裁判が終わり、公爵家の不正がすべて明るみに出た日から数日が経った。公爵家の名誉は地に落ち、特権を剥奪された一族は急速に力を失っていった。屋敷の中では、使用人たちが荷物をまとめ、次々と辞めていく様子が広がっていた。かつての威厳ある公爵家は、もはや過去の残骸にすぎなかった。
そんな中、レティアは冷静に事後の整理を進めていた。証拠の提示と裁判での証言により、彼女の役目は果たされた。だが、この屋敷を去る準備を進める中で、彼女の中には一抹の疲労感と共に、静かな達成感があった。
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その日、レティアが庭園で最後の散歩をしていると、ライオネルが彼女の前に現れた。彼は以前の威圧感ある態度を失い、疲れ切った顔をしていた。その姿は、彼女が知る冷酷で傲慢な公爵とはかけ離れたものだった。
「レティア。」
彼の声は低く、かすかに震えていた。その言葉に、レティアは足を止め、振り返った。彼女の表情には一切の感情が読み取れなかったが、その瞳には冷たい光が宿っていた。
「何か御用ですか?」
淡々とした声が、かつての夫への感情の欠片さえも残していないことを示していた。
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ライオネルは一瞬言葉を詰まらせたが、やがて小さな笑い声を漏らした。その笑いには、皮肉と敗北感が入り混じっていた。
「君がこんなに賢いとは思わなかったよ。」
その言葉は、かつて彼が見下していた相手への敗北宣言とも取れるものだった。だが、レティアは動じなかった。ただ冷たい視線で彼を見つめ、静かに答えた。
「それは光栄です。ただし、私はあなたに何も期待していませんでしたので。」
その冷ややかな返答に、ライオネルの表情が硬直した。
「君は、私のことを何一つ信じていなかったのか?」
その問いに、レティアは短く頷いた。
「ええ、最初から何も。あなたがこの結婚を通して何を望んでいたのかは、すぐに理解できました。だからこそ、私はあなたに何の期待も持たず、自分の道を進むことにしたのです。」
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ライオネルはその言葉に対して反論することもできず、ただ沈黙するしかなかった。彼が築き上げてきたものは全て崩れ去り、彼の冷たさと傲慢さがもたらした結果が、今彼自身に降りかかっていた。
「私は…君に期待していた。」
やっとの思いで言葉を絞り出したライオネルだったが、それは彼自身の後悔を滲ませるものでしかなかった。
「あなたが何を期待していたとしても、もう遅いです。」
レティアの声は冷たく響いた。彼女は彼に何の憐れみも示さなかった。
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ライオネルはその場に立ち尽くし、彼女が再び歩き出すのをただ見送るしかなかった。庭園を離れるレティアの背中は、これまで彼が知るどの貴婦人とも異なる気高さと力強さを感じさせた。
彼は小さく呟いた。
「本当に、こんな結果になるとはな…。」
だが、その声はもう彼女の耳には届かなかった。
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レティアは屋敷に戻り、自室で荷物の整理を進めていた。手紙や書類を片付けながら、彼女はこれから始まる新しい人生について考えていた。
「私は、もう過去には縛られない。この結婚生活は、私が強くなるための試練だった。」
彼女の心には、復讐を果たした満足感と、新たな目標への意欲が宿っていた。
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その夜、レティアは最後に使用人たちを集め、感謝の言葉を述べた。彼女を支え、協力してくれた人々には深い感謝を示し、今後の生活を祝福した。使用人たちも、かつての公爵夫人ではなく、一人の強い女性として彼女を見送りたいと心から思っていた。
「奥様、どうかお幸せに。」
その言葉に、レティアは微笑みを浮かべて頷いた。
「ありがとう。皆さんもこれからの人生で、幸せを掴んでください。」
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こうして、レティアは公爵家での最後の日を静かに終えた。彼女の冷静で毅然とした態度は、かつての公爵夫人という立場を超えた彼女自身の強さを示していた。そして、その強さが、これからの人生を切り開く原動力となることを、彼女自身も確信していた。
ライオネルとの冷たい対話は、彼女にとって過去を完全に断ち切るための最後の一歩だった。これから彼女を待つのは、新しい自由と独立の生活だった。