「お前らのチーム、綺麗すぎて気持ち悪いよな」
その言葉は、予想もしないタイミングで、しかも唐突に放たれた。
場所は昼休みの食堂。トレーを手にした龍星の目の前に立ちはだかったのは、次の対戦相手――天城実業高校サッカー部のエースストライカー・鹿島颯汰(かしま そうた)だった。
「“誰かのために走る”とかさ、何それ。俺は“自分のために点取って、評価されて”、プロに行く。それだけ。
お前らは仲良しクラブで終わるタイプ。潰しやすいよ」
突然の挑発に、周囲の生徒がざわつく。
「……お前、わざわざ敵校まで来て、何してんだ?」
龍星の問いに、鹿島は涼しい顔で応えた。
「取材のついでだよ。“今一番注目されてる相手”なんだってさ。
こっちは“お前らの情報”、全部持ってるから。プレースタイル、戦術傾向、練習動画まで。
でも、お前らはどう? 俺のこと、どこまで知ってる?」
その言葉に、龍星は喉奥で小さく舌打ちした。
情報戦――その言葉が現実味を帯びて迫ってくる。
放課後。チームの会議室に集まったメンバーたちに、龍星は静かに告げた。
「相手は……“うちらのデータ”をかなり正確に持ってる。
誰がどこでどう動くか、どう連携するかまで、読み込まれてる」
「え、なんで?」
悠右が不安げに口を開く。
「SNS。あと、広報用に出してたプレー映像。戦術ボードの写真まで拾われてる。
……良かれと思って“見せてきたもの”が、全部裏目に出た」
会議室の空気が凍りつく。
「……つまり、全部“見られている前提”で戦わなきゃいけないってことね」
綾世が低い声で言った。
「じゃあ、“見られてない部分”で勝負すれば?」
栄利子が、さらりと続ける。
「戦術、型、連携……見せた部分が“顔”なら、まだ“裏側”がある。
私、全員の“癖”と“意識の抜け”をスケッチしてる。
“表に出てないデータ”を、可視化してみせるよ」
「……マジか、お前天才か」
シュンスケが目を丸くし、孔佑も即座に反応した。
「それをもとに“変則戦術”を組む。パターンを外して、相手に“思考の隙”を生ませる。
そしてそこを突く。……やれる」
優がファイルを閉じて言った。
「この一戦は、“試合”じゃなくて“読み合い”です。
感情も、情報も、焦りも、全部武器にも罠にもなる」
その夜。
龍星は再び、ひとりでグラウンドに立っていた。
鹿島の言葉が、まだ頭の中で響いていた。
『お前らは、潰しやすいよ』
だが今は、それに対する明確な答えがある。
背中に、仲間のスケッチ。
頭に、孔佑の戦術。
心に、優の判断。
そして――
「“自分のために”走るってことを、俺も、ちゃんとやってみるよ」
誰に向けるでもなく、呟いたその言葉が、夜のグラウンドに吸い込まれていった。
(つづく)