義の名のもとに……斬るしか、ないんです……!」
アピールマンは、最後の最後まで“おれってさー!”を叫びながら爆発四散した。
そしてその瞬間、どこかでサマンサが小さく“ピース”した気がした。