「『隔絶解呪』!!………ふうん。確かに美人さんなのね」
ぴくりとも動かない邪神リナミスに、美緒は隔絶解呪を試みていた。
本来は殺すはずだった。
何より倒さなければ経験値は得る事が出来ない。
しかし殺す前に、どうしても聞きたいことがあるのは事実だ。
まず一つ。
ティリミーナの封印について。
あれは普通の人間では絶対に紡げない術式。
悪魔の眷属、しかも相当の力がないとできない芸当だった。
そして彼女の目的。
それ如何ではこれからの行動にも影響を及ぼす。
美緒の隔絶解呪で、元の姿に戻り倒れ伏すリナミス。
今度はその状態で美緒は鑑定を行った。
「鑑定………ふう。この人……少し可哀相かも……まあ、許せないし目を覚ましたらやっぱり……」
もちろん彼女は呪われていた。
でも……彼女はヒューマンを元々恨んでいた。
もう、改心とか言うレベルではない。
彼女は……
「……覗きおったな……ふっ、貴様こそ淑女として失格ではないか……」
「………そうね」
のそりと起き上がるリナミス。
瞬時に臨戦体勢に入るロッドランドとミリナ達。
美緒がそっと手を上げそれを抑えた。
「大丈夫。もうこの人には戦う力はない。……ねえ、消える前に教えてくれる?あなたの言葉で知りたいの」
「ふん。最後まで傲慢なゲームマスターめ。わらわに生き恥をさらせというか」
「……あなたはそれほどの事をしたの。……あなたが受けたことと同じ、関係ない人たちの心を弄んだ。……そうでしょ?」
邪神リナミス。
彼女は見世物として散々心無い扱いを受けていた。
酷い虐待に凌辱。
何度も弄ばれ死にかけたことは数えきれない。
そしてわずかに残された彼女の良心も……
本当に愛する人を目の前で殺され失ってしまっていた。
「……そう、じゃな。……確かにわらわは死しても許されまい。…あの世とやらでもわらわはあの人には会えまいよ?……彼はきっと極楽へと旅立った。わらわは永遠の地獄へと行くのだろうな」
そうして語られる、あまりにも悍ましい所業の数々。
話を聞いていたロッドランドから怒りの波動が沸き上がる。
「……どうしてそんな酷い事が出来たんだっ!貴様のせいで、ティリはっ!!……」
「ふん。貴様選ばれし神の使徒か。……なるほど、わらわは利用されたようじゃの」
「……どういうことだ」
「簡単な事よ……人は危機に陥らねば覚醒なぞ出来ぬ。その侯爵はたどり着いた。それだけじゃ」
リナミスの手と足が崩壊を始める。
悪魔と契約し、限界を超えた力を行使したその報い……存在の消滅……
「ふん。謝りはせぬ。わらわだって正しいなどとは思っておらん。じゃがもうわらわの心は限界じゃった。それだけだ……美緒、といったな」
「……うん」
「一つだけ情報をやろう」
「……」
「我と同じようなものがゾザデット帝国のマギ山におる。まもなく帝国の皇女が命を散らす。病気ではない。呪いじゃ。……救えるものなら……やって見せるといい……さらばじゃ…」
そう言い、チリとなり消滅するリナミス。
美緒の頭に電子音が流れた。
『ピコン……レベルが上がりました。……千里眼のスキル、習得しました。……聖魔賢者のスキルレベル上がりました……』
そして他の6人にも流れる電子音。
特にロッドランドは激しく動揺する。
「うあ、ぼ、僕……『勇者』の称号?……獲得しちゃった?」
「ええっ?!ロッドが勇者?」
……おかしい。
勇者はこの世界には一人のはず……
っ!?はっ、まさか……ナナが危ない?!
最強の冒険者でメインキャラクターであるナナ。
まだ出てこないはずの一人。
彼女は最後、勇者の称号を得たはず……
でも……ロッドがそれを獲得?
「……ゾザデット帝国って言っていたよね?」
「う、うん。……どうしたの美緒?顔真っ青だよ?!」
「リンネ、ゾザデットの冒険者ナナ、知ってる?」
「……冒険者ナナ?………っ!?メインキャラクター?」
「実はね、この世界『勇者』の称号は彼女一人だけのはずなの。もちろんシナリオではまだまだ先の話なのだけれど……今ロッドが獲得しちゃった」
リンネの背筋に寒いものが走る。
本来獲得するはずの称号が別の人に出現する可能性……
それは本来対象であるものの死だ。
この世界美緒は2回目。
リンネが誰よりもそのことを知っている。
もしも、メインであるキャラクターが死亡した場合―――
美緒のシナリオのクリアが不可能になる。
それは本来の目的、虚無神の封印が不可能になるという事だ。
「……行ってみる。私ゾザデット帝国に。……どうしよう、もしナナが死んでしまっていたら……」
美緒は正直、いま彼女が存在していること自体は確信していた。
この世界は元がゲームではあるが確実に現実の世界。
いつか出会うメインキャラクター。
絶対にいる。
そして美緒は思い出す。
彼女ナナが登場時、横で佇む人化したエンシャントドラゴン、フィムルーナを紹介されたときに、5年前にテイムしたと言っていたことを。
5年前、今だ。
テイムする場所……ゾザデット帝国、マギ山。
まさに今リナミスが話した場所だ。
そのタイミングで美緒にドレイクから念話が届いた。
(美緒、今良いか?)
(……う、うん)
(??どうした?まさか怪我とか…)
(ううん、大丈夫。……ドレイク、今ゾザデット帝国よね。どうしたの?)
(あ、ああ。実はその事でお前に聞こうと思ってな。この帝国の姫さん、珍しい病気で死にそうなんだ。美緒、この前のソーマ草、まだ持っているか?)
美緒は一瞬考えこむ。
ゾザデットの姫は病気じゃない。
そもそも今さっき、リナミスも言っていた。
(もちろん持っているよ?でも……)
(……でも?)
(……ねえ、今どこに居るの?)
(王宮の姫さんの部屋だ。……隣に皇帝もいる)
(っ!?……分かった。私も今から行くね)
(はあっ?!邪神はどうした?)
いうが早くリンネの手を取り転移する美緒。
残されたロッドランドたちは呆然としてしまう。
(………ルルーナ、聞こえる?)
「っ!?美緒?……もう着いたの?」
(ふふっ、私転移だよ。もう着いた。……ねえ、多分もう大丈夫だと思うけど、レルダンやザッカートの援護をお願い。私はもう一仕事してから帰るから)
「う、うん。任せて……皆、美緒からのオーダー。残りを掃除してギルドに帰るよ!!」
「にゃー、分かったにゃ」
「は、はい」
「承知。ふふっ、残りは私が倒そう。何しろたぎりまくっているからな!!」
そう言い踵を返し駆けていく4人の女性。
一人残されたロッドランドは思わずつぶやく。
「えっ?……僕、帰れないじゃん」