目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第2話 孤独な日々

 レティアが公爵家に嫁いで数日が過ぎたが、心の中の重苦しさは一向に晴れることはなかった。夫であるライオネルは彼女を避けるように家を留守にすることが多く、屋敷の中で顔を合わせることさえ稀だった。彼の冷たい態度に慣れる暇もないまま、彼女は孤独と向き合うことを余儀なくされていた。



---


 この屋敷は広大で、まるで迷路のようだった。壁には見事な装飾が施され、廊下には豪華な絨毯が敷かれている。だがその美しさはどこか冷たく、温かみを感じることはなかった。使用人たちもまた同じだった。


 レティアが廊下を歩いていると、メイドたちが小声で囁き合い、彼女が近づくと一斉に黙り込む。視線は敬意というよりも遠巻きに眺める冷淡なものだった。彼女が挨拶をしても、形式的に返すだけで、心がこもっている様子は見られない。


 ある日、レティアは勇気を振り絞り、食堂で働いていた若いメイドに声をかけた。


「朝食を用意してくれてありがとう。いつもとても美味しいわ。」


 一瞬、メイドは驚いた表情を浮かべたが、すぐに目を伏せ、短く「ありがとうございます」とだけ答えた。その後も彼女が何か話しかけようとすると、そそくさとその場を離れてしまう。


 他の使用人たちも同じように距離を取り続けた。侯爵家での生活に慣れている彼女にとっても、これほどまでに孤独な環境は初めてだった。



---


 「私は歓迎されていない。」


 寝室に戻ったレティアは、自分にそう言い聞かせた。彼女のような政略結婚で嫁いだ貴族の娘は、家の存続を目的とした駒でしかないことを理解していた。しかし、それでも初めての結婚生活に少しだけ期待を抱いていた自分が、今では愚かに思える。


 思わず、亡き母の面影が脳裏に浮かぶ。幼い頃、彼女がいつも言っていた言葉を思い出した。


 「どんな時でも、自分の誇りを忘れてはならないのよ。ルーン家の娘として生まれたあなたには、その価値があるのだから。」


 その言葉が、今のレティアの心を支える唯一の支えだった。



---


 翌日もライオネルは屋敷を出ていた。彼の不在が珍しいことではなくなった頃、レティアは自分の生活に少しずつ規律を取り戻そうと決意した。孤独を感じながらも、侯爵家の娘としての誇りを胸に、毅然とした態度を保つことを心がけた。


 朝は決まった時間に起床し、侍女の助けを借りて着替えを済ませる。そして書斎で読書をしたり、宮廷の礼儀作法についてさらに学んだりと、自分を磨くことに専念する。彼女はどんな環境でも自分を見失わないことを目標にしていた。


 だが、それでも孤独が彼女を蝕む夜があった。豪華なベッドに横たわり、誰にも聞こえないよう小さくため息をつくことが日課になりつつあった。



---


 ある日の午後、庭園で散歩をしていたレティアは、一人の老年の執事と出会った。彼は庭師と共に古いバラの剪定をしていた。執事の姿に気づいた彼女は、少しでも会話をしたいと思い、声をかける。


「この庭園はとても美しいですね。このバラも、あなたが育てているのですか?」


 執事は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべて頷いた。


「はい、奥様。この庭園は長い間、公爵家の象徴として愛されてきました。このバラも代々大切に育てられております。」


 久しぶりに温かみのある言葉を聞いたレティアは、少しだけ心が軽くなるのを感じた。執事との短い会話の中で、彼女は改めて感じた。ここでの孤独に負けてはいけないと。



---


 その夜、レティアは屋敷の広い廊下を一人歩いていた。月明かりが窓から差し込み、彼女の影を長く伸ばしていた。その時、廊下の曲がり角から二人のメイドの話し声が聞こえてきた。


「奥様はかわいそうだね。公爵様から冷たくされてるだけじゃなく、誰も味方がいないなんて。」

「でも、奥様のせいじゃない?政略結婚とはいえ、公爵様にふさわしい魅力がないんじゃない?」


 その言葉を聞いた瞬間、レティアは立ち止まった。足音を殺し、その場で耳を澄ませる。


「でも、彼女が何か悪いことをしたわけじゃないでしょう?それにしても、公爵様は冷たすぎると思うわ。」


 それ以上の会話を聞くのは耐えられず、レティアは急いでその場を立ち去った。


 寝室に戻ると、心が痛みで満たされていた。だが、彼女は決して涙を流さなかった。「私は侯爵家の娘。こんなことで弱音を吐くわけにはいかない。」そう心の中で繰り返し、自分を奮い立たせるのだった。



--

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?