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第5話

 夜。ギルドの受付カウンターに最後の蝋燭が燃える頃。

 今日も業務終了時間を知らせる鐘の音が、街にやさしく響いていた。

 サマンサは、一人静かに受付台の帳簿を閉じた。

 外見は完全に“ただの有能すぎる受付嬢”。

 でも、今からが本当の“業務”だった。

 カウンター裏――

 誰にも見られぬよう、足でそっと床板を踏むと、魔力を帯びた隠し通路がスッと開いた。

 そのまま地下に降り、漆黒の石室にたどり着く。

 そこには、古びた魔導鏡が一枚、浮いていた。

「通信コード【黒六/昏の爪】、受信起動」

 魔力を注ぐと、鏡の中にゆらりと姿が現れる。

 黒い王冠に金の瞳、背後にそびえる闇の城。

 サマンサの直属の上司――“魔王陛下”だった。

『よくやっているな、サマンサ。進捗報告を聞こう』

「はい陛下。先週までに“コミュ障グール”“強迫観念ミノタウロス”“遅刻ドラゴン”の処理が完了しました。今週は“アピールマン”と“情緒バンシー”も排除完了。これで“迷惑度Cランク”の掃除はほぼ完了しました」

『うむ。勇者という名の人間資源処理装置は、実に便利だな』

「ええ、本当に。しかも“善行”だと思って働いてくれるので、罪悪感ゼロですし♪」

『その点、お前はよくやっている。魔王軍はこれで、“規律重視・実力至上・報連相厳守”の理想的組織に近づく』

(報連相……ほんと、魔界もブラック企業化が進んでるのね)

「ただ一点、報告があります。ギルドの“ガルム”という男、こちらの正体に勘付き始めているようです。対処は?」

『……無理に排除するな。監査部出身のはぐれ者だが、戦闘能力は高い。現場での暗殺はコストに見合わぬ』

「わかりました。笑顔とお茶で様子を見ます」

『うむ。引き続き、優秀な人材のみを残し、魔王軍を“選ばれし者の軍”とするのだ』

「陛下、ところで……いつになったら“有給”ってもらえるんでしょうか?」

『休暇とは、戦いが終わった者に許される祝福だ』

「……つまり、死ぬまで働けってことですね」

 鏡がふっと消えた。

 サマンサは天井を見上げ、小さくため息をついた。

「“ブラック軍団のホワイト化”のために、人間ギルドでフルタイム労働って……本当、やってられないわ」

 そうぼやきながらも、彼女はまた、鏡の台帳に次の“リストラ候補”を記入する。

《次週ターゲット候補:

 ・「すぐギャグを言う死霊」→会議の進行が滞る

 ・「おばあちゃんの知恵袋を使うゾンビ」→発言の8割が民間療法

 ・「パチンコにハマったケルベロス」→業務中に抜け出す》

「……あら、ケルベロスはちょっと惜しいわね。ギャンブル癖がなければ三頭分の労働力だったのに」

 明日もまた、“笑顔で送り出す処刑人”の仕事が始まる。

 誰も気づかぬまま、サマンサの周囲だけが――“魔王軍改革”の最前線だった。


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