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第100話 導かれし男『十兵衛』

極東の地ジパング。


夜のとばりがおり闇夜に包まれし大江戸城。

剣戟けんげきとともに男たちの怒号が飛び交っていた。


「居ね。拙者は戦いに来たのではない。ただ面会をと先ほどから申して居ろう?」

「だ、黙れ!!かような時間、しかもその殺気。……殿に合わせるわけにはいかん!」


すらりと刀を抜き放ち、大柄な男に対し5人の武士と思われる男たちは背筋に嫌な汗を流しながらも睨み付けていた。


すでに7人の仲間が彼一人に無力化されている状況だ。


「ふう。先ほども申したであろう。殺生を良しとは思っておらん。拙者はただ…」

「だまれっ!!この狼藉者があ!!」


一閃。


大柄の男の顔のすぐ横を鋭い剣戟が走り抜ける。

せきを切った様に襲い掛かる数多の剣戟。


大男は剣戟を躱しつつ、仕方なく背に背負っていた異様なほどでかい大刀を抜き放った。

そしてすさまじい闘気が男から放たれる。


「ぐ、ぐうっ?!!」

「ば、化け物め…」


「もう一度言う。拙者は殺生を好まん。だが使命は果たす。ならば心せよ。二度は言わぬ」


振りかぶる大刀。

5人は死を覚悟した。


「そこまで」


一陣の風と共に舞い降りる美しい女性。


5人の武士と大男は一瞬思考を奪われた。


「……まったく。貴方には常識という物がないのかしら?明日の朝にと申したでしょうに」

「うぬ?そうであったか?……すまぬなモミジ殿」


「それからあなた達。なぜ話を聞かぬ。むやみに命を捨てること、それは侍の本懐ではないでしょうに」

「くっ、し、しかしモミジ殿…」


「……幸い倒れている7人も死んではいない。ここは私に免じて引いていただけないかしら」


男たちは悔しそうに俯いてしまう。

この女性、モミジは隠密だが同時に上位の権力者でもあった。


「…承知。我らは引きましょう。ですがその男……危険です」

「ええ。分かっているわ。大丈夫。御屋形様が出張りますので」

「っ!?なっ?!!……わ、分かりました。……それでは」

「ええ」


やがて姿を消す男たち。


大柄の男、十兵衛は大きく息をつきドカッと地面に座り込んだ。


「ふう。しんどい事だ。なあモミジ殿?さっきのはどういうことだ?」

「ん?なんの事かしら?」

「……そもそもこの時間に行けと言ったのはモミジ殿であろうが。いきなり襲撃を受け肝が冷えるという物だ」

「あら。あなたなら朝飯前でしょ?さあ、御屋形様が待っています。ご同行を」


十兵衛は仕方なく立ち上がるとモミジの後をついていく。

やがて擬態されている壁を二人はすり抜け大江戸城の城内へとその足を進めた。


「いよいよ、か」


十兵衛は独り言ちる。


つい先月まで田舎の道場師範だった十兵衛。

運命に導かれ気付けばこの国の盟主の住む大江戸城の城内。


(人生とは摩訶不思議なものよ)


そう思う彼はこれからまさに運命に導かれる。


伝説の妖刀。

コトネ。


妖刀はその主を、十兵衛と決めていた。

そして伝説が動き出す―――



※※※※※



大江戸城宝物庫。


その中では3名の人物がお互いを睨み付け、まさに一触即発の事態になっていた。


「…貴様『疾風のマール』か。ここに何の用だ」

「これは異なことを。ここは宝物庫。ならば理由なぞひとつしかなかろう」

「……師匠…」


在り得ない異様な魔力波動に導かれ、マールはここジパングの宝物庫に忍び込んでいた。


元々ジパングにはリンネの弟ガナロが封印されたままになっている。

定期的にマールはミリナを伴い訪れてはいたのだ。


そして美緒のオーダー。

彼に遠慮の文字はもうなかった。


当然だがジパングの首都である大江戸には美緒によってギルド本部とつながる転送ゲートが設置されていた。


「ふん。『盗人猛々しい』とはよく言ったものよ。それにそっちは天使か。なるほど、さすがはマールと共にいる。強いな」

「……どうも?」


男の眼光が増していく。

この男、強い。


ミリナはごくりとつばを飲み込む。


「ここは定められたものしか入室を許可されていない。それに今夜は客人が来る。おとなしく引き下がるのなら見なかったことにしても良い。……そもそもお主、何も取ってはおるまい」

「ほう?見逃す、と?くくく、これは当たりやもしれぬ。……奥から放たれる悍ましい狂気に染まる魔力。……人の物ではないな。我が魔眼からは逃れられぬぞ」

「っ!?貴様……」


背筋に伝わる冷たい汗。


御屋形様と呼ばれるこの国の実力者、諜報機関『隠密』のトップである半蔵は改めてマールを睨み付けた。


この国に伝わる妖刀の伝承。


数千年前この国は数多の妖魔に蹂躙されていた。

それをことごとく切り裂きしずめてきた妖刀。


それがここ数日異様な魔力を放ち始めていた。


そしてこの国の巫女によりもたらされたお告げ。

『十兵衛』という京に近い地方の一道場の師範。

それがまさに定めの者だと。


「……貴様、何を知っている」


「ふむ。特には?だがこの妖気、放置するは愚かだと我が魔眼が言っている。この力、愚者には預けられぬ。ジパングはもとよりこの世界、滅ぶぞ?」


半蔵は戦慄する。


妖刀はジパングにおける最重要機密だ。

藩主ですら所持を許されぬ。


それどころか触れようものなら一瞬で生気を奪われ屍と化そう。

それほどの呪物だ。


なのにこの男、遠い国のマールがそれを知っている事実。

思い当たる半蔵は静かに問いかけた。


「貴様……ゲームマスターの手の者か」

「ほう?さすがは聞きしに勝る諜報の雄、半蔵殿だ。……確かに。ゲームマスター美緒は我が主。この世界を導くただ一人のお人よ」


そんな時入り口に気配が膨れ上がる。

マールとミリナは瞬時に戦闘態勢をとった。


「御屋形様!!敵ですか?!」

「くっ、ややこしい時に。モミジ、入り口を封鎖しろ。話を聞く必要がある」

「っ!?は、はい、十兵衛、あなたも早くっ」

「お?おう」


扉を閉めモミジは封印を施す。

同時に宝物庫に入った十兵衛は自分が死んだと思うほどの衝撃に襲われた。


『……マッテイタ……』


頭の中に響く、まるでカラクリの様な音声。


しかしそれには命なぞ何の価値もない、そういう思念が渦巻き、十兵衛の心を侵食していく。


「ぐううっ?!ぐあ、があああああああああああああああ――――――――!!!!??」


十兵衛から悍ましい殺意の濃縮された闘気が吹き上がる。


ひとしきり転げまわっていた十兵衛はいきなり背中の大刀を抜き放ち、すぐ隣にいるモミジを切り裂かんと振りぬいた。


ガキイイイイイイ―――――――ンンン!!!!!!


「なっ?!……あ、あなたは…」

「ふむ。強いな……だが残念だ。操られるようでは…真の主にはほど遠い」


凄まじい剣戟。


マールはそれを涼しい顔で止めていた。


そしてモミジをかばうように位置取りをするミリナ。


「ぐうう、コロス、殺す殺す殺す!!血だ、血を見せろおおおおおっっっ!!!!」

「ふん。下らぬ。これが天啓に導かれし男だと?……む?この波動……貴様、それは何だ」


マールはひょいっと躱すとよろける十兵衛の肩についている小さな石を奪い取った。


突然糸の切れた人形のように崩れ落ちる十兵衛。


マールは小さな石を見つめる。


「ほう?これは……増幅の術式……誘導?……半蔵殿」

そしておもむろに、事態に固まっていた半蔵へと放り投げた。

「この国はこういう物を使うのか?……いわゆる魔刻石の劣化版だが…あまり気持ちの良いものではないな」

「こ、これは?……馬鹿なっ?!……憑依石だと!?……いったいいつ…」


憑依石。


これの主な使用理由は…


錯乱状態の誘発、いわゆる拷問など秘密を探るなどの時にのみ使用を許されている精神耐性を著しく下げるために、藩主など権威あるものの許可がなくては使用できないものだ。


つまり今回の使用、権力者の思惑が働いている可能性が出てきてしまう。

恐らく先ほどの襲撃、その際に付与されたのだろう。


「ふむ。どうやらこの国にもすでに奴らの手が伸びていたという事…」

「奴等?……マール、貴様何を知っている?」

「半蔵殿、悪魔の眷属…心当たりはないか?今この世界は混乱に突入しようとしている」


浮遊大陸、聖王国フィリルス、ゾザデット帝国、そしてかつては神聖ルギアナード帝国。


どの国にも悪魔の眷属が混乱の渦中でその存在を示していた。

極東の地ジパングでも実は最近不穏な事件が多発していた。


「……話を聞きたい。マール、いやマールデルダ殿……非礼を詫びよう。知っている事、ご享受願えないだろうか」

「ほう?盗人に教えを乞う、か。ふむ。流石は半蔵殿。物事のことわりを理解している。されどまずはそこの男を安全な場所へ移すのが先ではないか?なにやら気配が近づいている」

「っ!?そうだな。モミジ、封印を解け。場所を変えるぞ。殿の許可はとってあるが全員が知ることではない。そもそもマール殿とその女性、ややこしい事になる」

「はっ!」


モミジと呼ばれた女性は手で印を切ると封印を解き、ひょいっと大男を担ぎ上げる。


そして瞬時にその姿を消した。


「ほう?良く鍛えている。ミリナ、あれは貴様の目指す先に近い。すべてが勉強。心に刻むのだな」

「は、はい」


(凄い……あんなに華奢なのに…きっと私よりはるか高みにいる)

そんな感想を抱きながらも半蔵とマール、そしてミリナは音もなく宝物庫を後にした。


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