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第13話


 警察への説明を終えて家に帰った俺は、自室でこれまでの出来事を整理することにした。

 紙とペンを用意して机に向かう。


「及森はダンジョン内で人を殺している。そして自分もダンジョンの中に隠れている」


 しかしいつまでも死体と一緒のダンジョンにいるとも考えにくいから、ターゲットを殺した後は別のダンジョンに移動をしているのだろう。

 実際、死体が見つかったダンジョンで及森を発見したという報道は無かった。

 依然として及森はどこかのダンジョン内に潜伏をしているのだ。


「及森を見つけようにも、闇雲にダンジョンに潜って探すのは現実的じゃないだろうな。確率が低すぎる」


 連日いくつものダンジョンを巡れるのなら、しらみつぶしに探すのも良いかもしれないが、探索者サークルは週末に一つのダンジョンを探索する程度だ。

 そのダンジョンがたまたま及森の潜伏するダンジョンである可能性はかなり低い。


「だから及森がいそうなダンジョンにアタリを付けないといけないわけだが……現状、その手立てが無い」


 では考え方を変えてみるのはどうだろう。

 及森が潜伏していそうなダンジョンではなく、及森が殺人現場に選びそうなダンジョンにアタリをつけるのだ。


 及森が潜伏場所としてどこのダンジョンを選んでいるかは分からないが、殺人現場に選んでいるだろうダンジョンは潜伏場所よりも分かりやすいはずだ。

 だってそのダンジョンは、ターゲットを呼び込めることと、他の探索者に死体を消してもらえること。この二つの条件を満たしていなければならない。


 まず、辿り着くことが困難な場所にあるダンジョンは除外できる。ターゲットの一般人を連れてくることが難しいからだ。

 だから簡単には行くことの出来ない場所、たとえば断崖絶壁の上にあるダンジョンや、谷底にあるダンジョンは、殺人現場として選ぶことは出来ないはずだ。


 さらに死体ごとダンジョンを誰かに消してもらわなければならないから、極端に報酬が低いと敬遠されているダンジョンでターゲットを殺すことも避けたいだろう。


 誰でも行くことが出来て、定期的に探索者が潜ってくれるようなダンジョンが理想に違いない。


「実際に、俺たちが死体を見つけたダンジョンは、二つとも一般人でも辿り着くことの出来る場所にあるダンジョンだった」


 だからこの説は間違っていないと思う。


「……というか、ターゲットはどうやって及森に誘い込まれたんだ? 及森がダンジョン内に潜伏してるなら、外とは連絡が取れないはずだぞ?」


 ダンジョン内ではスマートフォンは圏外になってしまう。


 ターゲットを誘い出す電話を掛けるときだけダンジョンの外に出た?

 いや電話を掛けるときだけ外に出ればいいわけではない。ターゲットを決めて、ターゲットの連絡手段を入手する必要もある。

 指名手配をされている及森が、そんなに長時間ダンジョンの外に出るとは考えられない。


 と、いうことは。


「及森には共犯者がいる?」


 共犯者がいるなら、共犯者がターゲットを選定して、ターゲットと接触をして、ダンジョンに呼び出すことが可能だ。

 指名手配になっているのは及森だけで、共犯者の情報は出回っていないから、共犯者は自由に動き回ることが出来るだろう。


「うん、共犯者がいると思っておいた方が良いな」


 依然として気になるのは、共犯者がターゲットに接触していたとして、ターゲットがどうして共犯者の誘いに乗ってしまったのか、だ。


 ダンジョン内で死体が消えることは隠されているが、ダンジョン内で殺人事件が起こったことは報道されている。

 ダンジョンに呼び出されたとしても、余程のことが無い限り、行かないのではないだろうか。

 探索者サークルの中でも、殺人事件が起こるような場所には怖くてもう行きたくない、と言い出すメンバーがいたくらいだ。


 それにこれまでの被害者が誰も、ダンジョンに呼び出されたことを警察に通報しなかったことも引っ掛かる。

 警察に言うなと脅されていたのだろうが、それにしたって一人くらいは通報しそうなものなのに。

 通報を考えられないほどの弱みを握られていたということだろうか。


「いや、待て。及森と被害者に接点は無かったとニュースで言ってたな。被害者同士の接点も」


 そんな接点の無い人物の弱みなど握れるものなのだろうか。

 たとえばとある組織の弱みを握って、それを理由に会ったこともない被害者を呼び出しているのなら分かるが、被害者同士に繋がりは無いらしい。

 それなら何らかの組織絡みの弱みで呼び出されたわけではないのだろう。


「ああもう! 分からん!」


 俺は大の字になってベッドに寝転がると、考えることを放棄することにした。

 俺は死体を見たことによるショックを受けてはいないが、それでも今日は疲れた。

 もう眠ってしまって脳を休めたい。


「……乾、大丈夫だったかな」


 あの後、到着した警察によって、乾は家まで送り届けられた。

 警察を呼ぶ際に、死体の発見で憔悴している者がいると伝えておいたからか、警察の動きはスムーズだった。

 なお美影は警察への説明を俺たちに任せて乗ってきたバイクで病院へ向かい、俺と戦士三人は警察に死体発見時の詳細を話してから、俺はバイクで、三人は車で、それぞれ帰路についた。


「乾の件、佐原に怒られるかな……怒られるかもな」


 きっと明日大学へ行ったら、どうして乾のダンジョン探索参加を止めてくれなかったのだと責められるに違いない。乾のダンジョン参加を知った時点で佐原に伝えなかったことも怒られそうだ。

 佐原は乾にぞっこんのようだから。


 乾には乾の考えがあってダンジョン探索に参加したのだろうが、乾が憔悴してしまった今、彼氏としては今回のダンジョン探索を決行した探索者サークルを責めたくもなるだろう。

 乾自身が参加を決めたのに俺たちを責めることは筋違いだとも思うが、責めたくなる気持ちは分かる。


「佐原が殴ってきたら、一発くらいは受けてやろうかな」


 普段佐原は暴力を振るうタイプではないが、彼女のことで頭に血が昇っている可能性もある。

 だから、せめて俺は冷静になっておこう。


「……でも、さすがに二発目の拳が飛んできたら反撃してもいいよな?」


 どうか二発目の拳が飛んできませんように。




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