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【第4章 リーダーは誰か】

 朝露に濡れた芝の上を、スパイクが軽やかに滑る。7人だけの即席チーム。ポジションも決めず、戦術もない。だが、目の前のボールを巡って走り出せば、誰もが“勝ちたい”と本気で思っていた。

 試合形式は変則的な4対4のミニゲーム。1人は交代要員として順番にローテーション。ゴールは鉄製の練習用小ゴール。審判は一就。時間は前後半10分。

 最初にボールを持ったのはシュンスケだった。

 彼はフェイントで悠右をかわし、左サイドから侵入するも、待ち構えていた孔佑の読みで止められる。瞬時に切り返して中央にパス。受けたのは龍星だった。

 「よっしゃ!」

 軽快なステップで一人抜けると、そのまま無理な角度からシュート。鋭い弾道はゴールをとらえるも、綾世の伸ばした足に当たって逸れる。

 「……わざと?」

 「違う。勝つために“誰が決めるべきか”って考えただけ」

 綾世の冷静な返しに、龍星は一瞬呆ける。

 「そういうこと考えんの、早くない?」

 「自分のために生きてるから。情報の処理も自分のため」

 理屈はよく分からないが、なんとなく納得してしまう強さがあった。

 そのあともゲームは続いたが、誰が明確に「仕切る」ことはなかった。パスが来ても、指示は飛ばない。止まった時、どう動くかを誰も言わない。

 それでもプレーは回る。最低限の意思疎通で。だが、優の目はその“まとまり”を冷静に見つめていた。

 試合終了の笛が鳴ると同時に、誰かが座り込んだ。栄利子だった。

 「ねえ、聞いていい? これってさ……“誰が一番うまいか”じゃなくて、“誰がリーダーか”を見てたんじゃない?」

 その一言に、周囲が静まり返る。

 優がクリップボードを掲げた。

 「その通り。

  この試合のテーマは『選ばれる覚悟』――つまり、“引っ張る覚悟”があるかどうか。

  能力ではなく、責任を背負えるか。仲間に期待を背負わせられるか」

 まるで正解を引き当てた教師のように言い切って、彼女は数枚の用紙を配った。

 「この紙に、今日のゲームで“最も信頼できる”と感じた人の名前を書いてください。

  これは投票ではありません。“あなたにとってのリーダー”の存在を明確にするための行動です」

 一就が補足するように続けた。

 「票が集まったからその人がキャプテン、ってわけじゃない。けど、この結果は優の参考にはなる」

 龍星は迷った。

 全体をまとめようとした者はいなかった。だが、孔佑は裏方の仕事を黙々とこなしていたし、シュンスケは最前線で流れを作っていた。悠右は仲間に声をかけ続けていたし、綾世はプレーの選択肢に論理性を持たせていた。栄利子は周囲の雰囲気を柔らかくし、プレッシャーを和らげていた。

 ――そして、自分は?

 その時、優がぽつりと呟いた。

 「“キャプテンらしい人”を選ばなくていい。“この人がいたから頑張れた”という一瞬で十分です」

 その言葉で、龍星のペンが動いた。

 投票が集まり、一就が用紙をまとめる。

 「はい、じゃ、これ優に渡すから。俺はこの中身見ない。意見には答えない」

 「もちろん」

 優は数枚をめくると、すぐにファイルに綴じた。

 「これで第2フェーズ終了です。

  次は“部としての活動”を行ってもらいます。対外試合への申し込み、チームユニフォームの調達、広報、マネジメント、練習計画の策定。全て自主的に動いてください。

  次に私は口を出すのは、“最初の対外試合が終わったあと”です」

 そう言い放ち、彼女はその場から離れようとした。だが――

 「ちょっと待てよ!」

 龍星が立ち上がった。

 「……お前が一番“前にいる”だろうが。なんで急に引くんだよ」

 優はふと立ち止まり、背だけを向けたまま言った。

 「私は“前に立つ覚悟”はある。でも、“引き受けたい覚悟”とは違う」

 その意味を、龍星はまだ分かっていなかった。

(つづく)


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