翌朝――ギルドカウンター裏。
サマンサは、いつものように“依頼掲示板に出す用”の紙束を整理していた。
だがその手は、どこか躊躇していた。
(……惜しかったのよね、ブリーフマン。能力だけなら、魔王軍の中でも上位だったもの)
思わず、手元の“故・ブリーフマン追悼ファイル”に視線を落とす。
ファイル表紙には、彼の直筆スローガンが印刷されていた。
《“ホワイトな軍隊に、白ブリーフで!”》
「ダメよサマンサ、しんみりしてたら始まらない。次のターゲットはもう届いてるんだから……」
気を取り直して、彼女は今週分の“処理対象モンスターリスト”に目を通す。
【候補A】:叫ぶだけでガラスが割れる“ソプラノ・リッチ”
→長音で建材が崩壊。幹部会議のたびに部屋が全壊。
【候補B】:自己完結型の召喚獣“ぼっちフェニックス”
→死んで蘇るが、毎回「生きてる意味ない」と自嘲。現場の士気に悪影響。
【候補C】:笑うと相手の尻に火をつける“尻燃えピエロ”
→戦闘中でもギャグを言いたがる。魔王にだけは好かれている。
「……これは、選択を間違えると職場が燃えるわね」
だがその時、彼女の机にひとつの小包が届いた。差出人は――魔王本人。
「珍しいわね。陛下から直々に……あら? なにこれ、ぬいぐるみ?」
包みを開くと、そこにはもこもことしたぬいぐるみ――いや、“ミニサイズのしゃべる幻獣”が入っていた。
「よっ! 俺、フレンドリーナーガ! すぐに友達になろうとするよ! ぐいぐい行くよ!」
「……これ、どこからツッコめばいいのかしら」
小さな蛇型幻獣は、彼女の首に絡みながら懐いてきた。
「寂しがり屋の君に贈る、癒やしと友情の化身! おれ、しゃべるし歌うし、あとおなかも空く!」
(なるほど、“癒やし要員”の導入ね。精神疲労が蓄積してるのを察知したのかしら。さすが、陛下だけは……)
だが、次の瞬間――
「おれの夢は、すべての敵と友達になること! 魔王様とも、ギルドの人間とも、共存共栄! まずは受付嬢とルームシェア!」
「……こいつ、戦線維持どころか思想が危険すぎるわね」
サマンサは即座に“処理対象リスト”に名前を追加。
《追加:フレンドリーナーガ
・敵味方識別不能
・無差別懐柔発言あり
・結論:愛され力が強すぎて逆に組織崩壊の危険性》
「陛下の好意はありがたいけど、この子、きっと裏切りとかじゃなく“善意で全滅”させちゃうわ」
まさに“使えないけど憎めない”系モンスターの典型。
その首の上でじゃれまくるナーガに笑顔を見せながら、サマンサは心を決めた。
「いい? あなたは今から“勇者のお供”として旅に出るの。とっても素敵な人間さんと、友達になれるチャンスよ?」
「ほんとに!? おれ、友達がほしいだけなんだ!」
「ええ、ええ。もう、うんとたくさん作ってきてね♪」
その日の依頼掲示板には、こういう内容がひっそり貼られていた。
《依頼名:しゃべる幻獣の護衛
内容:人懐っこすぎる幻獣を、敵と誤解されないよう守りながら村まで送ってください。※幻獣本人は武装を拒否》
依頼を受けたのは――またしてもラルフだった。
「なんかよくわかんないけど、友達作りって……いいことですよね!」
(ありがとうラルフ。あなた、いっそ魔王軍にスカウトしたいくらい……)