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第15話 暗殺の夜、九州への旅立ち


本所の裏町、冬の闇が深まる夜。佐久間宗太郎は、隅田川の川霧に包まれた路地を歩いていた。享保年間の江戸で、宗太郎の評は深川の焼き鳥、神田の蕎麦、佃の佃煮、本所のうなぎを名物に押し上げ、庶民の誇りを高めた。だが、松葉屋の藤兵衛と川柳の平蔵による偽装の策略、ならず者・弥蔵の襲撃が、彼の命を脅かしていた。柳川での平蔵との対決を制した宗太郎だったが、藤兵衛の怒りは頂点に達し、暗殺の罠が迫っていた。弟子の太郎、深川の源蔵、柳川の辰蔵、湊豆腐の菊乃の支えが、宗太郎の心を支えていた。肩の傷は疼き、藤兵衛の最終計画が今夜決行される予感が、彼の舌を研ぎ澄ませていた。



宗太郎は、柳川の辰蔵から新たな手紙を受け取っていた。「藤兵衛が刺客を雇い、今夜お前を襲う」と書かれていた。宗太郎は、太郎を連れて本所の船着き場に向かい、辰蔵、源蔵、菊乃と合流した。彼らは、宗太郎の評が江戸の食文化を変えたことを誇りに思い、共に戦う覚悟を固めていた。太郎の目は、漁師の息子らしい決意に燃え、源蔵は拳を握り、辰蔵と菊乃は宗太郎の背を守った。



「佐久間殿、藤兵衛の刺客は弥蔵を筆頭に五人。船着き場の闇で待ち伏せしてるぜ。」



源蔵の言葉に、宗太郎は頷いた。彼は、筆と紙を握り、最後の評を準備していた。柳川のうなぎ、湊豆腐の豆腐、浜田屋の佃煮、藪蕎麦の蕎麦。それらの味が、宗太郎の舌に刻まれ、江戸の魂を映していた。だが、今夜、彼の筆は命を賭けた戦いのために振るわれる。




船着き場の闇の中、弥蔵と四人の刺客が現れた。刀の刃が月光に光り、宗太郎を囲む。弥蔵はにやりと笑い、言った。


「佐久間宗太郎、てめえの筆も今夜で終わりだ。藤兵衛様の命で、てめえの舌を黙らせる!」


宗太郎は冷静に答えた。


「弥蔵、俺の舌は真を語る。藤兵衛の偽りは、江戸の食を貶める。俺の筆は、庶民の誇りを守るぜ。」


刹那、弥蔵の刀が閃いた。宗太郎は身をかわしたが、刺客の一人が脇腹を斬りつけた。血が滴り、宗太郎は膝をついた。そこに、太郎が漁師の網を投げ、刺客二人を絡め取った。源蔵が拳で弥蔵を殴り、辰蔵と菊乃が棒で刺客を押し返した。宗太郎は痛みを堪え、太郎に叫んだ。


「太郎、逃げろ! お前の志は、俺の筆を継ぐ!」


だが、太郎は網を握り、宗太郎の前に立ちはだかった。


「佐久間様、俺は逃げねえ! お前の弟子だ!」


刺客の刀が再び宗太郎を襲い、肩を深く斬った。宗太郎は意識が薄れ、倒れた。だが、源蔵の叫び声と、辰蔵の棒が刺客を退け、菊乃が宗太郎を支えた。太郎は網で弥蔵を縛り、船着き場の漁師たちが駆けつけた。刺客たちは人混みに紛れ、逃げ出した。宗太郎は血に染まり、意識を失った。




宗太郎が目を開けたのは、深川の源蔵の屋台だった。脇腹と肩の傷は、菊乃が手当てし、命は取り留めていた。源蔵、辰蔵、菊乃、太郎が宗太郎を見守る。源蔵は拳を握り、言った。


「佐久間殿、危ねえとこだった。藤兵衛の刺客は逃げたが、また来るぜ。江戸にいるのは危険だ。」


辰蔵が頷き、続けた。


「お前の評は、柳川を救った。だが、藤兵衛の怒りは止まらねえ。身を隠すんだ。」


菊乃は涙ぐみ、宗太郎の手を握った。


「佐久間殿、お前の舌は江戸の宝だ。生きて、また食を評してくれ。」


太郎は目を輝かせ、言った。


「佐久間様、俺も行く! お前の筆を継ぐため、どこまでもついてく!」


宗太郎は、仲間たちの言葉に心を動かされた。彼は、江戸での評の活動が、藤兵衛の陰謀を呼び寄せ、命を危険に晒したことを悟った。宗太郎は、筆を握り、最後の評を書き上げた。



本所柳川のうなぎ、深川の焼き鳥、神田の蕎麦、佃の佃煮、湊の豆腐。江戸の魂は、庶民の食に宿る。偽りの刃は、真の味を斬れず。俺の筆は、江戸の誇りを刻む。



この評は、版元を通じて江戸中に広まり、宗太郎の名はさらに高まった。だが、彼は決意した。江戸を離れ、九州の博多へ拠点を移す。偽名「佐藤宗次」を名乗り、暗殺の刃から身を守る。太郎を連れ、宗太郎は新たな食の旅を始めることを誓った。





数日後、宗太郎と太郎は、隅田川の船着き場から小舟に乗った。傷は癒えつつあったが、宗太郎の心は重かった。江戸の食文化を守った代償は、故郷を離れることだった。太郎は、網を手に、宗太郎を見守る。


「佐久間様、博多でも食を評するんだろ? 俺、ちゃんと弟子になるぜ!」


宗太郎は笑い、太郎の頭を撫でた。


「太郎、博多の魚は、江戸とは違う味だ。俺の舌と、お前の志で、新しい評を刻もう。」


小舟は、隅田川を下り、江戸の灯りが遠ざかる。宗太郎は、母・雪乃の煮込み、源蔵の焼き鳥、辰蔵のうなぎ、菊乃の豆腐、太郎の佃煮を思い出した。彼の筆は、九州で新たな食文化を切り開く。藤兵衛の陰謀は、江戸に残されたが、宗太郎の旅は終わらない。


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