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第12話


 週末、俺たちは六人でダンジョンに潜った。

 今回も俺は後衛だが、さすがに大人数で探索するときのようにお喋りをしながら呑気に進むことは出来なかった。

 前衛の狩り残したモンスターを撃ちながら進む。


「乾さん、回復を頼んでもいいっすか?」


「はい!」


 回復術師の乾はいつもよりも回復を頼まれることが多く、ダンジョンに潜ってからずっと忙しそうだ。

 前衛と後衛を行ったり来たりしている。

 いつもよりもパーティーの人数は少ないものの、同じメンバーが何度も回復を頼んでくるからだ。

 苦戦をしているというほどでもないが、パーティーの人数が少ない分、どうしてもいつもよりは危険度が増しているのだろう。


「美影先輩は回復……」


「あたしはあとで病院へ行くから必要ないわ」


「そうですよね……」


 美影の脚に怪我を見つけた乾が申し出たが、今回も美影は回復を断った。

 乾も美影の答えを分かってはいたのだろうが、怪我を見てしまっては声をかけずにはいられなかったのだろう。


「乾さん。誤解しないでほしいのは、あたしは回復術師のことをすごいと思っているのよ。みんなの怪我を治す乾さんのことも評価しているの。ただ、あたし自身の回復となると……ね。ごめんなさいね」


 しょんぼりとする乾を見て、美影が申し訳なさそうに告げた。


「大丈夫です。そういう人がいることは理解しましたから。美影先輩が医療行為に慎重な理由も……」


 乾は、佐原から聞いた、亡くなった美影の妹の話を思い出しているのだろう。

 確かに美影が医療行為に慎重になったことには、妹の死が関係していそうだ。


「おーい、こっちも治療を頼む」


「はーい!」


 後衛に戻ってきた乾は、また前衛に呼ばれて移動をした。パタパタと怪我人目がけて走って行く。

 少し心配をしていたのだが、乾は元気そうに見える。


「乾はダンジョンに潜っても大丈夫そうだな。死体を見つけたときにかなり動揺してたから心配してたんだが」


 モンスターを撃ちながら美影に話しかけると、美影は眩しいものを見るような目で乾を見つめていた。


「あたしも乾さんは前回の経験でPTSDになると思っていたわ。だから今回のダンジョン探索に参加したのは意外だったかも」


「……だからこそ、だったのかもな。きっとダンジョンに潜っても平気だって思いたかったんだろうな」


 今回のダンジョン探索が何事も無く終わったら、乾はもう大丈夫だろう。

 他のメンバーも乾のように、自分から積極的に行動をして恐怖を克服してほしいものだ。


 ……そう、思っていたのに。


「嘘、だろ」


 俺たちはまた、ダンジョン内で死体を発見してしまった。



   *   *   *



 美影とともにダンジョンの入り口前に立って、新たな探索者がダンジョンの中に入らないように見張る。


「よくあんなところに隠されていた死体を見つけたわね、宵野木君」


「今回は少人数での探索だったから、これまで以上に周囲を警戒してたんだ」


 前回と同じようにダンジョンをクリアせずに入り口まで戻った俺たちは、ダンジョンの外に出てすぐに警察に連絡をした。


「乾さん……こんな結果になっちゃって大丈夫かしら」


 死体を発見した俺は、乾を死体には近付けないようにした。

 死体があったと聞いた時点で、乾が嘔吐してしまったからだ。

 元気なように振る舞っていたが、乾は無理をしてダンジョンに潜っていたのかもしれない。

 その無理やりな元気が、死体の発見で一気に崩れてしまったようだ。


「せっかく恐怖を克服しようと頑張ってたのにな。まさか二体目の死体を発見するとは思わなかった」


「今回乾さんは死体を間近では見ていないけれど、あの様子だとしばらくはダンジョンに潜れないでしょうね」


 現在乾はぐったりと横になり、戦士の三人に大きめの葉で扇がれている。

 きっと身体が回復したとしても、あのショックの受け方ではすぐにダンジョン探索に復帰は出来ないだろう。


 戦士の三人も、青ざめた顔をしている。

 自分よりも具合の悪い乾がいるため踏ん張っているようだが、また積極的にダンジョン探索に参加するかは怪しいところだ。


 美影は……と思ったところで、美影の左腕から結構な量の血が流れていることに気付いた。

 美影はずっと左腕を後ろに回して隠していたため、これほどの怪我をしているとは知らなかった。


「警察には俺が話をしておくから、美影はもう帰った方がいいんじゃないか?」


「どうして?」


「痛いだろ、その腕」


 俺に怪我をしていることを気付かれた美影は、バツが悪そうな顔になった。


「あー……そうね。結構痛いわ。地味に脚にも怪我をしているしね」


「早く病院へ行った方が良い」


「そうね。一応、水で洗い流しはしたのだけれど、念のため診てもらった方が良さそうね」


 さすがは美影だ。ダンジョン内で傷を洗い流していたとは、手際が良い。


「美影はどこの病院に行ってるんだ?」


「いろんな病院を適当に。あたしがダンジョンでする怪我は大抵、手術が必要なものではないから。大きな怪我をしないようサークルが安全なパーティーを組んでいるおかげね。ダンジョン探索で大怪我をすることは珍しくもないから、あたしは恵まれているわ」


「この探索者サークルが安全すぎて忘れがちだが、ダンジョンで大怪我をしたり死亡する探索者だっているんだよな。むしろこんなに安全にダンジョン探索が出来るパーティーの方が少ないくらいだ」


 探索者がよく怪我をするせいで病院はどこも毎日忙しいらしいと、医者一家の佐原が言っていた。


「……って、美影、病院選びは適当なんだな」


「あたしだって手術が必要なら信用できる先生を選ぶけれど、ただの外傷だもの。薬さえ貰えればいいかなって感じ」


 美影は妹が死んだことで医療行為に慎重になっているようなのに、なんだか意外だ。


「回復術師を嫌がる割に、病院選びには頓着しないんだな」


「病院を信じていると言ってくれない?」


「ああ、そういう見方もあるか」


「日本の医者は優秀なのよ。外傷を治療する程度で医療ミスをするような病院を探す方が難しいわ」


 ……そういえば、美影は妹の件をどう思っているのだろう。

 佐原曰く医療ミスは無かったとのことだが、美影もそのように認識しているのだろうか。


 俺が美影に妹の件を聞くべきか聞かないべきか迷っているうちに、警察が到着した。

 日本の医者も優秀だが、日本の警察も優秀なようだ。




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