「――“パチンコケルベロス”、討伐されました」
翌朝。
魔王軍から届いた定時報告に、サマンサは少しだけ眉をひそめた。
「彼、思ったより戦ったのね。三つの頭で順番に“信じてたんだよォォ!”って吠えながら……」
封筒の中には、最後に彼が残した遺言が魔力文字で記されていた。
《オレの玉、いつか返ってくるって信じてたんだ……》
(玉は返ってこないし、命も戻らないのよ)
サマンサは小さく目を伏せて、しかし秒で切り替えた。
目の前の書類山を見れば、感傷に浸る余裕はない。
「次。“寝言が爆発するハーピィ”と“自分で自分を応援しすぎるエルフ”。どちらを優先かしら……」
そこへギルドの扉がガラリと開き、ひとりの冒険者が血まみれでなだれ込んできた。
「うおおおおおおお! サマンサさーん!!」
「あら、ラルフさん。今週も爆発しましたの?」
「またです! “寝言が全部火炎呪文”ってなんすか!?」
「まさか、“燃える女”の異名が本当に火属性だと思いませんでしたか?」
「完全に信用してたあああ!! 寝てるのに火球連射ッスよ!? ベッドも俺の眉毛も燃えたんスよ!?」
「それでも依頼は完了。素晴らしいですわ。報酬と、“燃えかす”はこちらに」
(寝言ハーピィ……惜しい能力だったけど、火力が全体攻撃すぎるのよね。寝起き一発で部隊が全滅するのは困る)
そんな中、魔王軍から緊急の報告が届いた。
《緊急:中堅幹部“ブリーフマン”が討伐されました。勇者パーティーに、偶然発見されて即処理》
「え……ブリーフマンが……?」
サマンサが珍しく言葉を失う。
“ブリーフマン”――
魔王軍の人事部に所属し、定時出勤・報連相完全・見た目が完全に白ブリーフの二足歩行という、極めて“惜しい存在”だった。
口癖は「下着のように支えたい、君の働き」。
有能だが見た目のせいで魔王の側近会議に出席を禁じられ、サマンサの推薦で現場指導員として再配置されていた。
「……あんなに、実務能力の高い人だったのに」
報告には、こう記されていた。
《勇者側による証言:「変態が出た」「逃げてもブリーフが追ってくる」「心は綺麗そうだった」》
サマンサは静かに机に手を置いた。
「……これが、現場の過酷さなのね」
だが、その顔に浮かんだのは、深い悲しみではない。
“使える者”さえも例外ではない現実への――燃えるようなやる気だった。
(よろしい。ならば次から、現場配置する前に“見た目調整”も検討項目に入れましょう)
彼女はさっそく、新たなチェックシートを作成し始めた。
新設:現場派遣前チェックリスト(試案)
・見た目が人間基準で不快でないか?(例:下着、粘液、ガニ股)
・語尾が独特すぎないか?(例:〜ズラ、〜なのだわっしょい)
・非戦闘時の挙動に危険性がないか?(寝言、咀嚼音、鼻歌が呪文など)
・ギルドで“ギリ通る範囲”の存在か?
「……これで、ブリーフマンの死も無駄にはなりませんわ」
ピン、とペンの先で紙を跳ねると、サマンサはまたいつもの微笑みに戻った。
そんな彼女の姿に、たまたま窓の外を通りかかったガルムが思わずつぶやいた。
「……今、書いてた紙……“下着判定リスト”って見えたんだが……気のせいか?」
ギルドの受付――
そこは“人類の窓口”であり、“魔王軍のリストラセンター”でもあった。