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第48話 広島の喜び、新たな命の誕生


宗太郎と鮎子は広島での静かな日々を送り、四国四県の旅を終えて新たな家族の準備を進めていた。愛媛でみかん料理を提案し、香川のオリーブ畑で七之助と出会い、高知でかつおのたたき、鍋焼きラーメン、ゆず釜飯を味わい、徳島で阿波踊りとすだちうどんに触れた二人は、旅の思い出を胸に広島で愛を育んでいた。鮎子のお腹に宿る命は成長し、出産の時が近づいていた。旅の再開を夢見つつも、家族の絆が二人の心を満たしていた。



数か月が過ぎ、鮎子の出産時期が訪れた。広島の自宅では、辰五郎が優しく娘を支え、宗太郎は旅の評を新聞記者・康次に届けつつ、家族の未来を思い描いていた。二人は子供の名前を話し合い、男の子なら「鉄心」、女の子なら「花」と名づけることに決めた。鉄心は宗太郎の強い意志を、花は鮎子の優しさを象徴する名として、二人の愛を込めたものだった。


それから数日して、鮎子の陣痛が始まった。宗太郎は慌てて彼女を家の近くの診療所へ連れて行った。診療所は古びた木造の建物で、穏やかな医者・弥平、50歳が待機していた。宗太郎は辰五郎とオランダ出身の友人ヨハンを呼び寄せ、三人で出産を待った。待合室には緊張と期待が漂い、宗太郎は鮎子の手を握り、励ました。


「鮎子、そなたの頑張りに俺は心から敬意を表する。鉄心か花か、どちらも俺たちの愛の結晶だ。そなたのそばにいるよ。」


鮎子は痛みに耐えつつ、弱々しく微笑んだ。彼女の声には愛情と新たな命への期待が込められていた。


「あなた…ありがとう。痛いけど、あなたと一緒なら頑張れるよ。鉄心でも花でも、愛情を注ぎたい。少しだけ力を貸してね。」


辰五郎は娘の横に立ち、穏やかに励ました。彼の声には深い愛情と誇りが込められていた。


「鮎子、頑張れ。俺もおじいさんになる瞬間を心待ちにしておる。宗太郎と一緒に支えるからな。」


ヨハンは待合室で宗太郎を慰め、友情を示した。彼の声には温かさと励ましが込められていた。


「宗太郎殿、鮎子さんは強いよ。オランダでも出産は家族の喜びだ。新しい命が君たちを幸せにするだろう。」


時間はゆっくりと過ぎ、診療所の空気が張り詰めた。宗太郎は祈るような気持ちで鮎子の声を聞き、辰五郎は静かに手を合わせ、ヨハンは穏やかに見守った。


突然、赤ちゃんの産声が診療所内に響き渡った。弥平が笑顔で部屋から出てきて、宗太郎に告げた。


「宗太郎殿、おめでとう! 立派な女の子だ。母子共に健康だぞ。」


宗太郎の目には涙が溢れ、すぐに鮎子の元へ駆け寄った。鮎子は汗に濡れた顔で赤ちゃんを抱き、疲れと喜びが混じった表情を浮かべていた。宗太郎は彼女の横に跪き、赤ちゃんの小さな手をそっと握った。涙が頬を伝い、言葉にならない感情が胸を満たした。


「鮎子…花だ。そなたの優しさが花のように咲いた。俺たちの愛がこの子に宿った…。ありがとう、そなたの頑張りに頭が下がるよ。」


鮎子は涙を浮かべ、宗太郎の手に自分の手を重ねた。彼女の声は弱々しくも愛に満ちていた。


「あなた…花、素敵ね。あなたと一緒に出産できたのが幸せよ。家族3人で、広島で幸せになれるね。」


辰五郎は部屋に入り、孫の顔を初めて見て感極まった。彼の声は震え、喜びが溢れていた。


「花…可愛いな。鮎子、宗太郎、立派な孫をありがとう。広島で、俺もおじいさんとして支えるからな。」


ヨハンは外から様子を伺い、微笑んで祝福の言葉を述べた。


「素晴らしい名前だ、花! 宗太郎殿、鮎子さん、君たちの家族に幸運が訪れることを祈るよ。」


宗太郎は鮎子の頬にそっと手を置き、涙を拭った。赤ちゃんの花は小さな手で宗太郎の指を握り、家族の絆を象徴する瞬間だった。旅の記憶が心に蘇りつつも、今は家族の時間に集中する決意を新たにした。


「鮎子、そなたと花が俺の宝だ。旅は再び始める日を夢見つつ、今は広島でそなたと花を大切にしたい。そなたのそばにいられることが、俺の幸せだ。」


鮎子は宗太郎の手に寄り添い、穏やかに答えた。彼女の声には愛情と新たな責任が混じっていた。


「あなた…ありがとう。花を育てながら、いつかまたあなたと旅に出たいよ。広島で、家族3人で幸せになれるね。」


三人は診療所でしばらく寄り添い、赤ちゃんの寝顔を見つめた。旅の終わりと家族の始まりが重なり、広島の夜が新たな希望で満ちていくのを感じていた。



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