グラウンドの隅に設営された仮設テント群。体育館横の旧倉庫から引っ張り出してきたマットレスに寝袋、虫除けスプレー、そして折りたたみの焚き火台。合宿といっても、学校の敷地内から一歩も出ない簡素なものである。
「これ、ホントに許可取れてんのか?」
龍星が火のついた薪を眺めながら口を開くと、向かいの席にいた一就が「ああ」と即答した。
「書類全部俺が通した。ここの校長、俺の姉の恩師でさ。『燃える行動なら応援する』って」
「どこの熱血漫画だよ……」
「いや、言ったのはこっちじゃなくて校長ね」
一就が静かに笑った。
夜風が静かに草を揺らし、誰からともなく輪ができていく。優もその中心にいたが、特に指示を出すでもなく、話を振るでもなく、ただクリップボードを閉じて座っていた。
最初に口を開いたのは、悠右だった。
「ねえ、せっかくだからさ……なんで、みんな来たのか、話さない?」
その一言に、全員の視線が自然と火に集まった。
「目立ちたいとか? 勝ちたいとか? それぞれだと思うけど、私――ずっと誰かの夢を応援してきた側だったから。今度は、そういう誰かに、自分からなりたくて来た」
にこやかに笑いながらも、悠右の言葉には揺らぎがなかった。ブランド志向という印象とは異なる芯の強さに、龍星は少しだけ目を細めた。
続いて口を開いたのは孔佑。
「……中学の時、決勝戦の大事な場面で俺、時間に遅れた。
交通トラブルで試合には間に合ったんだけど、それだけで『信用できない』って監督に言われて、ベンチのまま終わった」
焚き火の火が、彼の眼鏡に一瞬だけ反射した。
「以来、時間を守るのは“当たり前”じゃなくて、俺にとっての“戦い”になった。今も、あの日の悔しさを正すためにここにいる」
静かに語るその声に、誰も言葉を挟まなかった。
そして、綾世。
「私ね、“自分のために生きていい”ってことを、最近やっと覚えたんだ」
彼女の視線は焚き火ではなく、夜空の星の方を見ていた。
「いつも誰かの顔色を見て、期待に応えて、空気を読んで……でも気づいたら、自分がいなかった。
そんなの面白くないって、やっと言えるようになった。だから、ここでもそうするよ。“自分のために勝ちたい”って言う」
はっきりと言ったその声に、少しだけ、優が眉を動かした。
「じゃ、次は俺が」
シュンスケが短く言って、火に小枝をくべた。
「前に所属してたチーム、監督がメチャクチャだった。意見したら干された。結局、全部自分で解決するしかねーんだって思って、ひとりで練習してた。……でも、そんときより今の方が楽しい」
短い言葉だったが、それ以上の背景を誰もが感じ取った。
そして――栄利子。
「私は、何かを“違っていい”って言える場所がほしかった。
みんなと違う目線で見てるって、ずっと言われて育ってきた。
褒め言葉じゃないことも多かった。でも、ここではそれが“強み”になりそうだから、来た」
語り終えてから、彼女はスケッチブックを取り出し、輪の中の誰かの横顔をさらりと描いた。
「見て、誰が誰か分かるでしょ? 私、そういうの、得意なの」
笑う彼女に、一就が「すげえな」と心底感心したように声を漏らした。
そして、最後に龍星が少しだけ口を開いた。
「……俺さ、“気づいたら部員がいなかった”ってだけで残ってるけど……今日だけは、なんかちゃんとした理由でここにいる気がした」
火の揺れが、誰の顔も等しく照らしていた。
沈黙が輪になって広がる中、優が静かに立ち上がった。
「明日の早朝、実戦形式のテストを行います。テーマは、“選ばれる覚悟”です」
その言葉に、再び緊張が宿った。
「火を囲んで語り合うだけで、チームはできません。行動で証明してください」
彼女がそのまま去っていくのを見ながら、龍星は笑った。
「やっぱあの人、鬼か何かだろ……」
「違うよ」
そう言ったのは一就だった。
「優は、“信じてるやつにだけ、ちゃんと厳しい”んだよ」
(つづく)