公爵家の屋敷を出る朝、レティアは荷馬車の準備を整えながら、静かに屋敷の中庭を振り返った。広大で美しい庭園、整備された建物、そしてかつての権威を象徴する豪華な装飾品の数々。しかし、彼女の目には何の感慨も浮かんでいなかった。この場所は、彼女にとってただの「牢獄」だったのだ。
「もう二度と戻ることはないでしょうね。」
そう呟いたレティアの声には、解放感と新たな決意が含まれていた。彼女の瞳は、過去ではなく未来を見つめていた。
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荷物をすべて運び終えたレティアは、屋敷で最後まで残っていた老執事に向かって丁寧に頭を下げた。彼はこの厳しい日々の中で、唯一彼女に対して温かさを示してくれた人物だった。
「執事長、これまでのご助力に感謝いたします。あなたがいなければ、私はここまで来ることができなかったでしょう。」
老執事は深く頭を下げ、言葉を絞り出すように返答した。
「奥様…いえ、レティア様、どうかこれからの人生でお幸せをお掴みください。私は、あなたの選んだ道が正しいものであると確信しております。」
その言葉に、レティアは静かに微笑んだ。
「ありがとうございます。これからの人生は、私自身で切り開いていきます。」
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レティアの乗る馬車がゆっくりと屋敷を離れると、彼女はこれまでの出来事を振り返った。冷たい結婚生活、利用されただけの存在、そして復讐を果たすために費やした時間。それらは確かに辛い記憶だったが、彼女を強くし、新たな道を切り開くきっかけを与えてくれたものでもあった。
「全てが無駄だったわけではない。」
そう呟いた彼女の声には、自分を認める強さが滲んでいた。
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馬車が街を抜け、彼女の実家である侯爵家に近づく頃、レティアの胸には少しの緊張が走った。実家の家族にどのように迎えられるのか、それはまだ分からなかった。しかし、彼女の中には帰ることへの迷いはなかった。
父エリオット侯爵は、彼女が公爵家に嫁いだことで自分の名誉を守るために犠牲になったと考えているかもしれない。しかし、レティアは自分がただの犠牲者ではなく、自らの意思で戦い抜いたことを伝えたかった。
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実家の屋敷に到着すると、すぐに父親が迎えに出てきた。彼の顔には心配と安堵が入り混じった表情が浮かんでいた。
「レティア、おかえり。よく無事で戻ってきたな。」
彼のその言葉に、レティアは静かに頷き、しっかりとした声で返した。
「ただいま戻りました、お父様。私がここに戻ることができたのは、自分自身の力で立ち上がったからです。」
その言葉に、父は一瞬驚いたようだったが、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「そうか。それを聞いて、私はとても誇らしいよ。」
彼女はその言葉を聞いて初めて肩の力が抜けた。彼女の戦いを、父は理解してくれたのだ。
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屋敷の中に入ったレティアは、実家の使用人たちが温かく迎えてくれるのを感じた。その優しさが、これまでの冷たい生活との対比となり、彼女の心にじんわりとした感情をもたらした。
自室に通されると、幼い頃から慣れ親しんだ家具や装飾がそのまま残っていた。その空間に身を置くと、彼女はついに自分が自由になったことを実感した。
「ここからが本当の始まり。」
窓から差し込む日差しを浴びながら、レティアはそう呟いた。
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それから数日間、レティアは新たな生活の基盤を整えるために行動を始めた。実家で静かに暮らすのではなく、彼女自身の力で社会に関わり、自立した女性として歩んでいく計画を立てたのだ。
その一環として、かつての協力者たちにも連絡を取り、彼らに感謝の意を伝えた。マーカス侯爵や使用人のクラリス、そして老執事との絆は、これからも彼女の大切な財産になるだろう。
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ある日、父と庭園を散歩していると、彼がふと尋ねた。
「これから、何を目指して生きるつもりだ?」
レティアは微笑みを浮かべながら答えた。
「私は、私自身の力で未来を切り開いていきます。他の誰かに支配される人生ではなく、私が主役の人生を。」
その言葉に、父は満足げに頷いた。
「それでこそ、私の娘だ。」
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レティアの新たな人生が始まろうとしていた。彼女の復讐劇は終わりを迎えたが、それは同時に、新たな物語の幕開けでもあった。
「これからは、私が選んだ道を進むだけ。」
その決意を胸に、レティアは未来へと歩み始めた。冷たい結婚生活を経て得た強さと自信が、彼女の背中を押していた。
彼女の瞳に映るのは、輝く未来だけだった。