夜。ギルドの受付カウンターに最後の蝋燭が燃える頃。
今日も業務終了時間を知らせる鐘の音が、街にやさしく響いていた。
サマンサは、一人静かに受付台の帳簿を閉じた。
外見は完全に“ただの有能すぎる受付嬢”。
でも、今からが本当の“業務”だった。
カウンター裏――
誰にも見られぬよう、足でそっと床板を踏むと、魔力を帯びた隠し通路がスッと開いた。
そのまま地下に降り、漆黒の石室にたどり着く。
そこには、古びた魔導鏡が一枚、浮いていた。
「通信コード【黒六/昏の爪】、受信起動」
魔力を注ぐと、鏡の中にゆらりと姿が現れる。
黒い王冠に金の瞳、背後にそびえる闇の城。
サマンサの直属の上司――“魔王陛下”だった。
『よくやっているな、サマンサ。進捗報告を聞こう』
「はい陛下。先週までに“コミュ障グール”“強迫観念ミノタウロス”“遅刻ドラゴン”の処理が完了しました。今週は“アピールマン”と“情緒バンシー”も排除完了。これで“迷惑度Cランク”の掃除はほぼ完了しました」
『うむ。勇者という名の人間資源処理装置は、実に便利だな』
「ええ、本当に。しかも“善行”だと思って働いてくれるので、罪悪感ゼロですし♪」
『その点、お前はよくやっている。魔王軍はこれで、“規律重視・実力至上・報連相厳守”の理想的組織に近づく』
(報連相……ほんと、魔界もブラック企業化が進んでるのね)
「ただ一点、報告があります。ギルドの“ガルム”という男、こちらの正体に勘付き始めているようです。対処は?」
『……無理に排除するな。監査部出身のはぐれ者だが、戦闘能力は高い。現場での暗殺はコストに見合わぬ』
「わかりました。笑顔とお茶で様子を見ます」
『うむ。引き続き、優秀な人材のみを残し、魔王軍を“選ばれし者の軍”とするのだ』
「陛下、ところで……いつになったら“有給”ってもらえるんでしょうか?」
『休暇とは、戦いが終わった者に許される祝福だ』
「……つまり、死ぬまで働けってことですね」
鏡がふっと消えた。
サマンサは天井を見上げ、小さくため息をついた。
「“ブラック軍団のホワイト化”のために、人間ギルドでフルタイム労働って……本当、やってられないわ」
そうぼやきながらも、彼女はまた、鏡の台帳に次の“リストラ候補”を記入する。
《次週ターゲット候補:
・「すぐギャグを言う死霊」→会議の進行が滞る
・「おばあちゃんの知恵袋を使うゾンビ」→発言の8割が民間療法
・「パチンコにハマったケルベロス」→業務中に抜け出す》
「……あら、ケルベロスはちょっと惜しいわね。ギャンブル癖がなければ三頭分の労働力だったのに」
明日もまた、“笑顔で送り出す処刑人”の仕事が始まる。
誰も気づかぬまま、サマンサの周囲だけが――“魔王軍改革”の最前線だった。