『すみません。しばらくはダンジョン探索への参加は無理そうです』
『悪いが、俺はサークルを抜けることにする。卒論に本腰を入れないといけなかったし、ちょうどいい機会だ』
『ダンジョンが危険なことは覚悟していたつもりだったんだけど、すぐに潜るのは無理かな』
『私も覚悟はしていたつもりなのですが、身体に拒否反応が出てしまって。サークルを抜けようと思います』
『仕方ないよ。頭では分かっていても、心が受け入れられないことはある』
『このままダンジョン攻略が出来そうな人は誰だ? 参加可能な人たちだけで潜ろう』
『僕は大丈夫っす』
『俺も行ける』
『あたしも平気よ』
『……六人か。いつもよりは少ないが、メンバー的にも十分ダンジョン探索が可能だと思う。じゃあ週明けに、次のダンジョン探索について話し合おう』
スマートフォンのメッセージアプリを眺めて溜息を吐く。
死体を発見してからというもの、探索者サークルのグループラインにはサークル活動の休止や脱退を申し出るメッセージが次々と送られてきていた。
「生半可な気持ちで探索者をやるなよな」
かろうじて次のダンジョンに潜れるだけの人数は残ったが、あまりにも情けないサークルだ。
これまでにも危険なダンジョンに潜っているというのに、こんなに覚悟の決まっていないやつばかりだったとは。
いつも安全面を考慮した堅実なパーティーでダンジョンに潜っているせいもあるのかもしれない。
「もっと人数を絞ってダンジョンに潜ることで、サークルメンバーにダンジョンは危険な場所だという感覚を持たせた方が良いのか……?」
いや、それでサークル内に死人が出たら、今度こそ探索者サークルは終わる。
脱落した者たちのことは、縁が無かったとして忘れることにしよう。
『青史。今、通話出来そう?』
探索者サークルのグループラインにうんざりしていると、個別メッセージが届いた。
メッセージの送り主は舞浜だ。
通話ボタンを押すと、すぐに舞浜が出た。
「舞浜、何かあったのか」
『用事がないと電話しちゃいけないの?』
「そんなことはないが、珍しいなと思ってさ」
『ま、用事はあるんだけどね』
「あるのかよ」
昼に大学でも話したのに、どんな用があるというのだろう。
『青史、今週末は暇って言ってたでしょ?』
「ああ。ダンジョン探索が無くなったからな」
次のダンジョンについては週明けに話し合うことになった。
ダンジョンに潜れると言ったメンバーも、今週末に潜るのはさすがに無理だと言い出したからだ。
残ったメンバーでさえ、この体たらくだ。
俺がこっそり溜息を吐いていると、通話の向こうの舞浜が明るい声を出した。
『だったら、一緒に遊園地に行かない!?』
「遊園地?」
久しぶりに聞く単語だ。
最後に遊園地へ行ったのはいつだっただろう。
……たぶんこの世界にダンジョンが出現する前だ。
ダンジョンと特殊能力が出現してからは、俺はダンジョンに潜れるようになるための狙撃訓練に夢中だったから。
『今日の青史は暗い顔をしてたから……ぱーっと遊んで気分転換しようよ!』
「俺、そんな顔してたか?」
『うん。でもダンジョン内で遺体を発見しちゃったら、暗くなるのも仕方がないと思う。だから私たちが青史を元気づけようって話になったんだ!』
暗い顔をしているつもりはなかったが、俺が暗い顔をしていたのであれば、死体を見つけたからではなくサークルメンバーに落胆したからだ。
ダンジョンに潜るからには「こちら側」だと思っていたのに。
結局あいつらも遊園地で喜ぶタイプの人間だったということだろう。
ダンジョンという未知の刺激たっぷりの場所に触れて「あちら側」であり続けられることは、ある意味では才能かもしれない。
『ねっ、私たちと行こうよ、遊園地!』
「……ん? 私たちってことは、舞浜と佐原の案なのか」
『ピンポーン。心優しい友人を持ったことを感謝したまえ!』
「ははっ、ありがとうございます」
良い友人を持ったとは、常日頃思っている。
誰にでも自慢できる、俺にはもったいない善良な人たちだ。
そして俺を「あちら側」と繋いでくれる大事な人たちでもある。
俺とは何もかもが違うが、違うからこそこの世界で上手く立ち回るために必要な存在なのだ。
『遊園地に来てくれる!?』
本音を言うなら遊園地に興味など微塵も無い。
だってダンジョンの方が何十倍も何百倍も面白いから。
だが、大切な友人たちの提案だ。無下にすることはしたくない。
「最近ダンジョン探索ばっかりでろくに遊んでなかったからな。気分転換をするのもいいかもしれない」
『やったあ! じゃあ、日曜の朝十時に遊園地前に集合しよう。大観覧車が有名な大学近くの遊園地だからね!』
「分かったよ。お誘いありがとう」
『えへへ。当日は楽しもうね。じゃあまたね!』
すこぶる上機嫌の舞浜が通話を切った。
遊園地か。
せっかく行くのだから、少しは楽しめると良いな。
* * *
約束の日曜日。
待ち合わせ場所へ行くと、佐原と舞浜の他に、予想外の人物がいた。
「えっ。どうして乾がいるんだ?」
探索者サークルの回復担当、乾真紀だ。
一年生の乾は、サークルが一緒でもない限り、三年生の俺たちと関わることはないはずだ。
それなのになぜ乾がここにいるのだろう。
「それはですねー、ねー?」
「ねー!」
乾の視線の先には佐原がいる。
そしてニヤニヤした佐原が乾の手を握った。
「紹介するよ。僕の彼女の乾真紀ちゃん」
「マジかよ!?」
「マジなんです。ねー?」
「ねー!」
なんだか二人からはバカップルの香りがする。
俺の知り合い同士が付き合ったことには驚いたが、なかなかどうしてお似合いなのではないだろうか。
「私がいるとお邪魔かと思ったんですが、私がいないと圭太君がお邪魔虫になっちゃうからって誘われたんです」
「どうして佐原がお邪魔虫になるんだよ?」
「それはそのー、舞浜?」
「私に振らないでよ!?」
「それよりせっかく遊園地に来たんだ。早く遊ぼーっ!」
「おーっ!」
手を繋いだまま走り出した佐原と乾を追いかける形で、俺と舞浜も遊園地の中へと走って行った。