試合翌日、教室の窓際でひとりノートを開いていた龍星は、ふと立ち止まった。
ページに書かれていたのは、優から配布された「役割シート」だった。ポジションだけでなく、広報、渉外、マネジメント、トレーナー、用具管理、スケジュール担当まで明記され、メンバー全員に“現場”と“裏方”両方の担当が割り振られていた。
「なあ、これ……サッカー部ってより、会社だろ」
そう呟いたところに、栄利子がノートとペンを抱えてひょいと座る。
「うん。でも、“動く組織”って全部そうだよ。
前に出る人だけじゃ、絵にはならない。背景や照明も、作品の一部だから」
「サッカーって、そういうもんだっけ?」
「そう思ってなかったなら、ちょっと“損”してたね」
あっけらかんと言う彼女に、龍星は素直に笑ってしまった。
その日の放課後、体育館裏の仮設ミーティングスペースでは、初めて“全員の前で役割発表”が行われた。
「フォワード:龍星、シュンスケ
ミッドフィルダー:綾世、悠右
ディフェンダー:孔佑、栄利子
ゴールキーパー:ローテーション制
サブ兼分析:一就(プレーも希望により参加可)
マネジメント代表:優」
一就が読み上げ、各自に小型のファイルとホワイトボードマーカーが配られる。
「このボード、各自の“動きメモ”に使ってくれ。自由に書き込んで、共有しよう。
で、他人の動きも“修正案”があればどんどん貼る。遠慮はいらない」
“自分がやる”と同時に“他人に口を出す”。そんなやり方に、最初は誰もが戸惑った。
けれど――
「孔佑、ラインの上げ下げ、もっと声出してくれたら、私の走るタイミング合わせやすい」
「了解。じゃあ綾世、次から“手信号”も出してみてくれ」
「悠右、その位置取り、10センチ左だとスペース潰してる」
「ありがとう! 気づかなかった!」
最初に音を立てて動いたのは栄利子だった。彼女の“俯瞰図スケッチ”が、即興で貼り出されたことで、全員が「意見を見える形」にできるようになった。
図面に落とされた配置、動線、パス角度、対戦相手の予測視野。
「これ、使える……!」
孔佑が小さく呟き、他のメンバーが「俺も描いてみる」と次々に白紙を手に取る。
意見は口からではなく、線とマーカーで交わされるようになり、ミーティングスペースの壁は日々“描き足されていく戦術図”で埋められていった。
その中で――龍星は少しずつ、自分の中に“リーダー観”が生まれていくのを感じていた。
「俺……みんなの言ってること、だいぶ的確だって思う。
でも、まとめる役はやっぱ優が……」
「優はね、“まとめる”んじゃなくて、“見届ける”側だと思う」
悠右が、あっさりと言った。
「彼女はいつだって、“自分がいなくても進む”チームを作ろうとしてる。だから私たちが、それを証明するしかないんだよ」
“誰かの代わり”じゃなく、“誰かの答え”として存在する。
そんな意識が、いつしか皆に芽生えていた。
そしてその夜――
一就がふと、ぼそっと呟いた。
「……なあ、そろそろさ、“部”って言っていい頃じゃない?」
沈黙。
だが、数秒後には誰からともなく「だな」「言っていいよ」「もうそうだろ」と声が重なった。
それを物陰から見ていた優は、初めて小さく息を吐いた。
その視線は、すでに次の「試合相手」のリストに向けられていた。
(つづく)