現場を到着した警察に任せ、俺たちは近くの交番で事情を話すことになった。
とはいえ俺たちは死体を見つけただけなので、大したことは証言できなかった。
なお俺は死体があった地点へ行くまで周囲に目を光らせていたが、及森はもちろんそれ以外にも怪しい人物は見かけなかった。
「青史、事件のウワサを聞いたよ。平気だった?」
翌日の学食で、佐原と舞浜が心配そうに俺のことを見てきた。
昨日の今日で、探索者サークルが死体の第一発見者になったことが大学内でウワサになっているのだろう。
「平気も何も、俺たちはただの第一発見者だからな。別に犯人と対面したわけじゃない」
「ただのって……トラウマになったりはしてない?」
舞浜が俺の顔を覗き込んできたが、本当に俺は平気なのだ。
強がっているわけではない。
「俺は大丈夫だ。ただ、ショックで寝込んだメンバーもいるらしいな」
「そりゃあショックでしょ。殺人事件の第一発見者なんて。僕は一生なりたくないよ」
佐原がぶるりと身体を震わせて、自身の身体を抱き締めた。
「そんな遺体を見ちゃったら、一年は悪夢にうなされそうだよ」
「佐原はそうかもしれないが、サークルメンバーはダンジョン探索をしてる時点である程度の覚悟はしてるはずなんだけどな」
「殺人事件の第一発見者になる覚悟なんて普通してないでしょ!?」
「美影はダンジョンに潜る時点で死と隣り合わせの覚悟をしてるって言ってたけどな。もちろん俺もそうだ」
佐原は美影のことを思い出しているのか、ああ、と納得していた。
「美影さんは動じなさそうだね。勝手なイメージだけど。でもそんなの少数派だよ。たかが大学のサークルなんだから」
「昨日まで、たかが大学のサークル感覚でダンジョンに潜ってるやつがいるなんて思ってなかったが、実際そうなんだろうな」
ダンジョンが生死にかかわる場所というのは共通認識だと思っていたが、昨日のサークルメンバーの取り乱し方を見ると、軽い気持ちでダンジョンに潜っていた学生も多かったのだろう。
「青史が元気ならいいんだけどさ。でも一応カウンセリングは受けた方が良いと思うよ」
「私もそう思う」
「佐原も舞浜も心配性だな」
とはいえ友人に心配をしてもらえるのは嬉しい。
俺は良い友人を持ったようだ。
「でも今度のダンジョン探索は中止になった。予定してたメンバーの何人かが体調不良を訴えたから」
「そりゃあね。ご遺体なんて見たら体調不良にもなるよ。しかも殺人事件の被害者だし」
佐原がまた身震いをする一方、俺の言葉を聞いた舞浜は楽しそうな声を出した。
「じゃあ、しばらく青史は暇なんだ!?」
「探索可能なメンバーでパーティーを組み直さないとだから、暇ではないかな。でも今週末の予定は消えたな」
「そうなんだ!」
舞浜がまた嬉しそうな声を上げた。
「どうかしたのか?」
「え? ううん、別に。そっかあ。青史、今週末はフリーなんだね!」
別にと言う割には、舞浜が目に見えて上機嫌になった。
それに佐原が意味ありげな表情で舞浜を見ているが、何だろう。
「それにしても。犯人と鉢合わせなくて良かったね」
「俺は人間相手に後れを取ったりはしないよ」
「人間って言っても殺人犯だからね。同じ人間の枠に入れても良いのか迷うタイプの生き物だよ」
「同じだよ。皮を剥いだら、俺たちと同じ血と肉が詰まってる」
俺がそう言うと、舞浜が困ったように眉を下げた。
「身体の構造的にはそうだろうけど、精神面が私たちとは違うんだよ。殺人犯は関わっちゃいけない存在なの。もう、あんまり心配させないでよ」
殺人犯は関わってはいけない存在、か。
しかし捕まっていない殺人犯は案外普通に生活をしているものだ。
知らず知らずのうちに関わっている場合も多い。
例えばスーパーで、例えばマンションで、例えば大学内で。
俺がそんなことを考えていると、佐原がニヤニヤとしながら舞浜を眺めていた。
「陽菜乃はいつでも青史のことが心配だもんなー?」
「バカ佐原。変な言い方をしないで!」
「バカは無いでしょ、バカは。僕はキューピッドになる気満々なんだよ?」
「そういうことを言わないで、って言ってるの! 彼女に言いつけるよ!?」
舞浜は何でもないことのように言ったが、今の発言には俺にとって衝撃の事実が含まれている。
「佐原、彼女いたのかよ!?」
「実は数日前から付き合い始めたんだ」
佐原が照れながらそう言ったが、俺はそんな話は聞いていない。
「早く言えよ!?」
「最近の青史、サークルが忙しそうだったからタイミングを逃しちゃってさ。こういうことって、通話じゃなくて面と向かって報告したいだろ? 実は、今日はずっとタイミングを見計らってたんだ」
「俺たちの中で、まさか一抜けが佐原とはな」
「へへっ。キャンパス内の自販機に頭をぶつけてうずくまってたら、彼女が治療をしてくれたんだ。そのことがきっかけで仲良くなったんだよ」
佐原はさらに照れながら彼女との馴れ初めを話してくれたが、自動販売機に頭をぶつけたところを助けられるなんてカッコ悪すぎる。
だが本人が気にしていないようだから、まあいいか。
「……って、彼女もこの大学なのかよ。誰? 俺の知ってる人?」
「今度あらためて紹介するよ」
そう言った佐原のことを、今度は舞浜がニヤニヤと眺めた。
「よく食堂でイチャイチャしてるから、紹介をする前に青史が知る可能性も高いけどねー?」
「よく、じゃないよ。週に二回だけ」
「週に二回なら、俺たちと同じだな」
「私たちの授業が被ってるのが、週二日だけだもんね」
そう。俺たちがこうやって学食で一緒に昼食を食べるのは週に二回だけ。
大学三年生の俺たちは学科内のコースが分かれたこともあって、被っている授業が少ないのだ。
「授業と言えば、陽菜乃。今度ノートを写させてくれない?」
「付き合った翌日に彼女とデートをして授業をサボった人に写させるノートは、あーりーまーせーんー!」
舞浜はわざと丁寧に佐原が授業をサボった理由を口にしながら、そっぽを向いた。
「そんなあ。陽菜乃だけが頼りなのにいー」
佐原ががっくりと項垂れた。
今頼んでも断られるかもと思いつつ、俺も舞浜にノートを頼んでみることにした。
「悪い、舞浜。俺もノートを写させてほしいんだが……この前授業サボってダンジョンに潜ってて……」
「いいよ。どの授業?」
ダメ元だったのに、舞浜はこちらが驚くほどあっさりと俺の頼みを承諾してくれた。
「写させてくれるのか!? 助かる!」
「ちょっとちょっと、扱いが違くない!? デートは駄目でダンジョンは良いわけ!?」
「違うよ。佐原は駄目で、青史はいいの」
「うっわー、露骨……」
佐原が舞浜に軽蔑の視線を向けたが、元はと言えば授業をサボった佐原が悪いのだから同情は出来ない。
もちろん俺が言うことではないので口には出さないが。
「それに青史の場合はサボりって言ってるけど、ダンジョンに潜ること自体が就活みたいなものでしょ。実績を作れば、拾ってくれる社会人サークルが見つかりやすくなるわけだし」
そう言われるとそうかもしれない。
俺自身はダンジョンに潜りたいから授業をサボっただけだが、これも黙っておこう。
「そうだけどさあ……イマイチ納得できない」
「嫌なら、ちゃんと授業に出ればいいでしょ」
「付き合ったばっかりの今が一番楽しい時期なのに!」
「彼女か。俺はダンジョンに潜ることに夢中で、そっちはサッパリだな」
とはいえ俺としてはデートをするよりもダンジョンに潜る方が楽しいから、彼女が出来たとしてもすぐに振られそうだ。
「青史は付き合おうと思えばすぐにでも付き合えるよ。ね、陽菜乃?」
「私に振らないでよ、バカ佐原!」
また佐原と舞浜がじゃれている。
あまり仲良くしていると彼女に誤解をされるのではないかとも思ったが、授業をサボってデートに行くくらい彼女にデレデレなら、きっと大丈夫だろう。
「……って、あれ。授業をサボってダンジョンに潜ったってことは、サークルで潜ったわけじゃないんだ? 探索者サークルはいつも休みの日にダンジョンに行ってるよね?」
佐原が余計なことに気付いたようだ。
舞浜もハッとした顔をして俺のことを見ている。
「あー、そのー、たまに一人でダンジョンに潜ってるんだ。訓練感覚で」
「一人でダンジョンに!? なにそれ、聞いてない! 危険すぎるよ!」
俺の言葉を聞いた舞浜が大声を出した。
この話はあまり広めないでほしいのだが、後の祭りだ。
食堂内の数人の学生の視線が俺たちに集まっている。
俺は人差し指を口の前で立てつつ、他の学生に聞こえないように声を潜めて続きを話した。
「一人で潜ってるのはサークルで潜るような難易度のダンジョンじゃない。一人で攻略可能な簡単なやつだけだ」
「それでも一人で潜るのは危険だよ。ダンジョン内で何かがあった際に助けを呼んで来てもらえないんだから」
「何かがあるなら一人の方が良いだろ」
「へ?」
きょとんとした佐原と舞浜の顔を見て、自身が口を滑らせたことに気付いた。
「いや他人を巻き込むのは良くないと思ってさ。自分の不始末は自分で片を付けないと……そんなに心配そうな顔をするなって。一人探索には一人探索のメリットがあるんだよ。猛ダッシュでモンスターを振り切ったりさ」
「青史、ちょっと麻痺しちゃってるんじゃない? もっと自分を大切にしないと」
「私もそう思う。ダンジョンに潜りすぎて、危険に対する感覚が狂っちゃってる気がするよ」
「代り映えのしない世界を楽しく生きるには、多少狂ってた方が良いんだよ」