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第101話 十兵衛VSマールデルダ

大江戸城、ジパング盟主の居城。

その城のある広大な敷地の端に、半蔵たち隠密の住処である屋敷があった。


珍しい見たことのない暖房設備がある広い部屋。

木ではない植物を編んだような物が敷き詰められており、イスなどはなく薄い布団の様なものが敷いてある中央に炭の様なものが赤く熱を放ち、その上では吊るされた鍋からかぐわしい香りが部屋に漂っていた。


「面白い部屋ですね師匠」

「これは囲炉裏という物だ。部屋の中で炭を起こしそれを調理や暖を取るために利用するもの。今は香草を入れた水を焚き湿度を調整しているのだろう。ジパング特有の文化よ」

「はあ。流石師匠。勉強になります」


ぎこちなく正座をするミリナ。

珍しい部屋に思わずキョロキョロとしてしまう。


「ふっ。そういう姿は新鮮だな。……美しい貴様のそういう姿、良いものだ」

「なっ!?……か、からかわないでください」

「ふむ?思ったことを言っただけだがな…っ!?来たようだ」


実はマール、結構ミリナの事を気に入っていた。

伴侶として考えているくらいだ。

ミリナはつゆほどもその気持ちには気づいていないが……


というよりもミリナはとっくにマールの事が好きだった。


「待たせたなマール殿、ミリナ殿。ささ、まずはお茶を用意した。今宵は冷える」

「ほう?これは紅茶…ではないな?美しい色だ。香りも素晴らしい」

「うむ?そうか。外国では珍しいかもしれぬな。……これは我が国の緑茶という飲み物だ。温まる。さあ」

「い、いただきます……ふうっ…ほっとする味ですね」


初めて飲む緑茶。

ミリナは顔をほころばせる。


「…我が国にも美しい女性は多いが……まことミリナ殿は美しいな。天使族とはかように美しい種族なのか?」

「なっ?!え、えっと…」


いきなり褒められ顔を染めるミリナ。

いつも彼女がいる美緒たちのギルド。

やたらと美形が多いあそこに慣れたミリナは自分が美しいとは思っていない。

だが間違いなく彼女は超絶美人だ。


「半蔵殿は見る目がある。ミリナは美しい。それにまだまだ美しくなる。我が保証しよう」


普段『豚』呼ばわりするマールの賛辞の言葉にミリナは思考が吹き飛んでいた。

すでに卒倒し倒れそうだ。


思わずふらつき、そっとマールにやさしく抱かれるように支えられる。


「ふむ。夜も遅い。……すまぬな。貴様も疲れたであろう。いましばらく耐えるとよい。後は我に任せることだ。…辛いのなら膝を貸そう」


そして流れるようにマールの膝に寝かされるミリナ。

もうパニックだ。


「は、はいいぃ??!!」

「ふむ。今宵は貴様の可愛らしい姿が見れた。それだけでも来た価値があるという物よ」


そしてミリナの髪を優しく撫でるマール。

ミリナは軽く意識を失った。


実は先ほど触れた『憑依石』


マールは自覚なく、素の気持ちがあふれ出していた。

本人が気づかぬうちにミリナを想う気持ちが行動に直結していたのだ。


「……な、なんとも甘い雰囲気であるな……他国ではそういう物なのか?」

「む?……これは失礼した。だが大目に見ていただこう。ミリナは疲弊している」

「はは、かまわぬさ。…もし必要なら寝床を用意させるが…」

「……そうだな。頼めるか?」

「あ、ああ。……小次郎」

「はっ、ここに」

「客人に寝床の用意を。ああ、大き目の物を頼む」

「承知」



※※※※※



程なくして整う準備。

マールは優しくミリナを抱き上げ彼女を布団に寝かせ、改めて囲炉裏の前へと腰を下ろした。


「配慮、感謝する。それでは本題を」

「ああ」



※※※※※



そして聞かされる今ジパングで起こっているいくつかの騒動。

そして不穏な気配に包まれる悪神であるガナロを封印している秘境。


当然だがジパングの者はガナロが封印されていることは知らない。

ただ禁忌地として200年前より封じられているという認識だった。


(ふむ。流石は美緒殿。彼女の読みは数手先を行く。まこと我が仕えし主は底が見えぬ)


「お待たせしました」

「……」


そんな中先ほど別れたモミジという女性とくだんの十兵衛が部屋を訪れる。

マールは十兵衛を改めて見つめた。


座るなり土下座をする十兵衛。

マールは見極めるように視線を外さない。


「先ほどはとんだご無礼を。マールデルダ殿、お主がおらねば拙者は取り返しのつかぬことを…まことにかたじけない」


あふれ出す誠意。

そしてどっしりとした覚悟。

なるほど、天啓とやらは間違いではないらしい。


「頭を上げるといい。謝罪は受け取ろう。それよりも我は情報を欲している。話し合いを行いたいのだが?」

「…感謝する…モミジ殿、半蔵殿、改めて謝罪を」

「よい。それよりも座ってくれぬか?マール殿もそれをお望みだ」

「…承知した」


十兵衛。


とある田舎町で道場の師範をつとめていた大男。

この国の巫女により運命が動き出したメインキャラクターの一人。


ジパングではあまり見かけない赤の混ざった茶色の頭髪に、青みがかった瞳。

しっかりと鍛えられ2メートルを超える体躯は、まさに歴戦の猛者の風格がある。


「十兵衛、といったな。先ほどのアレは理解しているのか?」

「っ!?……うむ。…突然恐ろしい気配に意識を奪われた。…人、ではない。もっと硬質なもの…あれは血を、命を欲している」


悔しそうに唇をかむ十兵衛。

マールは既にこの男を認めつつあった。


「十兵衛と呼んで構わぬか?貴様の力、見てみたい」

「っ!?…呼び名は好きに。……拙者の力?」

「まさか先ほどの力任せの剣が貴様の実力ではあるまい?立ち合おうぞ。なに、すまぬが格下ゆえ手加減はする。矜持を穢されたと思うのなら…全力で来るといい」


「拙者を愚弄するか?……承知した。半蔵殿、モミジ殿、かまわぬか?」

「かまわぬ。存分にやるといい。……マール殿。手加減は不要だ」

「ふはは。ならば存分に戦おうぞ。十兵衛よ、かかってくるのだな」


言うが早く一瞬で消えるマール。


ふすまが開かれ広い庭に既にマールが佇んでいた。


「……御屋形様…あの男…」

「ああ。せっかくだ。学ばせてもらおうではないか。ザナンテスが最強『疾風のマール』の実力とやらを」


ゆっくりと立ち上がり、闘気を漲らせながらマールの前へ進む十兵衛。

背中の大刀をすらりと抜き放ち、上段で構えた。


「ほう?木偶ではないようだ。……面白い。それはアーツか?」

「アーツ?そのようなものは知らぬ。拙者はただひたすらに剣を振るのみ。…いざっ!!」


瞬間地面が弾け、凄まじい剣戟が圧を伴い一呼吸の間にマールを捕らえんとうなりを上げる。


「とった!!!!なあっ?!!!」


微動だにしないマールの頭に吸い込まれるように大刀が振り切られる。

マールの居た場所がまるで爆発したかのようにはじけ飛んだ。


「良い太刀筋だ。なるほど、資格くらいはありそうだ。だがっ」


ふいに後ろで聞こえるマールの声。

瞬間十兵衛の全身に激しい痛みが襲い掛かる。


「ぐうあっ!??」

「ふむ。貴様剣はすさまじいが守りはぬるいと見える。良かろう、我が責任をもって鍛えようぞ」


一閃。

まさに一瞬で致命傷にならぬ深さで全身の腱を切り裂かれる十兵衛。


派手に舞う血しぶき。

そしてすぐに緑のオーラに包まれた。


「我がギルド謹製のポーションだ。しばらく無理に動かぬことだ。じき治ろう」


格が違う。


見ていた半蔵は背中にびっしりと冷や汗をかいていた。


「……化け物め……これは、敵う道理がない」

「…な、何が……これほどとは…」


気付けば半蔵とモミジの前にいるマール。

ゆっくりと口を開いた。


「十兵衛は我が引き受ける。異存はないな」


絶対的な命令。

口調は懇願だが二人は瞬時に理解した。


「ま、待ってくれぬか。……今この国は危機を迎えているのだ。十兵衛は切り札」

「勘違いするな。我が引き受けるといった。だからこその情報。我が主、ゲームマスターはこの世界全てを救うつもりだ。むろんジパングもな……安心するとよい」



※※※※※



「ふむ。妖狐というのか。その化け物は」

「ああ。いまだ本体は封じてある。にもかかわらずかの大妖からあふれ出す妖気で、野生動物までもが狂暴化しておる。それに不穏な魔物が現れた」

「不穏な魔物?」

「……死霊だ。せい無きものが溢れかえっておる。北は地獄の様相だ」


再び囲炉裏を囲み、話し合を行う4人。

すでに十兵衛は完治し、今は熱心に話に集中していた。


「マール殿、これを」


モミジがそっと差し出すもの。

小さな宝石でできた小刀だ。


「これは?…ふむ。ずいぶんな聖気に満ちている……鍵か?」

「っ!?さすがですね……ええ。これは妖刀の対になる刀。これがあれば触れること、叶うでしょう」


そしてモミジは柏手を鳴らす。

奥から凄まじい魔力を纏う箱を数人の男たちが運んできた。


「マール殿。これがそなたの言う『妖刀コトネ』だ。今はその小刀の力で抑えられている。まあ抑えていてこれだ。……本来資格あるものしか触れること敵わぬ」

「半蔵殿……資格?…十兵衛にそれがある、という事か。……十兵衛、どうだ?」


だらだらと汗を流す十兵衛。

しかし瞳は爛々と輝きを増していた。


「……聞こえる……分かる、分かるぞ……この刀、いや違う…これは…魂の結晶?」


十兵衛が言葉を発した瞬間―――

箱が弾け飛び、凄まじい魔力が立ち昇る。


そしてゆらりと一人の女性が冷気を纏い目を光らせ、十兵衛を見下ろしていた。


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