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【第6章 ポジションの意味】

 試合翌日、教室の窓際でひとりノートを開いていた龍星は、ふと立ち止まった。

 ページに書かれていたのは、優から配布された「役割シート」だった。ポジションだけでなく、広報、渉外、マネジメント、トレーナー、用具管理、スケジュール担当まで明記され、メンバー全員に“現場”と“裏方”両方の担当が割り振られていた。

 「なあ、これ……サッカー部ってより、会社だろ」

 そう呟いたところに、栄利子がノートとペンを抱えてひょいと座る。

 「うん。でも、“動く組織”って全部そうだよ。

  前に出る人だけじゃ、絵にはならない。背景や照明も、作品の一部だから」

 「サッカーって、そういうもんだっけ?」

 「そう思ってなかったなら、ちょっと“損”してたね」

 あっけらかんと言う彼女に、龍星は素直に笑ってしまった。

 その日の放課後、体育館裏の仮設ミーティングスペースでは、初めて“全員の前で役割発表”が行われた。

 「フォワード:龍星、シュンスケ

  ミッドフィルダー:綾世、悠右

  ディフェンダー:孔佑、栄利子

  ゴールキーパー:ローテーション制

  サブ兼分析:一就(プレーも希望により参加可)

  マネジメント代表:優」

 一就が読み上げ、各自に小型のファイルとホワイトボードマーカーが配られる。

 「このボード、各自の“動きメモ”に使ってくれ。自由に書き込んで、共有しよう。

  で、他人の動きも“修正案”があればどんどん貼る。遠慮はいらない」

 “自分がやる”と同時に“他人に口を出す”。そんなやり方に、最初は誰もが戸惑った。

 けれど――

 「孔佑、ラインの上げ下げ、もっと声出してくれたら、私の走るタイミング合わせやすい」

 「了解。じゃあ綾世、次から“手信号”も出してみてくれ」

 「悠右、その位置取り、10センチ左だとスペース潰してる」

 「ありがとう! 気づかなかった!」

 最初に音を立てて動いたのは栄利子だった。彼女の“俯瞰図スケッチ”が、即興で貼り出されたことで、全員が「意見を見える形」にできるようになった。

 図面に落とされた配置、動線、パス角度、対戦相手の予測視野。

 「これ、使える……!」

 孔佑が小さく呟き、他のメンバーが「俺も描いてみる」と次々に白紙を手に取る。

 意見は口からではなく、線とマーカーで交わされるようになり、ミーティングスペースの壁は日々“描き足されていく戦術図”で埋められていった。

 その中で――龍星は少しずつ、自分の中に“リーダー観”が生まれていくのを感じていた。

 「俺……みんなの言ってること、だいぶ的確だって思う。

  でも、まとめる役はやっぱ優が……」

 「優はね、“まとめる”んじゃなくて、“見届ける”側だと思う」

 悠右が、あっさりと言った。

 「彼女はいつだって、“自分がいなくても進む”チームを作ろうとしてる。だから私たちが、それを証明するしかないんだよ」

 “誰かの代わり”じゃなく、“誰かの答え”として存在する。

 そんな意識が、いつしか皆に芽生えていた。

 そしてその夜――

 一就がふと、ぼそっと呟いた。

 「……なあ、そろそろさ、“部”って言っていい頃じゃない?」

 沈黙。

 だが、数秒後には誰からともなく「だな」「言っていいよ」「もうそうだろ」と声が重なった。

 それを物陰から見ていた優は、初めて小さく息を吐いた。

 その視線は、すでに次の「試合相手」のリストに向けられていた。

(つづく)


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