山が吹き飛ぶ。
まさに今目の前で起こっている事象。
そう表現するしかマキュベリアには出来なかった。
「あははははあ♡生きのいい食材ちゃん♡……ねえ、そんなに怖がらないでよおおお♡」
ナナの手に顕現している、まるで物理法則を無視するかのような、きっと刃渡り50mはある薄く輝く魔力で生成された包丁。
それを凄まじい速さで振り回し、オロチを切り刻むさまはむしろ悪夢に近い。
「くふ、くふふふふふふふ♡……あああっ、美味しそう♡……っ!?…もう、おいたはダメでしょ?」
流石は悪夢の大魔獣オロチ。
切り刻まれながらも反撃の尾を振り回し、軽く数十mあるそれが凄まじい質量を伴いナナを薙ぎ払う。
しかしされはまるで、幼子の振り回す無力な反抗がごとく、あっさりとナナの片手で止められ、瞬時に切り裂かれてしまう。
「……主様」
「なんじゃスフィナ」
「ナナ様、おかしくないですか?」
「まあの。……ナナの興味がわらわから移ってよかったわ。アレを向けられるかと思えば震え上がってしまうわ」
もちろんマキュベリア達もただ見ているわけではない。
オロチから発せられるとんでもない妖気。
それに触発され、ここには今数千体の妖魔の群れがその産声を上げていた。
「ふん、アザースト、そしてスフィナ」
「「はっ」」
「雑魚は貴様らに任せた。ふむ。せっかくじゃ。権能を使う許可、今下そう。存分に楽しむとよい」
マキュベリアがそう言い、手で幾つかの印を切る。
途端に弾ける眷属二人の魔力。
そして二人の口に白く輝く長い牙がその威容を放ち始める。
「カカッ、覆してくれようぞ。蹂躙し従えろ。そしてすべてを奪うぞ。行けっ!!」
「これは僥倖。楽しんでまいります。我が主よ」
「っ!?くふううっ?!ああっ、たぎる、たぎりますううう♡はあはあはあ、主様、よろしいのですね?……あああ、くふう。美味しそう♡」
魔力を纏い、まさに一騎当千の圧力を得たアザーストといきなりぶっ飛んでしまったやたらと色っぽくなるスフィナ。
一目散に妖魔の群れへと飛び込んでいく。
「……まあ、の。……スフィナは真面目じゃからな……反動がエグイ」
そう独り言ち魔力を練り上げるマキュベリア。
オロチのあまりの存在に隠れていたが確実に自身よりも格上であろう妖魔の前に降り立ち睨み付ける。
「貴様…吸血鬼か?…一人だと?!…わしも舐められたものよ」
「ふん。挨拶くらいはよかろう?わらわは真祖マキュベリア。貴様を滅ぼすものじゃ」
「はははっ、笑止。……舐めるな小娘が」
男から立ち上るすさまじい闘気。
まだ武器を手にすらしていないのにその烈覇のごとく練られた気がマキュベリアの美しい顔に一筋の傷をつけた。
「よかろう。我が名はノブナガ。マサカドを倒しこの世界の真の支配者となる第六天の魔王とは我のことよ。地獄で悔やむとよい。我にたてつく愚かな吸血鬼よ」
そして抜き放つ悍ましい呪いの纏わりつく禍々しい刀。
その鈍い輝きだけでも弱いものは滅びるほどの妖気を放っていた。
「……ああっ?!」
いきなりブチギレ口にするマキュベリア。
その様子にノブナガの危機感知が最大限に警鐘を鳴らす。
(なんだと?!いきなり魔力の質が変わった?ぐうっ?!!)
自分の頬を撫で、血でぬれた指先をじっとりと見つめマキュベリアはおもむろにそれを可愛らしくも妖艶な舌で舐めとった。
そして爆発的に立ち昇る魔力。
刹那姿が消える。
「なっ?!…ぐはああっ??!!!!!」
顔が原型をとどめぬほどの衝撃がノブナガを吹き飛ばす。
どうにか立ち上がり、折れた首の骨を無理やり力任せに治すノブナガ。
思わず目を見張る。
「貴様…わらわの顔に傷をつけたな?この下郎が!!」
美しい彼女。
そして今までその顔に傷をつけられたことは一度もない。
真に怒りに覚醒した、かつて世界をその恐怖のどん底に叩き落とした実力者の本性がまさに蹂躙を始めた。
「き、貴様?!ぐがああああっっっ!!??」
下から突き上げられる掌底。
ガードと障壁を突き破り、少なくないダメージがノブナガの思考を混乱させる。
「このゴミめ、死んで詫びろ」
「くぬっ、こ、このっ!?」
目にもとまらぬほど早く、そして異常な質量を伴う物理攻撃。
徐々に体を壊されつつも、ノブナガは自身が初めて感じる感情に囚われ始めていた。
「な、何だと?こ、このわしがっ!!…」
「だまれ。貴様に口を開く自由はない」
「ぐはああっ!???」
恐怖。
戦いにおいてそれは命取りだ。
おそらく今までその圧倒的な力で全てを蹂躙しつくしたであろうノブナガ。
初めて感じるソレにどうしても初動が遅れてしまう。
知らないがためにそれを抑える術(すべ)が解らないのだ。
ノブナガのレベルは240。
マキュベリアよりも高い。
そして今のこのフィールド、まさにノブナガに有利な状況。
しかも弱っているとはいえオロチの溢れんばかりの妖気がノブナガの力を増幅させていた。
本来負けるはずもない。
むしろどう蹂躙するか、悍ましい思考が彼には渦巻いていた。
正直油断していた。
一方マキュベリア。
彼女は真摯にこの対戦に命をかけていた。
確実に自身を上回る相手。
最初からノブナガを感知していた彼女は自分の相手であると確信していた。
そのために眷族から精気を吸収し、万全を期そうと論理的に相手を分析、そして一辺も奢ることなく向き合おうとしていた。
さらには美緒のバフとミネアの戦勝祈願。
オロチからノブナガに流れ来る妖気があろうともほぼこの時点で実力は拮抗していたのだ。
覚悟の違い。
故に訪れる結果……
当然のごとくその瞬間は訪れる。
「うぐああ?!!…いぎいやあああああああああああーーーーーーーー!!!!!!」
「ふん、下郎の割に精気は濃いではないか。選べ…従属か死か…」
すでに度重なる殴打により変形し、原形をとどめていないノブナガの顔のすぐ下。
その首筋にマキュベリアの牙が深々と突き刺さっていた。
音を立て吸収される体液と精気。
抵抗すらできず、みるみる間にしぼんでいくノブナガ。
やがて見る影もなく、まるで枯れ木のような姿。
ノブナガは意識を失いその場に崩れ落ちた。
「…げえーっぷ……ふん。力の割に不味い血じゃ」
そして流れる電子音。
『ピコン……経験値を獲得しました…レベルが上昇します……スキル『魔の統率者』を獲得しました……各ステータスにボーナスポイント100がそれぞれ付与されます……』
「ふむ。まあ、こんなものか……ふふん。魔の統率者じゃと?くくく、戦利品としては上等じゃのう」
マキュベリアVSノブナガ―――
僅かその時間3分。
マキュベリアの圧倒的勝利で幕を閉じた。
※※※※※
破壊の権化オロチ。
なぜそれが創造されたのかは定かではない。
通常の生物の枠を超え異常なまでに特化したその破壊の力。
恐らく通常ではかなう者のいない、まさに天災級の化け物。
しかし今オロチは生まれて初めて恐怖心に囚われ、必死に逃亡を図っていた。
「あはは!!あははははははあああああああああっっっ!!!!!!」
可愛らしい少女が恍惚の表情を浮かべ狂ったような笑い声をあげ、あり得ないような重量の刃物を振り回しながら追いかけてくる。
そしてトランス状態なのだろう。
まったく躊躇なく命を削る斬撃に、ついにオロチは虫の息となっていた。
「グ…グウウ……グルアアアア………」
「んー♡…そろそろころ合いかな?んふふ♡……生で食べられるところ…ど・こ・か・な♡」
長い尾は既に引きちぎられ、体中には深い斬撃の跡。
逃げられぬよう後ろ足は既に破壊されていた。
遂に動きを止めたオロチ、彼?はおそらく原初の恐怖を思い出していた。
200mを超える巨体。
それをまさに捕食せんとするのはわずか160cmに満たない美しい少女。
オロチは誕生以来初めて命乞いを始めた。
「…クキューン……クキューン……」
弱々しく高音で小さく鳴く。
まるで赤ちゃんのような鳴き声。
しかし現実は非情だ。
「ふうん?いよいよ観念したのね♡心配しないで……」
ナナは優しくオロチの声をかけ、そして……
いきなりオロチの首の後ろを切り裂いた。
あふれ出す血。
「ビンゴ!!はああ、なんて新鮮なお肉……あむ♡」
スキル『調理人S』
その瞬間で最適な調理用具へと魔力を変化させる。
今彼女が手にしているもの、刺身包丁だった。
「っ!????……は、はあああああ♡♡♡…やばい…めっちゃおいしい♡溶けそう…」
一口食べ顔を真っ赤に染め恍惚の表情を浮かべるナナ。
ありていに言って……今彼女は絶頂を感じていた。
ひとしきり痙攣し、思考が吹き飛んだナナ。
目の焦点が徐々に定まり、オロチに問いかけるように優しく口を開いた。
「…ごめんね?あまりに美味しくて……心配いらないよ?ぜーんぶちゃんと食べてあげるからね?」
「っ!?」
言葉はきっと通じないのだろう。
だがオロチはこの瞬間、自身の生存をあきらめた。
捕食者ナナVSオロチ―――
まったく何もできないまま、神話の時代大陸を破壊したとされる圧倒的破壊の権化はナナに捕食されその生涯を閉じた。
そして流れる電子音。
『ピコン……経験値を獲得しました…レベルが上昇します……称号『五つ星』を獲得、ダブルホルダー特典によりレベル上限が撤廃されます……スキル『破壊の極み』を習得しました……アーツ、解放されます……』
「……ふうん?まあどうでもいいや。後で美緒に聞けばいいよね……それよりこの最高に美味しいお肉…どうやって運ぼうかな?」
第3の戦場、圧倒的な勝利で幕を閉じる。