目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話

 ギルドの昼下がり。

 サマンサはポットから注がれるハーブティーの香りを楽しみながら、先ほど処理されたモンスターたちのリストを整理していた。

「アピールマン、自己紹介スライム、説教ドラゴン……今日も、いい働きでしたわ♪」

 処理済みモンスターたちの名簿には、うっすらと魔王軍の家紋が入った“再配置不可”の判が押されていく。

 この業務も、受付嬢の重要なお仕事のひとつ(※表向きは違う)。

 そこへ、ギルドの奥の扉が音を立てて開いた。

「サマンサ殿、ちょっとよろしいか?」

 現れたのは、ギルドに時々顔を出す“田舎貴族出身のやたらとおせっかいな騎士”レジナルド・フォン・ミスリル卿だった。

「あら、ごきげんようレジナルド卿。今日も鎧がピカピカですこと」

「うむ、今日は良い砥石を見つけてな。ところで最近、妙な依頼が続いておると聞いてな……“迷路の中でモンスターの名前を3回叫ぶ”とか、“髪の毛を吸うゴーレム”とか……」

「ああ、それはですね、“体験型の依頼”として新設された試験運用ですの。人間には“学び”が必要でしょう?」

「ほう……それなら、わしも一度体験してみるかな!」

(……来たわね。うずうず系中年。何でも体験したがる、ただし戦力にはならない典型)

 サマンサはとびきりの笑顔で、引き出しの奥から“未処理問題児枠”の依頼書を取り出した。

「それでしたら、“過剰テンション・バンシーの鎮魂依頼”はいかがでしょう? とても感情豊かなモンスターですが、ちょっと喜怒哀楽の“哀”が強すぎて……」

「ほほう、それは人間の心を鍛えるにはもってこいだな!」

「はい。任務中、彼女の叫びに“同情しすぎて泣いたら敗北”というルールがあります。お気をつけて」

「うむ! 騎士たるもの、涙は騎乗のあとで!」

 レジナルド卿が勇ましく出発したのを見届けると、サマンサは机の下でそっと笑った。

(あのバンシー、“別れた彼氏のことを永遠に歌い続ける”性質だったはず。騎士殿、きっと心をえぐられるでしょうね)

 と、そこへ背後からまた声がした。

「……やっぱり君、いろいろ怪しいよね」

 また現れた、ギルド監査官のガルム。仮面の奥からのぞく目がじっとサマンサを見つめている。

「またですか? もしかして私のファンなのでは?」

「違う」

「照れ隠しも男の証……ふふ♪」

「いやマジで違う。俺は知ってるんだ、お前が“ギルドの人間じゃない”ってな。足音が……違う。人間より……軽い。なのに重心は踵。つまり――靴の中の“重さ”が不自然なんだ」

 サマンサの笑顔が一瞬だけ止まる。

 その表情を見て、ガルムの目が細くなった。

(……チッ、詰めが鋭くなってきたわね)

 だがすぐにサマンサは微笑みを戻した。

「観察眼は素晴らしいですね。でも、そんなにわたくしの足にご興味があるなんて……もしかして、フェチ?」

「――ちがう」

 バタン! と勢いよく去っていくガルム。その背を見送りながら、サマンサは魔王直送の“監視対象メモ”を確認する。

《ガルム:元・人間。諜報部追放者。要注意。性格:陰キャ。接近時はニコニコ笑顔で追い返すこと》

「ふふ、可愛い敵ですわね」

 その日の夜――

“騎士レジナルド卿”、顔面を涙と泥で濡らしながら帰還。

「ひ……ひぐっ……バンシー嬢の、彼氏……ひどすぎる……」

「依頼完了ですね。ご苦労さまでした。こちらが報酬ですわ♪」

 サマンサは今日も笑顔で、リストに“バンシー:リストラ完了”の印をつけるのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?