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第19話 佐賀の海苔、忍び寄るスパイ


佐賀の海、春の潮風が海苔の香りを運ぶ朝。佐藤宗次こと佐久間宗太郎は、弟子の太郎を連れ、佐賀の有明海に面した小さな漁村に降り立った。


享保年間の九州、博多を拠点に長崎で評を広めた宗太郎は、偽名「佐藤宗次」を名乗り、江戸での暗殺未遂を逃れていた。長崎の波濤軒で赤魚の南蛮焼きやイカ豚の南蛮漬けを評し、九州の食文化を高めたが、松葉屋の藤兵衛と博多の権力者・黒崎藤十郎の陰謀が、刺客・弥蔵のスパイ・宗助を通じて迫っていた。


母・雪乃の煮込み、江戸の焼き鳥、博多の豚骨、長崎の南蛮料理の記憶が宗太郎の舌を支え、太郎の初評が筆を後押ししていた。宗太郎と太郎は、九州全域での食探求を続け、佐賀の海苔文化に挑もうとしていた。


有明海の市場は、干潟で育つ海苔の香りが漂う。海苔を干す竹の棚が並び、漁師の声が響く。宗太郎は、腰に筆と紙を携え、海苔の磯の匂いに鼻を動かした。太郎は、漁師の息子らしい好奇心で、海苔の黒い輝きを指差した。



「宗次さん、この海苔、すげえ黒光りしてる! 佃煮より、なんか力強いぜ!」



宗太郎は笑い、太郎の目を褒めた。市場の端、屋台「潮干」に足を止めた。店主の鮎子は、30歳ほどの女漁師で、海苔を使った料理で村を支える。鮎子の目は、海の厳しさと優しさを宿していた。宗太郎は、カウンターに腰を下ろし、鮎子に声をかけた。



「鮎子殿、海苔の焼き物を一品。それと、海苔汁を頼む。」



鮎子は頷き、炭火で海苔を焼き、鍋で汁を温めた。宗太郎は、海苔の香ばしい匂いに心を弾ませた。屋台は、漁師や村の女衆で賑わう。宗太郎は、佐賀の素朴な海の味に期待を膨らませた。だが、藤十郎のスパイ・宗助が、市場の客を装い、宗太郎の動きを監視していた。




海苔の焼き物と海苔汁が運ばれてきた。

焼き海苔は、薄くパリッと焼き上がり、塩がほのかに光る。

海苔汁は、鯖の出汁に海苔が溶け、葱が彩りを添える。


宗太郎はまず焼き海苔を手に取り、香りを嗅いだ。磯の香りが、塩のキレと混じる。彼は一口噛み、目を閉じた。


舌が喜んだ。

海苔のパリッとした食感と、磯の深い旨味が、塩で引き立つ。宗太郎は、つぶやく。



「この焼き海苔、有明海の魂だ。磯の香りが、佐賀の風を閉じ込める。」



鮎子は手を止め、宗太郎を見た。客たちの視線が集まる。宗太郎は次に海苔汁を啜った。鯖の出汁に海苔の旨味が溶け、葱の清涼感が調和する。宗太郎は、鮎子の技に感服した。



「鮎子殿、この海苔汁は、佐賀の海の歌だ。鯖と海苔が、潮の響きを煮込む。」



鮎子は微笑み、言った。



「佐藤さん、うちの海苔をそう評してくれるなら、試作の一品、食べてみねえ?」



宗太郎は目を輝かせ、頷いた。鮎子は小さな皿を取り出し、海苔をイカと味噌で和えた「海苔イカの味噌和え」を出した。さらに、海苔を巻いた鯖の焼き物を「海苔巻き鯖焼き」として用意。宗太郎は二品を手に取り、じっと見つめた。



海苔イカの味噌和えは、海苔の黒とイカの白が映え、味噌の香りが漂う。

海苔巻き鯖焼きは、海苔が鯖を包み、炭火の苦みが香る。


宗太郎はまず海苔イカの味噌和えを口に運んだ。


舌が驚いた。

海苔の磯の旨味と、イカの弾力が、味噌の甘みに抱かれる。宗太郎は目を閉じ、味を解いた。



「鮎子殿、この海苔イカの味噌和え、有明海の深みだ。海苔とイカが、佐賀の魂を和える。」


客たちがどよめき、鮎子は目を輝かせた。宗太郎は次に海苔巻き鯖焼きを味わった。海苔の香ばしさと鯖の脂が、炭火の苦みと調和。宗太郎は「海の巻き焼き」と呼び、こう評した。


「鯖の脂は、佐賀の海の波。海苔の香りは、干潟の風。この一品、潮の誇りを焼く。」



宗太郎は筆を取り、評を書き始めた。



佐賀潮干の料理、有明海の魂を焼き煮る一品。焼き海苔は佐賀の風を、海苔汁は潮の歌を宿す。海苔イカの味噌和えは海の深みを和え、海苔巻き鯖焼きは干潟の誇りを焼く。この味、佐賀の魂なり。



太郎は、宗太郎の横で筆を握り、初評に挑戦した。



潮干の海苔、すげえうまかった! 焼き海苔はパリッと海の匂いだ。海苔汁は、漁師の俺の故郷みたい。海苔イカは味噌が効いて、鯖の巻き焼きは海の力だぜ!



宗太郎は、太郎の評を読み、笑った。



「太郎、味の真を捉えてる。佐賀の海を、もっと磨けよ。」



太郎は頷き、目を輝かせた。彼の評は、宗太郎の指導で版元に届けられ、佐賀の市場に広まった。潮干は客で溢れ、鮎子は感謝した。




だが、宗太郎と太郎の評は、黒崎藤十郎の耳に届いていた。藤十郎は、博多と長崎の利権を握り、佐賀の海苔市場にも手を伸ばしていた。宗太郎の評が、漁師たちの誇りを高め、藤十郎の支配を脅かすことを恐れた。藤十郎は、藤兵衛と連絡を取り、弥蔵のスパイ・宗助に指示を出した。



「佐藤宗次は、佐賀でも評を広めてやがる。宗助、奴の宿、動き、次の計画を全て探れ。」



宗助は、市場の客や漁師に紛れ、宗太郎と太郎の行動を監視。潮干での会話を盗み聞き、宗太郎が次に熊本の馬肉屋を訪れる計画を知った。宗助は、夜の市場で藤十郎に報告。



「佐藤宗次、熊本に行く気だ。宿は漁師の隠れ家だ。評は版元を通じて広まり、佐賀の海苔が売れてる。」



藤十郎は目を細め、弥蔵に新たなスパイを佐賀に送るよう命じた。宗助は、宗太郎の宿近くでうろつき、太郎が気づいた。



「宗次さん、あの船乗り、また怪しいぜ。市場でウロウロしてる。」



宗太郎は頷き、冷静に答えた。



「太郎、宗助は藤十郎のスパイだ。泳がせて、奴らの手を暴く。佐賀の海苔を守るため、筆を磨こう。」




その夜、宗太郎と太郎は、潮干を再訪。鮎子の新作「海苔と鯖の味噌汁麺」を試食した。海苔と鯖の出汁に、味噌と細麺を合わせた一品は、佐賀の海の深みと温もりを閉じ込めていた。宗太郎は「海の味噌麺」と呼び、こう評した。



「海苔と鯖は、有明海の波。味噌の温もりは、漁師の心。この一品、佐賀の春を煮る。」



太郎も初評を書き加えた。



海苔の麺、めっちゃうまかった! 海苔は海の匂い、鯖は漁師の力だ。味噌が温けえ、佐賀の春だぜ!



宗太郎は、太郎の成長に目を細めた。だが、屋台の外で、宗助の視線が光る。鮎子は、市場の噂を宗太郎に伝えた。



「佐藤さん、怪しい船乗りが村をうろついてる。藤十郎の手の者だ。気をつけな。」



宗太郎は頷き、鮎子の忠告に感謝。九州全域での食探求を続け、熊本の馬肉屋へ向かう決意を固めた。

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