大広間に響くのは、貴族たちの笑い声と祝福の言葉だった。花嫁となったレティア・ルーンは微笑みを保ちながら、心の中でため息をついていた。輝くシャンデリアの下で、豪華なドレスに身を包んだ彼女は、隣に立つライオネル公爵の横顔をそっと盗み見た。金髪に青い瞳。公爵らしい威厳に満ちたその姿は、女性たちの憧れを一身に受けるにふさわしい。だが、レティアには彼の冷たい雰囲気が重く感じられた。
彼は一度もこちらを見ず、形式的な会話を繰り返している。まるで、ただの義務をこなしているだけのように。
レティアは笑顔を絶やさずに対応するが、心の中では不安と失望が渦巻いていた。この結婚は、家の財政難を救うための政略結婚。彼女の気持ちなど、誰も考慮していない。
やがて宴が終わり、新婚夫婦の部屋へと導かれる時間が来た。使用人たちの視線が二人に向けられる中、レティアは静かに公爵の隣を歩く。だが、その背筋は張り詰めていた。
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豪華な装飾が施された寝室に入ると、ライオネルは無言で扉を閉め、重厚な椅子に腰を下ろした。レティアも言葉を選びつつ、彼の前に立つ。
「今日は本当にたくさんの方々から祝福をいただきましたね」
ぎこちないながらも会話を試みるレティアに、ライオネルは軽く肩をすくめるだけだった。
「祝福だと?あの場にいた連中の何人が本気でそう思っているか、疑問だな。」
その冷淡な言葉に、レティアの胸が痛んだ。だが、彼女は耐えるように微笑みを保った。
「そうかもしれませんが、私たちが夫婦になったことは変わりません。これから、お互いに協力し合い――」
言葉の途中で、ライオネルは彼女の言葉を遮った。
「レティア・ルーン。」
彼は初めて彼女の名前を呼んだが、その声は冷え切っていた。
「君に期待しないでくれ。この結婚は形式的なものだ。君に愛情を持つつもりもないし、夫婦としての絆を築く気もない。」
その言葉にレティアの息が止まりそうになった。
「ですが――」
「君の家が救われるのなら、それで十分だろう。」
ライオネルは立ち上がり、ベッドに目を向けることもなく部屋の隅へと歩いていった。そして冷たく言い放つ。
「私は別の部屋で休む。これからもそうするつもりだ。」
彼が扉を閉めて去る音が響き、部屋には静寂が訪れた。
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レティアはその場に立ち尽くした。結婚初夜は、一生に一度の特別な夜のはずだった。しかし現実は、冷たい言葉と無関心だけが残されている。
目の前の豪華な部屋が、どれだけ無機質で空虚に感じられるか。誰にも頼れず、誰も味方にならない孤独。
レティアは深く息を吸い、涙が零れそうになるのを必死でこらえた。侯爵家の娘として育てられた自分に、弱音を吐く権利はない。
「私は…負けない。」
小さく呟くその声は震えていたが、彼女の瞳には微かな決意の光が宿っていた。