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【第2章 誰かのために走る理由】

 グラウンドの隅に設置された仮設テントの下で、優はクリップボードを手にしていた。その隣には、一就がいる。薄く笑いながら、周囲を眺めていた。

 「集まったのは……7人。多いと見るべきか、少ないと見るべきか」

 「基準による。廃部寸前のチームなら上出来。でも、勝ちたいなら足りない」

 「相変わらず言い切るな、優」

 「当たり前のことを当たり前に言ってるだけです。口数が少ないと誤解されがちですが、私は“無愛想”ではなく“効率重視”ですから」

 一就が肩をすくめる。話している最中にも、優の視線はピッチに出てきた参加者たちをすでに分析していた。

 シュンスケは足元を確かめながらアップを始め、孔佑はストップウォッチをポケットから出して周囲の準備不足を見つけては声をかけていた。悠右はスポーツブランドの最新ジャージをまとい、周囲に笑顔を振りまいている。綾世はその中でも特に浮いていて、ひとりスマホをいじりながらフォームチェックらしき動作を繰り返していた。

 そして――栄利子はボールではなく、絵筆を片手にグラウンド脇のスケッチをしていた。

 「なんで……この人が参加者なんだ……?」

 龍星が思わずつぶやくと、優が平然と答えた。

 「絵で動きを記録してるそうです。『他と違う見方ができる』という点に価値を感じているのだとか。誰がプレイヤーで、誰がサポーターか、まだ確定ではありません」

 「いやでも……絵描いてるよ、今?」

 「私は“今”より“これから”を見る人です」

 龍星はこの女の頭の構造を疑いかけたが、どこかで納得してしまっている自分がいた。

 グラウンド中央に立ち、優がクリアに声を張った。

 「第1次セレクションを開始します。

  テーマは『誰かのために走れるか』。内容は単純なリレー形式。

  ただし、“自分以外の全員”のタイムが、あなたの評価に反映されます」

 数名がざわついた。だが、優の目は鋭く光ったまま、ブレない。

 「『協調性を見たい』なんてぬるいことを言うつもりはありません。

  誰かの目標のために本気で動けるかどうか。それが、勝つチームに必要な条件です」

 この一言で空気が変わった。

 個々の走力よりも、他人のタイムに目を向け、計算し、配慮する。全員が“他人”に責任を持てるか。――そういう競技だった。

 そしてレースが始まった。

 最初に走った孔佑は、1秒の遅れもないスタートでタスキを渡した。時間を守るだけでなく、他者の流れも読む。まさに「制御」の化身だった。

 次のシュンスケは、自分の前に走った選手が転倒したことで足を止めた。タスキを拾って戻し、走り直してなお、自分のベストを出した。

 「……やっぱレースって“場”だよな」

 スタンドからその様子を見ていた龍星は呟いた。形じゃなく、走りの中に“らしさ”がある。

 そしてラストの栄利子。タスキを受け取りながらも、笑った。

 「走るって絵にならないと思ってたけど、違った」

 そう言って、彼女は空を見上げ、走り出した。

 他のメンバーに比べると速くはない。でも、腕の角度、足の振り上げ、すべてが丁寧で、意思がこもっていた。

 タイムはチームで最下位だったが――走り終わった彼女を、悠右が真っ先に拍手で迎えた。

 「最高。誰よりも“気持ち”が伝わったよ」

 優の手元でチェックシートが揺れた。

 「第一選考、全員合格です。ただし――ここからが、本当の選別です」

(つづく)


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