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【第12章 情報の刃、心の防壁】

 「お前らのチーム、綺麗すぎて気持ち悪いよな」

 その言葉は、予想もしないタイミングで、しかも唐突に放たれた。

 場所は昼休みの食堂。トレーを手にした龍星の目の前に立ちはだかったのは、次の対戦相手――天城実業高校サッカー部のエースストライカー・鹿島颯汰(かしま そうた)だった。

 「“誰かのために走る”とかさ、何それ。俺は“自分のために点取って、評価されて”、プロに行く。それだけ。

  お前らは仲良しクラブで終わるタイプ。潰しやすいよ」

 突然の挑発に、周囲の生徒がざわつく。

 「……お前、わざわざ敵校まで来て、何してんだ?」

 龍星の問いに、鹿島は涼しい顔で応えた。

 「取材のついでだよ。“今一番注目されてる相手”なんだってさ。

  こっちは“お前らの情報”、全部持ってるから。プレースタイル、戦術傾向、練習動画まで。

  でも、お前らはどう? 俺のこと、どこまで知ってる?」

 その言葉に、龍星は喉奥で小さく舌打ちした。

 情報戦――その言葉が現実味を帯びて迫ってくる。

 放課後。チームの会議室に集まったメンバーたちに、龍星は静かに告げた。

 「相手は……“うちらのデータ”をかなり正確に持ってる。

  誰がどこでどう動くか、どう連携するかまで、読み込まれてる」

 「え、なんで?」

 悠右が不安げに口を開く。

 「SNS。あと、広報用に出してたプレー映像。戦術ボードの写真まで拾われてる。

  ……良かれと思って“見せてきたもの”が、全部裏目に出た」

 会議室の空気が凍りつく。

 「……つまり、全部“見られている前提”で戦わなきゃいけないってことね」

 綾世が低い声で言った。

 「じゃあ、“見られてない部分”で勝負すれば?」

 栄利子が、さらりと続ける。

 「戦術、型、連携……見せた部分が“顔”なら、まだ“裏側”がある。

  私、全員の“癖”と“意識の抜け”をスケッチしてる。

  “表に出てないデータ”を、可視化してみせるよ」

 「……マジか、お前天才か」

 シュンスケが目を丸くし、孔佑も即座に反応した。

 「それをもとに“変則戦術”を組む。パターンを外して、相手に“思考の隙”を生ませる。

  そしてそこを突く。……やれる」

 優がファイルを閉じて言った。

 「この一戦は、“試合”じゃなくて“読み合い”です。

  感情も、情報も、焦りも、全部武器にも罠にもなる」

 その夜。

 龍星は再び、ひとりでグラウンドに立っていた。

 鹿島の言葉が、まだ頭の中で響いていた。

 『お前らは、潰しやすいよ』

 だが今は、それに対する明確な答えがある。

 背中に、仲間のスケッチ。

 頭に、孔佑の戦術。

 心に、優の判断。

 そして――

 「“自分のために”走るってことを、俺も、ちゃんとやってみるよ」

 誰に向けるでもなく、呟いたその言葉が、夜のグラウンドに吸い込まれていった。

(つづく)


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