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第7話


「この前の遺体の検死結果が出た」


 またしても警視庁に呼び出された俺は、兄貴にこの前の死体の詳細を聞かされることになった。


「それにしても本当に遺体を見つけてくるとはな」


「俺だってまさか死体のあるダンジョンに偶然潜るとは思ってなかったよ」


 だから驚きはしたが……今思うと俺が他のサークルメンバーよりも死体に驚かなかったのは、兄貴から及森の話を聞いていたからかもしれない。

 きっと死体があるかもしれないという心構えが出来ていたのだ。


「被害者は今回も都内に勤める医者だ。刃物で喉を切り裂かれたことが死因だ。刃物は他の事件で使われた物と同一と思われる」


「同一犯……及森勇夫か」


「だろうな。遺体だが、死後三日ほど経っている。遺体の腐敗に関して、あのダンジョン内が地上と同じ条件化だと仮定した場合だがな」


 確かに死体はすでに腐敗が始まっていた。

 そんな死体を運ぼうとしたものだから、サークルメンバーに引かれてしまったわけだが。


「被害者が最後に目撃されたのも三日前だから、犯人は被害者を誘拐してすぐに殺害したのだろう。被害者は病院から電車を使って帰宅した後、行方不明になっている。ただ……」


「ただ?」


「被害者はいつも車で出勤していた。その日も車で出勤していたから、病院に車が置きっぱなしになっている」


 そうなると、病院に車を置きっぱなしにするのは妙だ。

 病院に置きっぱなしにしていては、翌日車での通勤が出来なくなってしまう。

 ……まあこれに関しては車を二台以上持っている可能性もあるが、問題は車で帰らなかった理由だ。

 被害者には車に乗れなくなった事情があるのだろうか。

 とはいえまさか病院内で飲酒をしたわけではないだろう。

 疲れていたから車を運転したくなかった?

 いや、それなら普通はタクシーを使うだろう。電車で帰宅をするのは、それはそれで疲れるはずだ。

 つまり一番高い可能性は。


「及森に電車を使うように指示されたのかもな」


「ああ。車で居場所を特定されないように、公共交通機関の使用を強制されていた可能性は高い。気になるのは、被害者がどうして及森の指示に従ってしまったのか、だ」


 考えられるのは、誰かを人質に取られている場合だ。そしてその可能性が高いのは。


「家族が人質に取られていた、とか?」


「そのような報告は上がっていない。被害者は独身であり、両親は無事が確認されている。だが、及森の狂言に騙された可能性はある」


 確かにその可能性はあるだろう。

 両親と連絡が取れない状態にしておいて、その間に嘘の脅迫電話をかけたのかもしれない。


 もしくは人質とは、別の脅迫理由か。

 医者を脅迫する理由になるだろうものは……。


「医療ミス関連で脅された可能性もあるんじゃないか?」


「それに関しては現在調査中だ。ただその場合は、及森がどうやって医療ミスの情報を得たのかという話になってくる」


「それはそうか……」


 及森の情報源に関してはここで考えても答えが出ることはないだろう。

 脅迫があったのかとともに、続報を待つしかない。


「そういえば及森の潜伏場所についてだが、ダンジョンの前に設置されてる監視カメラをチェックしたらどうだ?」


「そんなものは、すでに行なっている。しかし及森の姿は映っていない。姿を消すアイテムでも使っているのだろう。まったく、ダンジョンの出現とともに厄介なものばかりが世の中に増えたな」


 俺の提案は、呆れたような兄貴に一蹴されてしまった。

 兄貴の言う通り、ダンジョンの中には人間の技術を越えたアイテムが眠っている。


「姿を消す……反射ケープか。周囲の物を反射して身を隠すやつ。でもあれ、近付くとすぐに分かるぞ?」


「監視カメラでは分からないんだよ」


「あっ、そうなんだ。あれってちゃんと効果があったのか」


 どうやら反射ケープは、監視カメラレベルの映像なら誤魔化せるらしい。

 というか素材が何なのかは分からないが、近付くと分かるものの監視カメラでは分からない反射ケープくらいなら、数十年もすれば人間の技術でも作成が出来そうだ。

 そうなったら警察は今よりももっと仕事が大変になるのだろう。

 それとも反射ケープを見破る技術も開発されるのだろうか。


「……と、話が逸れたな。今回の被害者は電車に乗った後、どうしたんだ?」


「被害者は自分の足でダンジョンに潜った。仲間も無く、ただ一人で」


「被害者は探索者だったのか!?」


「いいや、そんな情報は無い」


 探索者でもない一般人が一人でダンジョンに潜るなんて、自殺行為も良いところだ。

 しかも今回被害者が見つかったのはパーティーで潜る難易度のダンジョンだ。

 とても正気とは思えない。


「もしかしてこれまでの被害者も、犯人に無理やり連れ込まれたんじゃなくて自分からダンジョンに……?」


「ああ、そうだ」


「そんな話は聞いてないぞ!?」


 思わず大声を上げたが、兄貴はすました顔を崩さない。


「お前に事件を解決してもらうつもりはないからな。お前は遺体か及森を見つけたら通報をするだけで良い」


「俺のことを都合の良い駒扱いしてるな!?」


「駒扱いではなく、事件に深入りさせたくない兄心だよ」


「じゃあ最初から巻き込まなけりゃいいのに」


「苦渋の選択だったんだよ」


 苦渋の選択で弟を巻き込む兄心なんて、たかが知れている。

 昔兄貴が冷蔵庫にとっておいたプリンを食べなかったら、もっと俺のことを大事にしてくれていただろうか。


「……で、ここからは俺の推察だが。及森は遺体がダンジョン消滅とともに消えることを知っているのだと思う」


 兄貴が声を潜めながら告げた。


「だがすぐにダンジョンをクリアすればいいものを、及森はそうしなかった。つまり及森にはダンジョンに潜伏し続ける力はあるが、ダンジョンをクリアする力は無い」


 ダンジョンをクリアするにはボスモンスターを倒す必要がある。

 さらにボスモンスターの居場所に続く道にいる数多のモンスターも討伐しなくてはならない。

 単独でこれを行なうのはかなり難しい。


 一人で攻略できるとされている難易度のダンジョンであっても、実際に一人で攻略可能な探索者は少ないのだ。

 特にボスモンスターが厄介だ。

 俺は狙撃手だから遠距離から安全にボスモンスターを倒すことが出来るが、そうではない者は大怪我をする可能性がある。

 及森は遠距離攻撃に適した能力を持っていないか、逃亡中のため遠距離用の武器を入手することが出来ないのだろう。


 それに対して、ダンジョン内に潜伏するだけならボスモンスターを倒す必要も無い。

 ダンジョン内の一箇所に留まるのであれば、その周辺のモンスターを倒すだけで良い。

 モンスターにも縄張りがあるのか、自分の縄張り以外の場所にいる探索者を追って来てまでは攻撃をしてこないから。


「及森の能力は何だ? 前に喧嘩で警察に捕まったんだろ?」


「ただの喧嘩だから書類送検で終わりだ。逮捕された場合は能力まで詳細に記載されるが、書類送検でそこまでは記載しない。個人的に、これは法改正をするべきだと思っている」


「つまり、及森の能力は分からないが一人ではダンジョンをクリア出来ない、っていうのが兄貴の見解か」


「とはいえ被害者が抵抗の痕もなく殺されていることから、及森は戦士、具体的には剣士の適正持ちだと思っている」


「……どうだろうな」


 兄貴の言う通り、及森が剣士の能力持ちの可能性は高いと思う。

 しかしそう確定させるのは早い気もする。


「自分を剣士だと思わせる作戦の可能性もある。剣士だと思って近付いてきた警察を、遠距離から狙撃するために……とかな」


「確かに、剣士だと決めつけてかかるのは危険だな」


「だが、被害者が抵抗をしてないってのは変だよな。何の能力持ちにしても一瞬で相手を殺す手練れってことかな」


「ああ。被害者は自身を呼び出した相手である及森を警戒していたはずだからな。その被害者に防御創を残させないというのは驚異的だ。抵抗するなと脅していた可能性もあるがな」


「うーん……」


 抵抗せずに殺されるなら人質を解放する、とでも言われたのだろうか。

 しかし、全員が全員そう素直に従うものだろうか。

 従う人もいるだろうが……どうにもしっくりこない。


「何にせよ、ここで考えていても答えは出ないだろう。それにお前は深く考える必要は無い。ダンジョン内で及森を見つけたら、こっそり外に出て通報をしてくれればいいだけだ」


「だが、及森と戦うことになった場合を考えておかないとだろ」


「及森と対面したら、及森のことは知らないフリをしろ。及森がターゲットの医者以外を殺したという報告は無い。敵対さえしなければ、医者ではない青史のことは見逃すだろう」


「顔を見られたのに見逃すか? それに犯人の分かってない殺人事件なんていくらでもあるだろ」


 ここで兄貴は少し迷ってから、こんなことを言った。


「及森は何らかの主義主張、もしくは美学があって、医者だけを殺していると思われる。そういった犯人は、主張が薄まるような行為を嫌う傾向にある」


「医者じゃない俺を殺すと、主張や美意識のある殺人犯からただの殺人犯に降格しちまうってことか」


「主張や美意識のある殺人犯が、ただの殺人犯よりも上ということはないがな。どっちも最低な犯罪者だ」


「違いない」


 どんなに主張や美意識があったところで、人を殺しているという一点で、他の殺人犯と変わらないのだ。

 佐原や舞浜に言わせると、どちらも、人間の枠に入れても良いのか迷うタイプの生き物、だ。


「……俺は、人間だと思うがな」




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