週明けの放課後、チームの集合場所には、やや緊張した空気が漂っていた。
「相手は“翠嶺学園(すいれいがくえん)”だって?」
シュンスケが手にした資料をめくりながら口にした。誰もがその名に聞き覚えがあった。全国大会常連、昨年のインターハイ準優勝校。その強豪と、“まだ部にもなっていないチーム”が練習試合をするなど、普通では考えられない。
「話通したの、優さんだよね……?」
悠右が確認するように言うと、一就が頷いた。
「相手の顧問と彼女、大学時代の指導者が一緒だったらしい。『テストチームでも構わないから、力試しさせろ』って交渉したそうだ」
「マジで引かないなあの人……」
龍星は感嘆とも呆れともつかない声を漏らしたが、それでも内心は燃えていた。
試合会場は、翠嶺学園の人工芝グラウンド。設備も整い、スタッフも揃い、声も統一されている。
一方でこちらは、ウォームアップ中にゼッケンのつけ方が分からず揉めるレベルだった。
「おい、綾世、ゼッケン逆! 番号が内側だよ!」
「これ逆? こっちの方が肌に当たらなくて好きなんだけど」
「“好き”の問題じゃねえ!」
シュンスケが叫び、孔佑がそっとゼッケンを直す。
そのやりとりを、相手チームの選手たちは冷笑混じりに見ていた。
「なあ見たか? ゼッケンすらまともに着られねーぞ」
「先生、やる意味あんの? ケガさせるだけだって」
聞こえるように放たれた言葉に、誰もが一瞬肩を強張らせた。
だが、そこで前に出たのは――栄利子だった。
「だったら、その程度の相手に“負けるなよ”。
“こいつらにやられた”って後悔しないようにね?」
そのひとことに、翠嶺の選手の一人が苦笑して言い返す。
「お前、サッカーじゃなくて口で点とるつもりか?」
「私、絵も描くから“見る目”には自信あるの。
――あんたら、甘いね。全然“試合前の目”になってない」
それは強豪校の選手に対して、言うには十分すぎる挑発だった。
そしてキックオフ。
開始直後、ボールは翠嶺に支配された。明らかに“格”が違った。パスの精度、動き出しの速さ、連携のスムーズさ。すべてが整っていた。
しかし、それでもこちらのディフェンスラインは崩れなかった。
孔佑の徹底的なマークと指示、綾世の位置取りの柔軟さ。悠右が味方の焦りを抑える声かけを絶やさず、栄利子がフィールドの“温度”を見てポジショニングを調整する。
「後ろで回してるだけじゃ、怖くないよ?」
栄利子の言葉に反応したかのように、前線のシュンスケが一気にプレスに飛び出す。
パスカット。そのままカウンター。受けたのは龍星。
「来いよ……!」
強豪DFの間を縫うようにボールを運び、ギリギリでシュート。
ゴールネットが、鳴った。
ベンチで控えていた優が、無言でファイルにチェックを入れた。
スコアは1-0。たったそれだけのことだったが、相手の士気が一瞬だけ揺れた。
だが――
翠嶺の本気はそこからだった。
怒涛のような連携攻撃。一点を許した後、すぐに2点を返された。
それでも、誰ひとり諦めなかった。
最終盤、1点ビハインドの状況で得たフリーキックのチャンス。
ボールの横に立つのは、龍星、そして悠右。
「蹴っていい?」
悠右がささやく。
「自信あるなら、どうぞ」
龍星が迷わず譲ると、彼女は深く息を吐いた。
「このキック、“誰かの夢”じゃなくて、“私の夢”だから」
振り抜かれた右足。狙いすました弾道は、相手DFの頭上を越え、ゴール右隅に吸い込まれた。
スコア2-2。
試合終了の笛が、全員の耳に残った。
その後、優が皆を集めて言った。
「内容は惨敗です。動きも連携も戦術も、まだ話にならない。
でも――“背中を見せる”という意味では、誰も下を向いていなかった。
それは、チームが生まれた証拠です」
その言葉に、誰もが少しだけ誇らしげに笑った。
(つづく)