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第9話


「私たちの共通の話題は……何でしょうね」


 ゴーカートの待機列に並びながら乾が首を傾げた。

 確かに会話をするなら共通の話題があった方が良いが、全員に共通する話題は佐原くらいか。

 しかし佐原の話を待機時間中ずっとするのはちょっと嫌だ。

 要所要所で佐原と乾がイチャイチャしそうだし。


「共通点かあ。真紀ちゃんは私たちとは学年が違うもんね。青史とは同じ探索者サークルだけど……もうダンジョンには潜らないんだよね? あんなことがあったから」


 おや、と思って乾を見る。

 乾は次のダンジョン探索の参加メンバーだったはずだ。

 不思議に思って見ていると、俺と目の合った乾が小さくうなずいた。

 なるほど。乾がまたダンジョンに潜ることは、佐原には秘密なのだろう。


 佐原は俺に対しても心配性を発動していたから、彼女である乾に対してはもっとずっと心配をしていたはずだ。

 だから佐原を安心させるために、乾はもうダンジョンには潜らないとでも言ったのだろう。

 しかし実際にはダンジョンに潜る選択をしたわけだ。

 このことが判明したら喧嘩になりそうだが、そうなった場合に俺のことは巻き込まないでほしい。


 俺は知らぬ存ぜぬを貫くために、先程の佐原の発言は聞き逃したことにしようと決めた。


「あはは、圭太君は私のことが大事で大事で仕方がないみたいなんです」


「そりゃあね。大好きな彼女だもん」


 大好きな彼女に嘘を吐かれているぞ、佐原。


 そういえば、ダンジョン内で死体を見たのに、乾は楽しそうに笑っている。

 乾は死体を見た直後には動揺をしていたが、探索者サークルの脱退も申し出なかったし、次のダンジョンにも潜る意志を見せている。

 覚悟があってダンジョンに潜っていた一人だったのだろう。

 あのダンジョンに潜ってすらいないのにサークル脱退を決めたメンバーもいるから、乾は胆力がある。

 その点を考慮すると、佐原の恋人として信頼できる。

 嘘は吐くが、適当なことはしないだろうから……って、佐原の恋人が誰だろうと俺が口出しをするようなことではないが。


「そうだ! 美影先輩のことは全員が知ってるんじゃないですか? 先輩たちと同じ学年ですよね?」


 乾としてもダンジョンの話にあまり触れられたくはないらしく、話題を微妙にズラしてきた。

 確かに探索者サークルに所属している美影は俺たちと同じ学年だが、学部が違う。


「みんなが知ってる美影先輩の話題なら、楽しく話せるんじゃないですか?」


「うーん。美影は学年は同じだけど、学部が違うからなあ。佐原も舞浜も知らないだろ」


「うん、知らない」


「僕は知ってるよ」


 予想通り美影のことを知らない舞浜に対して、佐原は美影のことを知っているらしい。

 何繋がりだろう。


「美影とは学部が違うのに? 共通授業ででも一緒になったのか?」



「あー……僕の家が医者一家ってのは知ってるでしょ。実は美影さんの妹がうちの患者でね。小学生の頃によく一緒に遊んでたんだ。あの子のお見舞いで姉の美影さんも病院に来てたから顔見知りなんだよ」


 佐原の発言を聞いた乾がぷくーっと頬を膨らませた。


「なんですかそれ。美影先輩の妹さんってことは、可愛いんでしょう? 嫉妬しちゃいますよ!?」


「わあ、嫉妬してる真紀ちゃん可愛いー!」


「いちいちイチャついてたら話が進まないんだけど?」


 隙あらばイチャつこうとする佐原と乾に、早くも舞浜がうんざりし始めたようだ。


「圭太君、美影先輩の妹さんとは何でもないんですよね!? まさか今も親交があったりするんですか!?」


「あー……美影さんの妹と仲が良かったのは昔の話だよ。だって美影さんの妹はもう……」


 佐原はその先を言わなかったが、佐原の反応で理解した。

 美影の妹はもうこの世にはいないのだろう。


「病気の進行が早くて助からなかったみたいなんだ。病気に関して詳しいことは知らないんだけど、友だちが亡くなったことは衝撃で……何となく気まずくて、大学内で見かけても美影さんには近づかないようにしてたんだ。もちろん医療ミスじゃなかったんだけど、事実として美影さんの妹はうちで亡くなってるからさ」


「美影先輩の妹さんが……私、知りませんでした」


「俺も知らなかった」


 美影とは探索者サークルで一緒になって長いが、そんな話は聞いたことがない。

 美影はあまり自分の話をするタイプではないから、それも当然のことかもしれないが。


「きっと美影さんは、妹がいた話をして、妹が亡くなった事実を思い出したくないんだろうね」


「あ、えっと……」


 なんとなくテンションの下がった俺たちを見た舞浜が、空気を変えようと新たな話題を口にした。


「せっかく遊園地に来たんだから、テンションの上がる話をしようよ! 私がベッドから落ちて骨折した話、聞きたくない!?」


「骨折話でテンションは上がらないからな!?」


 舞浜の話題チョイスセンスはあまり良くないようだ。




 ゴーカートには佐原と乾のペア、そして残された俺と舞浜のペアで乗ることになった。


「私、運転したーい!」


 順番が来ると、舞浜が勢いよく運転席に座った。


「舞浜、運転できたっけ?」


「ゴーカートに免許は必要ないもん。アクセルとブレーキを踏むくらい、私でも出来るよ」


「そう、か……?」


 しかし、その言葉が出てくる時点で不安しかない。

 アクセルベタ踏みの急ブレーキが予想できる。

 しかしすでに運転席に乗っている舞浜を移動させることは難しい。

 覚悟を決めるしかないようだ。


「キャーッ、たのしーい!」


「ちょっ、待てって、スピード出し過ぎ」


「すごい爽快感! おっとカーブがキツめ、だけどスピードはこのまま!」


 やっぱりアクセルベタ踏み運転だ。

 舞浜には減速の概念が無いらしい。


「運転が、荒い、これ無理……」


「何か言ったー?」


 テンションの上がりまくっている舞浜に俺の言葉は届いていないようだ。

 これはもう三半規管を鍛える訓練だと思って耐えるしかない。




「はい、お茶」


「……ありがとう」


 ゴーカートを乗り終わった俺は、近くのベンチでぐったりとしていた。

 激しい車酔いだ。


「ごめん。楽しくなっちゃって、つい」


「舞浜は二度とハンドルを握らない方がいいと思う」


 こんな運転で公道を走ったら、死人が出る。

 それ以前に、いつまで経っても教習所を卒業できないと思う。


「そんなに酷かった?」


「そんなに酷かった」


 舞浜が自分の分の炭酸ジュースを飲みながら俺の隣に座った。


「就活終わったら免許取ろうと思ってたのになー」


「やめとけ。悪いことは言わないから、電車とバスで移動をしてくれ」


「うーん、都内だったらそれでもいいけど、他県まで遊びに行くときは車が無いと不便だと思う。バスが一日数本しか出てない観光名所もあるし。やっぱり免許取ろう」


「本気でやめてくれ。車が必要なときは俺が送ってやるから」


 俺がそう言うと、舞浜が目を輝かせた。


「本当!? 青史が送ってくれるの!?」


「ああ。だから免許だけは取るな」


 俺の言葉に納得した様子の舞浜は、嬉しそうにまた炭酸ジュースを喉に流し込んだ。


「……で、あいつらは?」


 ベンチに座ってしばらくぐったりしていたら、いつの間にか佐原と乾が消えていたのだ。

 俺が下を向きつつ頭を抱えている間に、どこかへ行ってしまったのだろう。


「佐原と彼女さんはジェットコースターに乗りに行ったよ。青史も行く?」


「俺は……行かなくていいかな」


 今の状態でジェットコースターに乗ったりなんかしたら、確実に吐いてしまう。

 これからトレーニングメニューに三半規管を鍛える訓練を入れようかな。


「じゃあこの後は別行動にしようって、佐原に連絡入れとくね!」


「付き合わせて悪いな。舞浜もジェットコースターに乗りたかったら行っていいからな」


「ううん。私は青史と一緒にのんびりしたい」


 舞浜はスマートフォンを取り出すと、役に立たなくなっている俺の代わりに、佐原に連絡を入れてくれた。




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