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第10話


 せっかく遊園地に来たのに俺に付き合わせて座ったままなのは舞浜も嫌だと思い、一番刺激の少なそうな観覧車に乗ることにした。

 全快ではないものの、観覧車に乗る程度なら問題は無いだろう。


「ってことがあって、そのとき美影が……」


 観覧車に乗った俺は、ダンジョンの話を舞浜に話して聞かせた。

 俺の生活はダンジョンに潜ってばかりのため、必然的にダンジョンの話ばかりになる。


 しかし最初はうんうんと頷きながら聞いてくれていた舞浜だったが、だんだんと表情が曇っていった。

 やはりダンジョンの話ばかりではつまらないのだろうか。


「……青史、その美影さんって人と仲が良いの?」


「え? まあそれなりには。同じサークルだし、学部は違うけど学年が同じだしな」


「ふーん」


「どうしたんだよ。ダンジョンの話ばっかりでつまらなかったか?」


「そういうわけじゃないよ。青史の話は面白いよ」


 面白いと言うものの、舞浜はちっとも面白くなさそうな顔をしている。


「じゃあ何でそんな顔をしてるんだよ。顔面がつまらねーって言ってるぞ」


「……青史、その人のことは美影って呼ぶんだ、って思ってさ」


「そりゃあ美影って名前だからな」


「私のことは舞浜って呼ぶのに」


「……? そりゃあ舞浜は舞浜って名前だからな」


 俺の答えを聞いた舞浜は、もどかしそうな表情になった。


「そうだけど、そうじゃなくて」


「何だよ?」


「私のことは陽菜乃って呼ばないじゃん」


「は?」


「え?」


 二人して首を傾げる。

 そして二人のすれ違いに気付いた俺は、おかしくて笑ってしまった。


「あっははは! 美影ってのは、苗字だよ」


「美影が、苗字?」


「そう。確かフルネームは、美影陽子」


 自身の勘違いに気付いた舞浜は、赤くなっていく頬を両手で押さえた。


「そっ、そうなんだ!? 私、てっきり……恥ずかしいっ!」


 確かに美影という苗字は、下の名前ととらえられても仕方がないかもしれない。

 しかし俺は誰のことも苗字で呼んでいるのだから、急に美影のことだけを下の名前で呼ぶはずがないのに。


「あのさ」


「うん?」


 相変わらず自身の顔を両手で押さえながら、舞浜が俺のことを見つめた。


「今のやりとりで気付いたと思うけど……私、青史に下の名前で呼ばれたいの」


「下の名前で呼ばれたいって言われてもな。俺は苗字呼びが染みついてるんだよなあ」


「そこをなんとか!」


 舞浜が顔の前で両手を合わせて、拝むようなポーズを取った。


「いや、なんでそんなに下の名前で呼ばれたいんだよ。舞浜は自分の苗字が嫌いなのか?」


 意味が分からず尋ねると、舞浜は急に真顔になった。


「……青史、それわざと言ってる? それとも超鈍感なの?」


「わざとって何の話だよ」


「ああ、これは超鈍感の方だ」


 舞浜は何やら一人で納得をしたようだった。

 そして俺の目をまっすぐに見つめて言った。


「私はね、青史のことが好きなの」


「俺も舞浜のことが好きだぞ」


「もうバカ! そういう友だち的な好きじゃないよ! でも青史に好きって言われて嬉しいとか思っちゃってる私も単純でバカ!」


 舞浜が足をバタつかせた。一人でキャー!とか、もうっ!とかも言っている。

 これは……どう対処すればいいのだろう。


「ええと……」


 舞浜を見ながら困惑する俺のことを、舞浜が真正面から見つめた。


「だから、私は恋人になりたいって意味で青史のことが好きなの! LikeじゃなくてLoveなの!」


 舞浜が自身の両手でハートマークを作りながら、俺に向けて飛ばしてきた。

 ちょっと可愛い。

 だが、それよりも。


「恋人、ラブ……って、マジで?」


 そんな兆候はあっただろうか。

 舞浜と甘い雰囲気になったことは一度も無かったと思うのだが。


「うっわあ。本当に何も気付いてなかったんだ。佐原があんなに茶化してたのに」


「全然気付いてなかった」


 言われてみると、佐原がよく意味の分からない茶化し方をしていることがあった。

 そういうとき俺は「佐原は意味の分からないやつだなー」と思って流していた気がする。

 あれは、俺のことが好きな舞浜を茶化していたのか。


「それで、青史。私の気持ちに気付いた今、私のことをどう思う?」


 舞浜が期待と不安を孕んだ視線を送ってくる。

 しかしそんな視線を送られても、舞浜の期待に応えることは出来ない。


「ごめん。今は考えられない」


「ごめん、ちょっと考えさせて……じゃなくて?」


「悪い。これはお断りの返事だ」


 下手に期待を持たせるのも悪いと思い、ハッキリと告げた。

 いくら待たれようとも、俺が首を縦に振ることはないだろう。


「……そっか。最近は私との会話の最中に心ここにあらずだったから、知ってた。青史は私に興味が無いって。でも、ハッキリさせたかったんだ」


「もちろん舞浜のことが嫌いなわけじゃない。これからも仲良くしたいと思ってる」


「……そうだよね。青史はそう言うよね」


 俯いて大きく息を吐いた後、顔を上げた舞浜は、笑っていた。


「あーあ、ビックリするくらい想像通りの反応!」


「期待に応えられなくてごめん。これからも友人として……」


「それは無理」


「え?」


「失恋したてで今まで通り振る舞えるほど、私は強くはないんだ」


 笑っているように見える舞浜だが、もちろん楽しくて笑っているわけではなかった。

 ただの作り笑いだった。


 ……俺は、こんな状態を望んだことはなかった。

 これまで通り、ずっと佐原と舞浜と仲良く過ごしたかったのに。


「そんな、勝手に告白して、勝手に離れるなんて。俺はそんなこと望んでなかった。俺は舞浜とはこれまで通りに友人として……」


「私だって望んでなかったよ。でも好きな気持ちを伝えられないまま一緒にいるのが辛かったんだ。恋人として傍にいるか、他人として離れるか。どっちかじゃないと耐えられなかったんだよ」


 よく分からないが、複雑な乙女心というやつだろうか。

 恋人か他人ではないと耐えられないなんて、あまりにも極端だ。


「またいつか、友人に戻れる日が来たら、連絡するね。だからその日まで、バイバイ」


 舞浜はそう言ってくるりと後ろを向くと、手を振って去っていった。




 遊園地でゴーカートに乗ったり、観覧車に乗ったり。

 誰が好きとか、友人とか恋人とか。


 ……あーあ。

 平凡な日常って、退屈だな。




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