公爵家の没落が確定し、レティアは自分の家に戻る準備を静かに進めていた。裁判を経て真実が暴かれ、公爵家は国中の非難を浴びることとなった。ライオネルを含む公爵家の者たちは、その社会的地位を失い、屋敷は売却される運命にあった。
屋敷内では、使用人たちが次々と荷物を運び出し、去っていく。レティアもまた、必要最低限の荷物だけをまとめ、あとは全てを置いていくつもりだった。この家での日々を振り返ることは、彼女にとって何の意味も持たなかったからだ。
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その夜、レティアが最後の荷物を確認していると、扉の向こうからノックの音が聞こえた。
「どうぞ。」
短く答えると、扉を開けて入ってきたのはライオネルだった。彼はこれまで見せたことのないような疲れた表情を浮かべ、ゆっくりと部屋に足を踏み入れた。
「君に話がある。」
低い声でそう言う彼の姿には、かつての傲慢さや冷たさは影を潜めていた。だが、レティアはその言葉に動じることなく、静かに彼を見つめ返した。
「話すことなど何もないはずですが。」
冷たい声でそう返す彼女に、ライオネルはわずかに眉をひそめたが、それでも話を続けた。
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「全てを失った今、初めて分かった。君がどれほど強い人間だったのかを。」
その言葉に、レティアはわずかに目を細めた。
「それが分かったところで、何になるのですか?」
彼女の問いかけには冷たさが込められていた。ライオネルは一瞬口を閉ざし、何かを考えるような素振りを見せたが、やがてため息をつき、静かに言葉を続けた。
「君を道具のように扱ったことを後悔している。本当にすまなかった。」
その言葉には、本心からの謝罪が込められていた。だが、レティアの胸には響くことはなかった。
「遅すぎます。」
彼女ははっきりとそう言い放った。その一言が、ライオネルにとってどれほど重いものだったかを、彼の表情が物語っていた。
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「君がここまで強くなれるとは、正直想像もしていなかった。君がいなければ、公爵家の不正が暴かれることもなかっただろう。」
ライオネルは、かつての自分の行動を振り返りながら話していた。だが、その言葉は彼女にとって何の慰めにもならなかった。
「私が強くなったのは、あなたのおかげではありません。ただ、私自身が生き抜くためにそうなっただけです。」
レティアの冷静な返答に、ライオネルは肩を落とした。彼は何度か言葉を探すように口を開きかけたが、結局何も言えなかった。
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しばらくの沈黙が続いた後、ライオネルはゆっくりと立ち上がった。
「君が望むなら、これで最後にしよう。だが、私は君を決して忘れない。」
その言葉に、レティアは冷たい微笑みを浮かべた。
「忘れるも何も、あなたの心に私はいなかったはずです。ただの駒だったのですから。」
その冷酷な一言が、ライオネルにとどめを刺す形となった。彼は何も言わず、静かに部屋を去っていった。その背中を見送るレティアの目には、感情の揺らぎは一切なかった。
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部屋が再び静寂に包まれると、レティアは窓の外を見つめた。夜空に浮かぶ月を見上げながら、これまでの出来事を振り返った。
「私は自由を取り戻した。そして、これから自分の人生を歩んでいく。」
その決意は揺るぎないものだった。彼女は過去を断ち切り、前を向く準備を終えていたのだ。
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翌朝、レティアは荷物をまとめ、公爵家の屋敷を後にした。使用人たちが彼女を見送る中、彼女の背中には新たな未来への希望が漂っていた。冷たい結婚生活は終わりを迎え、彼女は自分自身の人生を取り戻したのだった。
「これが私の選んだ道。そして、もう二度と誰にも支配されない。」
レティアはそう心に誓い、静かに馬車に乗り込んだ。その瞳には、明るい未来を見据える力強い光が宿っていた。