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第21話 鹿児島の魚、深るスパイの影


鹿児島の港町、春の潮風が桜島を眺める朝。佐藤宗次こと佐久間宗太郎は、弟子の太郎を連れ、鹿児島の市場に降り立った。享保年間の九州、博多を拠点に長崎、佐賀、熊本で評を広めた宗太郎は、偽名「佐藤宗次」を名乗り、江戸での暗殺未遂を逃れていた。熊本の火の国で馬肉の辛子焼きや山芋煮を評し、九州の食文化を高めたが、松葉屋の藤兵衛と博多の権力者・黒崎藤十郎の陰謀が、刺客・弥蔵のスパイ・宗助を通じて迫っていた。母・雪乃の煮込み、江戸の焼き鳥、博多の豚骨、長崎の南蛮料理、佐賀の海苔、熊本の馬肉の記憶が宗太郎の舌を支え、太郎の初評が筆を後押ししていた。宗太郎と太郎は、九州全域での食探求を続け、鹿児島の魚文化に挑もうとしていた。



鹿児島の市場は、桜島の灰が混じる風と、魚の鮮烈な匂いが響く。漁師たちがキビナゴや鰹を並べ、活気が溢れる。宗太郎は、腰に筆と紙を携え、魚の磯の香りに鼻を動かした。太郎は、漁師の息子らしい好奇心で、キビナゴの銀色を指差した。



「宗次さん、このキビナゴ、めっちゃキラキラしてる! 俺の故郷の魚より、なんか元気だぜ!」



宗太郎は笑い、太郎の目を褒めた。市場の端、屋台「薩摩波」に足を止めた。店主の辰五郎は、40歳ほどの漁師で、鹿児島の魚を使った料理で市場を盛り上げる。辰五郎の目は、薩摩の海の荒々しさを宿していた。宗太郎は、カウンターに腰を下ろし、辰五郎に声をかけた。



「辰五郎殿、キビナゴの焼き物を一品。それと、鰹の煮付けを頼む。」



辰五郎は頷き、炭火でキビナゴを焼き、鍋で鰹を煮始めた。宗太郎は、魚の焼ける香りに心を弾ませた。屋台は、漁師や船乗りで賑わう。宗太郎は、鹿児島の力強い海の味に期待を膨らませた。だが、藤十郎のスパイ・宗助が、市場の客を装い、宗太郎と太郎の動きを監視していた。




キビナゴの焼き物と鰹の煮付けが運ばれてきた。

キビナゴの焼き物は、小魚が炭火でカリッと輝き、塩がほのかに光る。

鰹の煮付けは、醤油と酒のスープに鰹が浸かり、ショウガが香る。



宗太郎はまずキビナゴの焼き物を手に取り、香りを嗅いだ。魚の鮮烈な香りが、塩のキレと混じる。彼は一口噛み、目を閉じた。


舌が喜んだ。

キビナゴのカリッとした食感と、鮮魚の甘みが、塩で引き立つ。宗太郎は、つぶやく。



「このキビナゴ、鹿児島の海の輝きだ。塩のキレが、薩摩の波を閉じ込める。」



辰五郎は手を止め、宗太郎を見た。客たちの視線が集まる。宗太郎は次に鰹の煮付けを味わった。鰹の濃厚な旨味が、醤油と酒の甘みに溶け、ショウガが清涼感を添える。宗太郎は、辰五郎の技に感服した。



「辰五郎殿、この鰹の煮付けは、薩摩の海の歌だ。鰹とショウガが、波の響きを煮込む。」



辰五郎は微笑み、言った。



「佐藤さん、うちの魚をそう評してくれるなら、試作の一品、食べてみねえ?」



宗太郎は目を輝かせ、頷いた。辰五郎は小さな皿を取り出し、キビナゴを唐辛子と柚子で和えた「キビナゴの柚子唐辛子和え」を出した。さらに、鰹を芋焼酎で煮込んだ「鰹の芋焼酎煮」を用意。宗太郎は二品を手に取り、じっと見つめた。



キビナゴの柚子唐辛子和えは、キビナゴの銀色に唐辛子の赤と柚子の緑が映える。

鰹の芋焼酎煮は、鰹の身が芋焼酎の香りに包まれ、薩摩の風を感じる。



宗太郎はまずキビナゴの柚子唐辛子和えを口に運んだ。



舌が驚いた。

キビナゴの鮮味が、唐辛子の辛味と柚子の清涼感に調和。宗太郎は目を閉じ、味を解いた。



「辰五郎殿、この柚子唐辛子和え、薩摩の海の風だ。キビナゴと柚子が、鹿児島の魂を和える。」



客たちがどよめき、辰五郎は目を輝かせた。宗太郎は次に鰹の芋焼酎煮を味わった。鰹の旨味が、芋焼酎のほろ苦さと溶け合う。宗太郎は「薩摩の海煮」と呼び、こう評した。



「鰹は、鹿児島の海の力。芋焼酎は、薩摩の大地の息吹。この一品、波の誇りを煮込む。」



宗太郎は筆を取り、評を書き始めた。



鹿児島薩摩波の料理、薩摩の魂を焼き煮る一品。キビナゴの焼き物は海の輝きを、鰹の煮付けは波の歌を宿す。キビナゴの柚子唐辛子和えは海の風を和え、鰹の芋焼酎煮は波の誇りを煮込む。この味、鹿児島の魂なり。



太郎は、宗太郎の横で筆を握り、初評に挑戦。



薩摩波の魚、めっちゃうまかった! キビナゴはカリッと海の輝きだ。鰹の煮付けは、漁師の俺の故郷の味。柚子唐辛子和えはピリッと海の風、芋焼酎煮は薩摩の力だぜ!



宗太郎は、太郎の評を読み、笑った。



「太郎、味の真を捉えてる。鹿児島の海を、もっと磨けよ。」



太郎は頷き、目を輝かせた。彼の評は、宗太郎の指導で版元に届けられ、鹿児島の市場に広まった。薩摩波は客で溢れ、辰五郎は感謝した。





だが、宗太郎と太郎の評は、黒崎藤十郎の耳に届いていた。藤十郎は、博多、長崎、佐賀、熊本の利権を握り、鹿児島の魚市場にも手を伸ばしていた。宗太郎の評が、漁師たちの誇りを高め、藤十郎の支配を脅かすことを恐れた。藤十郎は、藤兵衛と連絡を取り、弥蔵のスパイ・宗助に新たな指示を出した。



「佐藤宗次は、鹿児島でも評を広めてやがる。宗助、奴の宿と次の動きを徹底的に探れ。もう一人のスパイを加え、目を増やせ。」



宗助は、市場の漁師や船乗りに紛れ、宗太郎と太郎の行動を監視。薩摩波での会話を盗み聞き、宗太郎が次に薩摩の芋料理を探求する計画を知った。宗助は、夜の港で藤十郎に報告。



「佐藤宗次、薩摩の芋料理を評する気だ。宿は港の旅籠だ。評は版元を通じて広まり、キビナゴと鰹が売れてる。」



藤十郎は目を細め、弥蔵に新たなスパイ・漁師姿の女・沙羅を送り込んだ。宗助と沙羅は、宗太郎の宿近くでうろつき、太郎が気づいた。



「宗次さん、あの船乗りと、女漁師が怪しいぜ。市場でコソコソしてる。」



宗太郎は頷き、冷静に答えた。



「太郎、宗助と新たな女だ。藤十郎のスパイが二人になった。泳がせて、奴らの動きを暴く。鹿児島の魚を守るため、筆を磨こう。」




その夜、宗太郎と太郎は、薩摩波を再訪。辰五郎の新作「キビナゴと鰹の薩摩汁麺」を試食した。キビナゴと鰹の出汁に、芋焼酎と細麺を合わせた一品は、薩摩の海と大地の力を閉じ込めていた。宗太郎は「薩摩の海麺」と呼び、こう評した。



「キビナゴと鰹は、薩摩の海の波。芋焼酎が、大地の息吹を添える。この一品、鹿児島の春を煮る。」



太郎も初評を書き加えた。



薩摩の麺、めっちゃうまかった! キビナゴと鰹は海の力だ。芋焼酎が効いて、漁師の俺でも胸に響くぜ!



宗太郎は、太郎の成長に目を細めた。だが、屋台の外で、宗助と沙羅の視線が光る。辰五郎は、市場の噂を宗太郎に伝えた。



「佐藤さん、怪しい船乗りと女漁師が港をうろついてる。藤十郎の手の者だ。気をつけな。」



宗太郎は頷き、辰五郎の忠告に感謝。九州全域での食探求を続け、薩摩の芋料理へ向かう決意を固めた。

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