ギルドの昼下がり。
サマンサはポットから注がれるハーブティーの香りを楽しみながら、先ほど処理されたモンスターたちのリストを整理していた。
「アピールマン、自己紹介スライム、説教ドラゴン……今日も、いい働きでしたわ♪」
処理済みモンスターたちの名簿には、うっすらと魔王軍の家紋が入った“再配置不可”の判が押されていく。
この業務も、受付嬢の重要なお仕事のひとつ(※表向きは違う)。
そこへ、ギルドの奥の扉が音を立てて開いた。
「サマンサ殿、ちょっとよろしいか?」
現れたのは、ギルドに時々顔を出す“田舎貴族出身のやたらとおせっかいな騎士”レジナルド・フォン・ミスリル卿だった。
「あら、ごきげんようレジナルド卿。今日も鎧がピカピカですこと」
「うむ、今日は良い砥石を見つけてな。ところで最近、妙な依頼が続いておると聞いてな……“迷路の中でモンスターの名前を3回叫ぶ”とか、“髪の毛を吸うゴーレム”とか……」
「ああ、それはですね、“体験型の依頼”として新設された試験運用ですの。人間には“学び”が必要でしょう?」
「ほう……それなら、わしも一度体験してみるかな!」
(……来たわね。うずうず系中年。何でも体験したがる、ただし戦力にはならない典型)
サマンサはとびきりの笑顔で、引き出しの奥から“未処理問題児枠”の依頼書を取り出した。
「それでしたら、“過剰テンション・バンシーの鎮魂依頼”はいかがでしょう? とても感情豊かなモンスターですが、ちょっと喜怒哀楽の“哀”が強すぎて……」
「ほほう、それは人間の心を鍛えるにはもってこいだな!」
「はい。任務中、彼女の叫びに“同情しすぎて泣いたら敗北”というルールがあります。お気をつけて」
「うむ! 騎士たるもの、涙は騎乗のあとで!」
レジナルド卿が勇ましく出発したのを見届けると、サマンサは机の下でそっと笑った。
(あのバンシー、“別れた彼氏のことを永遠に歌い続ける”性質だったはず。騎士殿、きっと心をえぐられるでしょうね)
と、そこへ背後からまた声がした。
「……やっぱり君、いろいろ怪しいよね」
また現れた、ギルド監査官のガルム。仮面の奥からのぞく目がじっとサマンサを見つめている。
「またですか? もしかして私のファンなのでは?」
「違う」
「照れ隠しも男の証……ふふ♪」
「いやマジで違う。俺は知ってるんだ、お前が“ギルドの人間じゃない”ってな。足音が……違う。人間より……軽い。なのに重心は踵。つまり――靴の中の“重さ”が不自然なんだ」
サマンサの笑顔が一瞬だけ止まる。
その表情を見て、ガルムの目が細くなった。
(……チッ、詰めが鋭くなってきたわね)
だがすぐにサマンサは微笑みを戻した。
「観察眼は素晴らしいですね。でも、そんなにわたくしの足にご興味があるなんて……もしかして、フェチ?」
「――ちがう」
バタン! と勢いよく去っていくガルム。その背を見送りながら、サマンサは魔王直送の“監視対象メモ”を確認する。
《ガルム:元・人間。諜報部追放者。要注意。性格:陰キャ。接近時はニコニコ笑顔で追い返すこと》
「ふふ、可愛い敵ですわね」
その日の夜――
“騎士レジナルド卿”、顔面を涙と泥で濡らしながら帰還。
「ひ……ひぐっ……バンシー嬢の、彼氏……ひどすぎる……」
「依頼完了ですね。ご苦労さまでした。こちらが報酬ですわ♪」
サマンサは今日も笑顔で、リストに“バンシー:リストラ完了”の印をつけるのだった。