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第102話 妖刀コトネ

約2000年前。

ジパングは他の大陸同様、いやさらに酷く混乱していた。


創造神の悪戯心か、はたまた虚無神の思惑か。

在り得ないような恐ろしい力を持った大妖たちがその力を振るい、民たちはただ怯えて暮すしかなかった。


大妖の頭領九尾。

彼女はそんな中、ただ一人創造神の言いつけを守り、この国のため力を振るっていた。


「ふう。もう、きりないじゃん!!」

「こらこら、言葉遣い!!あんたは偉いんだから」

「むう、いいじゃん。琴音しかいないんだし」


九尾は人化した姿で、唯一自分を守ってくれたあやかし、雪女の琴音に話しかけていた。


雪に覆われし深い森の中。

この国の中央、まさに竜脈と呼ばれる大地の力が噴き出る地。

寒い冬だがここだけは温かい力で一年中緑に包まれる場所だった。


「ねえミコト。どうしちゃったんだろうね。この国、滅んじゃうのかな」

「…そうならないようにボクが頑張ってるんじゃん。大丈夫だよ、琴音はボクが守る」


竜脈から力をもらい、あおむけで寝ころぶミコト。

見た目は15歳くらいの可愛らしい少女だ。


「まったく。あの人間、余計なことしてくれたよね?おとなしく死んでればいいのにさ!」

「あー、うん。でもあれって、ミコトがちゃんと倒さなかったからじゃないの?まあ私見てないしあなたの話聞いただけだけどね」


数日前、この国の首都である大江戸に現れた陰陽師を名乗る男性マサカド。

彼はいわゆるクズだった。


多くのうら若き女性を自身の傀儡の術で操り他人を殺させ、それを悪魔付きと断定。

散々凌辱しつくし命を奪い、邪神への生贄としていた。


「あの男…絶対に許さない。なにが『穢れた魂こそが我が神を目覚めさせる』だ。あいつの呼ぼうとしてるのは神じゃない。古の大魔獣、オロチだ」


かつてこの国どころか周辺にあった大陸を沈めたとされる大魔獣。

そのおかげで今ジパングは島国としてのわずかな面積しか残っていないのだ。


「あれはダメだ。あれは壊すためだけの生物。意思の疎通すらできない正真正銘の化け物だ。アレを復活させるわけにはいかない」

「ミコト……」



※※※※※



ミコトは優しい。

優しすぎる。


そして強い。

だからこそ見棄てる事が出来なかった。


そのミコトが倒した男、マサカド。

彼はあり得ないくらい陰湿でそして負の感情の塊のような男だった。


だからミコトは陥れられる。

彼女の大切な存在。


それが彼女にとって最大のウイークポイントだと彼は知っていた。


マサカドは虚無神の眷属。

そしてすでにアンデット化しており破壊をもたらすオロチの妖気に既に感染させられ、全てを無に帰すため自らを死の淵に追いやった九尾を封印するため力ではなく策略を練っていた。


つまり……



※※※※※



「た、助けてっ!琴音ねーちゃん」


ミコトと琴音が休んでいると、この近辺に住み山を管理する一族でもある山伏の息子、トポが頭から血を流し、よろよろと歩いて来た。


顔見知りの少年。

何かと二人に付きまとい、森の食べ物など、いつでも二人に対し優しく接してくれていた唯一のヒューマンの少年だ。


「っ!?トポ?ど、どうしたの……酷い怪我…」

「う、うあ…」


二人の顔を見て安心したのか、彼はそのまま蹲ってしまう。

その姿にミコトの危機感知が警鐘を鳴らす。

トポの体からつい先日見たばかりのあの男の瘴気がまとわりついていた。


「ちょ、ちょっと待って琴音……っ!?ああっ?!!」


抱き寄せた琴音。

その瞬間、少年トポが悍ましく顔を歪め、いきなり琴音に対し封術を展開させた。


「ひうっ?!うああ、痛うっ?!……うあ、あああああああああああああっっっ!??」

「っ!?琴音?琴音えええええええええっっっ??!!!!」


封術に囚われた琴音。

悍ましいそれは彼女の体を引き裂いていく。

にたりと笑うトポだったもの。


そしてまるで違う低い声で混乱の最中にあるミコトに告げる。


「この娘、助けたいのなら……貴様一人で1000人のヒューマンを殺せ。そして死体を我に捧げよ。くくくっ、あの痛み、我は忘れん。くかか、くふふふふ…ひぎいっ?!!」


弾けるトポだったもの。

首が飛び、体は四散。


思わず目を背けるミコト。


「ぐうあ、痛い、痛いよミコト……うう、うあああああああああああああっっ!!?」

「ああ、どうすれば……琴音、琴音……うあ、あああっ……」


ミコトは強い。

だけどそういう術については知識がない。


目の前で激痛にさらされ酷く衰弱していく大切な友達の姿に彼女の心は軋みを上げる。

正直大妖であるミコトにとってヒューマンの命など価値はない。

その気になれば妖気だけでも殺すことはたやすい。


でも彼女は今まで一人たりともその手に掛けた事はなかった。


彼女は決意する。

大好きな友達を救うため自分が出来る精いっぱいの結界を構築し琴音を守る。

そして彼女は京と呼ばれる、ジパング第2の人口密集地へとわらをもすがる思いで赴いた。


それが罠だと、気付きながら。


(……でも、もしかしたら…琴音のこの呪い、解けるヒューマンがいるかもしれない)


僅かな期待は一瞬で裏切られる。

誰もまともにミコトの話を聞いてくれない。


見た目15歳の少女。

すでに幾多の妖魔の襲撃を受けていたヒューマンたち。

その魂は既に悲しみと恨みに満ちていた。


あまつさえ信用させるため九尾の姿を見せた途端、彼らから憎しみを一身に受け攻撃されてしまう。


徐々に死んでいくミコトの心。

浴びせられる攻撃は実はたいした事はない。

だが力なきものの心をえぐる言葉。


幼い少女のミコトに向ける恨みのまなざしと罵声が残されていた彼女の良心を徹底的に削っていく。


「この化け物!!母様を、とお様を返せええええ!!!!」

「ボ、ボクは、違う、ボクはそんな事……」


さらにはすでに狂った男たちの醜い欲望がミコトに襲い掛かる。


「はあ、はあ。ああ、いい女だ……犯す!犯してやるううう!!!!」

「うあっ?!な、なにを?いや、いやあああ―――――」


立ち尽くし絶望するミコトの体を穢そうとする数人の男たち。

もうミコトの心は限界だった。


「くっ、こ、このっ!汚い手で、ボクに触るなあああああっっ!!」


少し向けた憎悪の妖気。

一瞬で肉塊に変わる男たち。

そして響き渡る悲鳴。


「っ!?ひ、ひいいっ、やっぱり化け物、この化け物!!よくも、みんなを!!」


理不尽。


襲われたミコトは既に正当防衛ですら、ヒューマンにとってはただの殺戮者に見えていた。


「……ああ……これがボクが守りたかったもの?……あは、あははははははは、ヒャハハはハハハハハハハハハハあああああああ……」


気付けば数多あまたの死体がミコトの前に転がっていた。

1000人どころではない。

おそらく数万人。


ミコトの妖気で発火した建造物。

生き物の焼ける匂いに包まれ彼女は一人うずくまっていた。



※※※※※



大江戸城。

ミコトは一人、訪れていた。


大好きな琴音。

すでに彼女の体はマサカドに連れ去られていた。


「約束通りヒューマンを殺してきた……琴音を、ボクの大切な友達を返せっ!!」

「くふ、くふふ。……ええ。私は約束を守ります。…おいっ」

「はっ」


そして連れてこられた琴音。

その姿を見てミコトは絶望に囚われた。


美しかった白く輝く髪はすべてむしり取られ、頭部からはおびただしい出血。

目をえぐり取られ可愛い顔は原形をとどめていない。


凌辱の跡がみられる体には悍ましい痣が全身に広がっていた。

幾つもの刻まれた深い切り傷と殴打の跡。


さらには両足を膝のところで切断されていた。


「あああっ?!あああああああああっっ!!!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!??」


「約束通りこの娘は返します。……クククっ、いい味でしたよ?この娘、最後まで『ミコト、ミコト、助けて』と。クハハハ!!!なんと甘美な鳴き声!!何度も私、絶頂に到達しました……」


そしてまるでゴミでも倒すがごとく琴音をけり付けるマサカド。

ミコトの精神は完全に壊れた。


「ぎいっ、貴様っっっ!!!殺す、殺してやるうううううう、うあああああああああっっっ!!!!」


全力での九尾への変貌。

しかしそんなミコトの魔核に激しい痛みが突き抜けた。


「……え?」

「……ミ…コ、ト……ごめん……ね…」


悍ましい呪物。

その切っ先が琴音の体から突き出し、ミコトの魔核に突き刺さっていた。


「ぐうっ、があああああああああああああああああっっっ!!???」


琴音は。

すでに違う物、妖力を持つもの、それを封じる刀の真核。


それへと存在をいじられていた。

琴音の絶望と悲しみ。

そしてミコトの全てを奪われた魂の叫び。


それを吸い遂に完成を見る妖刀。


「くか、クカカカ……素晴らしい。この怨念、そして怨嗟の力。……まさに妖刀」


数多の呪いを受け、存在が消失する瞬間、ミコトは創造神の仕組んでいた最後の術が発動。

一部を山深い祠の奥へと飛ばされ長き眠りにつく。


そして琴音の魂とミコトの躯を取り込んだモノ。


妖刀コトネがその産声を上げていた。



※※※※※



生きたまま刀に変貌させられた琴音。

彼女の最期の意地。

それは殲滅する事。


この直後マサカドは滅びる。

詳細を知る者はいない。


ただ彼の首の前で、妖刀と伝えられるコトネが怪しく光っていた。


その後数多の英雄を導きしこの刀。

多くの妖魔を屈服させ、しかし使い手も皆滅ぶコトネは。


長き眠りの果て。


ついに最後の適合者、真に平穏を望む優しく誇り高き魂を持つ十兵衛。

その存在に導かれ目を覚ます。


そして物語はその幕を開けた。


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