目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第18話 穏やかな愛情

 侯爵家の再建に向けて忙しい日々を送るレティアは、すでに周囲から一目置かれる存在となっていた。彼女の知恵と行動力、そして毅然とした態度は、侯爵家の使用人や地域の人々からも尊敬を集めていた。しかし、彼女自身は常に仕事に没頭し、自分自身の心に向き合う余裕を持つことができずにいた。


 そんなある日、レティアが市場の視察に訪れた際、一人の男性と出会った。



---


 市場は活気に満ち、農民や商人たちが賑やかに商品を売り買いしていた。レティアは農産物の価格や流通の状況を確認しながら、出店している人々と気さくに会話を交わしていた。


 「この野菜、とても新鮮ですね。収穫はいつ頃されたのですか?」


 農民たちからの返答を聞きながら、レティアは彼らの努力に感謝し、さらに効率的な流通の提案をすることもあった。その誠実な態度が彼女の評判を高めていたが、その日は偶然にも、隣の小さな店で陶器を並べている若い男性と目が合った。


 彼は市場の喧騒の中で一際静かな佇まいを見せており、彼女が視線を向けると軽く頭を下げて挨拶をした。


 「初めまして、侯爵夫人様。私のような小さな商人の店に目を留めていただけるなんて光栄です。」



---


 その言葉に、レティアは思わず微笑んだ。


 「夫人ではありません。ただのレティア・ルーンです。あなたの店の陶器、とても美しいですね。」


 彼は驚いたように目を丸くしたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


 「私はセドリックと申します。代々この地方で陶器を作っております。もしよければ、少しご覧になっていかれますか?」


 レティアは頷き、小さな店先に並べられた陶器を手に取った。それらはどれもシンプルながら洗練されており、温かみのあるデザインだった。


 「素敵な器ですね。これだけのものを作るには、相当な技術と努力が必要でしょう。」


 セドリックは謙虚に微笑みながら答えた。


 「ありがとうございます。ですが、私たちの仕事は地味なものです。こうして注目していただけるだけで励みになります。」



---


 その日を境に、レティアはセドリックと幾度となく顔を合わせるようになった。市場を訪れるたびに彼の店を覗き、時には彼と世間話を交わすこともあった。


 彼の言葉には飾り気がなく、誠実さが感じられた。それが、公爵家での冷たい結婚生活を経てきたレティアには新鮮で心地よいものだった。


 「あなたは、本当に仕事に誇りを持っているのですね。」


 レティアがそう言うと、セドリックは照れたように笑いながら答えた。


 「ええ、この土地の土と向き合いながら、自分の手で形を作る仕事は私にとって生きがいです。それに、こうして私の器を誰かが喜んで使ってくれるのを見ると、心が温かくなります。」



---


 彼の話を聞くたびに、レティアの心は少しずつ癒されていった。公爵家での生活では、愛情のない結婚の中でただ利用される日々が続いていた。それに比べ、セドリックとの会話は何の打算もなく、純粋だった。


 ある日、彼女が市場を訪れた際、セドリックがそっと小さな花瓶を差し出してきた。


 「これ、よければお使いください。いつも頑張っているあなたに、何かお礼をしたくて。」


 その言葉に、レティアは驚きと同時に胸の奥が温かくなるのを感じた。


 「ありがとうございます。こんなに美しいものをいただけるなんて。」


 彼女は花瓶を大切に抱えながら微笑み、セドリックの優しさに心を動かされた。



---


 日々の忙しさの中でも、セドリックとの交流はレティアにとって穏やかな時間となっていった。彼は地位や権力には一切興味を持たず、ただ彼女の人柄を見て接してくれているのだと感じた。


 「私が誰かにこうして純粋な気持ちで接してもらえる日が来るなんて…。」


 夜、自室で花瓶を眺めながら、レティアはふとそう呟いた。



---


 セドリックとの出会いは、レティアにとって大きな転機となっていた。侯爵家を再建するために全力で働きながらも、彼との交流は彼女に安らぎを与え、新たな視点をもたらしてくれた。


 「もしかすると、これが本当の幸せの始まりなのかもしれない。」


 そう思いながら、彼女は新しい未来を見据えていた。冷たい結婚生活を経た今、彼女はようやく穏やかで純粋な愛情に触れることができたのだ。


 これからの人生において、彼女が選び取るものは、誰かに決められたものではなく、自分の意思で掴むものであると、彼女は確信していた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?