鹿児島の城下町、春の夕暮れが桜島を染める頃。佐藤宗次こと佐久間宗太郎は、弟子の太郎を連れ、薩摩の市場に足を踏み入れた。
享保年間の九州、博多を拠点に長崎、佐賀、熊本、鹿児島で評を広めた宗太郎は、偽名「佐藤宗次」を名乗り、江戸での暗殺未遂を逃れていた。
鹿児島の薩摩波でキビナゴの柚子唐辛子和えや鰹の芋焼酎煮を評し、九州の食文化を高めたが、松葉屋の藤兵衛と博多の権力者・黒崎藤十郎の陰謀が、刺客・弥蔵のスパイ・宗助と沙羅を通じて迫っていた。
母・雪乃の煮込み、江戸の焼き鳥、博多の豚骨、長崎の南蛮料理、佐賀の海苔、熊本の馬肉、鹿児島の魚の記憶が宗太郎の舌を支え、太郎の初評が筆を後押ししていた。
宗太郎と太郎は、九州全域での食探求を続け、薩摩の芋文化に挑もうとしていた。
薩摩の市場は、芋焼酎とサツマイモの甘い香りが漂う。農民たちが芋を並べ、酒の香りが混じる。宗太郎は、腰に筆と紙を携え、芋の素朴な匂いに鼻を動かした。太郎は、漁師の息子らしい好奇心で、サツマイモの黄金色を指差した。
「宗次さん、この芋、でっけえ! 魚とは全然違う甘い匂いだぜ!」
宗太郎は笑い、太郎の鼻を褒めた。市場の奥、屋台「芋風」に足を止めた。店主の清乃は、35歳ほどの農家の娘で、薩摩の芋を使った料理で市場を盛り上げる。清乃の目は、薩摩の大地の温もりを宿していた。宗太郎は、カウンターに腰を下ろし、清乃に声をかけた。
「清乃殿、芋の焼き物を一品。それと、芋焼酎煮を頼む。」
清乃は頷き、炭火で芋を焼き、鍋で煮込みを始めた。宗太郎は、芋の香ばしい匂いに心を弾ませた。屋台は、農民や商人で賑わう。宗太郎は、薩摩の素朴な味に期待を膨らませた。だが、藤十郎のスパイ・宗助と沙羅が、市場の客を装い、宗太郎と太郎の動きを監視していた。
芋の焼き物と芋焼酎煮が運ばれてきた。
芋の焼き物は、サツマイモが炭火でほっくり輝き、塩がほのかに光る。
芋焼酎煮は、芋焼酎のスープにサツマイモと豚が浸かる。
宗太郎はまず焼き物を手に取り、香りを嗅いだ。芋の甘い香りが、塩のキレと混じる。彼は一口噛み、目を閉じた。
舌が喜んだ。
サツマイモのほっくりした甘みが、塩で引き立つ。宗太郎は、つぶやく。
「この芋の焼き物、薩摩の大地の温もりだ。塩のキレが、芋の甘さを引き立てる。」
清乃は手を止め、宗太郎を見た。客たちの視線が集まる。宗太郎は次に芋焼酎煮を味わった。芋の甘みと豚のコクが、芋焼酎のほろ苦さに溶ける。宗太郎は、清乃の技に感服した。
「清乃殿、この芋焼酎煮は、薩摩の大地の歌だ。芋と焼酎が、農民の心を煮込む。」
清乃は微笑み、言った。
「佐藤さん、うちの芋をそう評してくれるなら、試作の一品、食べてみねえ?」
宗太郎は目を輝かせ、頷いた。清乃は小さな皿を取り出し、サツマイモを芋焼酎と唐辛子で和えた「芋の焼酎唐辛子和え」を出した。さらに、芋と鶏を味噌で煮込んだ「芋と鶏の味噌煮」を用意。宗太郎は二品を手に取り、じっと見つめた。
芋の焼酎唐辛子和えは、サツマイモの黄金色に唐辛子の赤が映える。
芋と鶏の味噌煮は、芋の甘みと鶏の旨味が味噌に溶ける。
宗太郎はまず焼酎唐辛子和えを口に運んだ。
舌が驚いた。
サツマイモの甘みが、芋焼酎のほろ苦さと唐辛子の辛味に調和。宗太郎は目を閉じ、味を解いた。
「清乃殿、この焼酎唐辛子和え、薩摩の大地の火だ。芋と焼酎が、農民の魂を和える。」
客たちがどよめき、清乃は目を輝かせた。宗太郎は次に芋と鶏の味噌煮を味わった。芋の甘みと鶏のコクが、味噌の温もりに溶ける。宗太郎は「大地の味噌煮」と呼び、こう評した。
「芋は薩摩の大地の恵み。鶏と味噌は、農家の温もり。この一品、大地の誇りを煮込む。」
宗太郎は、太郎に目を向けた。
「太郎、今回はお前が評を書いてみろ。俺は見守るだけだ。」
太郎は目を丸くし、緊張した。
「俺だけで? 宗次さん、ちゃんと書けるかな…」
「漁師の勘を信じろ。味の真を捉えればいい。」
太郎は頷き、筆を握った。清乃の新作「芋と鶏の焼酎汁麺」を試食した。芋と鶏の出汁に、芋焼酎と細麺を合わせた一品は、薩摩の大地の温もりを閉じ込めていた。太郎は、初めて一人で評を書いた。
芋風の芋、めっちゃうまかった! 焼き芋は甘くて、薩摩の大地だ。芋焼酎煮は、漁師の俺でも温まるぜ。焼酎唐辛子和えはピリッと芋がうまい! 芋と鶏の味噌煮は、まるで農家の飯だ。芋の麺は、芋と鶏が薩摩の力だぜ!
太郎の評は、版元を通じて市場に広まった。芋風は客で溢れ、清乃は喜んだ。だが、数日後、市民からバッシングが起こった。
市場の農民や商人が、太郎の評に不満を漏らした。
「漁師の分際で、薩摩の芋を『まるで農家の飯』だと? 俺たちの誇りを侮辱してる!」
「『薩摩の力』って、芋を力だけで語るなんて、芋の繊細さがわかってねえ!」
太郎の評が、薩摩の農民の誇りを傷つけたと噂が広がり、芋風の客足が遠のいた。太郎は肩を落とし、宗太郎に相談した。
「宗次さん、俺の評、ダメだった…。みんな怒ってる。どうしたらいい?」
宗太郎は、太郎の肩を叩いた。
「太郎、初めての評にしては味の真を捉えてた。だが、薩摩の農民の誇りを軽んじた言葉が誤解を生んだ。俺がフォローする。学びだと思え。」
宗太郎は筆を取り、芋風を再訪。清乃に詫びを入れ、改めて評を書いた。
薩摩芋風の料理、大地の魂を焼き煮る一品。芋の焼き物は薩摩の温もりを、芋焼酎煮は農民の心を宿す。焼酎唐辛子和えは大地の火を和え、芋と鶏の味噌煮は農家の誇りを煮込む。芋と鶏の焼酎汁麺は、薩摩の恵みを煮る。弟子・太郎の評は未熟ながら、芋の真を捉えた。薩摩の農民の誇りを讃え、芋の繊細な甘みを再評価せよ。
宗太郎の評は、版元を通じて広まり、市民の怒りを鎮めた。芋風に客が戻り、清乃は感謝した。太郎は、宗太郎のフォローに目を潤ませた。
「宗次さん、俺、もっと勉強する。薩摩の農民の気持ち、ちゃんと考えるよ。」
宗太郎は頷き、笑った。
「失敗は成長の種だ。次はもっと磨けよ。」
だが、宗太郎と太郎の動きは、藤十郎のスパイ・宗助と沙羅に監視されていた。藤十郎は、芋風の一件で宗太郎の影響力を再確認し、焦りを募らせた。藤十郎は、藤兵衛と連絡を取り、弥蔵に新たな指示を出した。
「佐藤宗次と太郎、薩摩でも評を広めた。宗助と沙羅、次の動きを詳細に探れ。刺客の準備も進め。」
宗助と沙羅は、市場や旅籠で宗太郎と太郎を監視。芋風での一件を聞きつけ、宗太郎が次に宮崎の地鶏料理を探求する計画を知った。宗助は、藤十郎に報告。
「佐藤宗次、宮崎に行く気だ。宿は市場近くの旅籠だ。太郎の評で波紋が起きたが、宗次がフォローした。」
藤十郎は目を細め、弥蔵に宮崎での監視を強化するよう命じた。宗助と沙羅は、宗太郎の宿近くでうろつき、太郎が気づいた。
「宗次さん、あの二人、まただ! 市場でコソコソしてるぜ。」
宗太郎は頷き、冷静に答えた。
「太郎、藤十郎のスパイだ。泳がせて、奴らの動きを暴く。薩摩の芋を守り、宮崎へ向かおう。」
宗太郎と太郎は、次の地宮崎の地鶏料理を求め足を進めた。