楽しい年越しと戦勝の祝勝会は延長戦へと突入していた。
まだまだ飲み足りない人たちは、さらなる酒宴に酔いしれていた。
一方美緒は酔い過ぎて痴態をさらしたことにリンネに小言を頂戴し、小さくなりながらも満足げに今自室のベッドで横になっていた。
「…十兵衛とミコトが加わった。……これで12名。…順調、だよね?」
集めるべきメインキャラクター20名。
僅か1年足らずでそのうちの12名を集める事が出来た。
レストールは既に冒険者として頭角を現していることは確認済みだ。
しかもどのルートでも呪われていたミコトを、今回は完全に解呪でき、十兵衛は見たことのない覚醒を果たした。
(残りロナンを含めて7人……絶対見つける。…そして……)
美緒は一つの覚悟をしていた。
恐らくシナリオは完全に狂っている。
きっと神聖ルギアナード帝国の皇帝は死ぬこともなく、そしてハインバッハも狂う事はないだろう。
だからこそきっと美緒の知らない脅威が間違いなく出現することを。
※※※※※
(それにしても………あうう♡)
思い出すレルダンの腕の感触と彼の温かい体温。
酔っぱらっていたとはいえ、美緒はかなり無警戒に彼に抱き着いていた。
そして真剣な告白。
しかも子供を産んでほしいとまで言われていた。
ふいによぎるガナロのあの時の行為。
その時に考えてしまっていた事。
つまり……
誰かと結ばれ、そして赤ちゃんを産む……
誰か?
レルダン……
うあああっ?!!
※※※※※
美緒が転移してちょうど9か月が経過している。
転移する前の美緒は22歳だった。
当然だがそういう経験はおろか、男性とまともに会話したことすらなかった。
それがわずか9か月。
すでにザッカート、エルノール、そしてレルダン。
日本では絶対にお目にかかれない色気溢れる超イケメンから求愛されている状況に、改めて驚愕してしまう。
改めて認識し、一人顔を赤らめ布団にもぐりこんだ。
心臓が爆発しそうだ。
さらには今日声を上げていたミルライナ。
そして美緒に対し、そういう表情を向ける多くの男性たち。
信じられない状況に美緒はますます顔が熱くなる。
「ふむ。いよいよ美緒も男が恋しくなったのか?お姉ちゃんは寂しいが…お前ももうそんな年なのだものな」
やっぱり突然美緒のベッドに出現するガーダーレグト。
すでに何度もこういうことを経験している美緒は思わずため息を付く。
「もう。……でも来てくれて嬉しいかも。……お、お姉ちゃん」
「ふふっ。可愛い美緒。どうした?落ち着かぬか?」
「う、うん。……ねえ?」
「うん?」
「……ぎゅーってして?」
赤く染まった顔に落ち着かない心臓の鼓動。
美緒は今物凄く甘えたい心境だった。
美緒を優しく抱きしめるガーダーレグト。
いつもの彼女のいい匂いに少し混ざるお酒の匂い。
なぜか美緒は深く安心してしまう。
「いいぞ美緒。そうだ。お前は一人じゃない。…存分に甘えるがよい。……ああ、本当にお前は可愛い」
ガーダーレグトはいつもお風呂で美緒を直接洗う。
特に美緒の可愛らしい胸を。
でもこういうとき彼女は本当に姉として美緒を優しく包んでくれる。
まさに、お姉ちゃんだった。
優しく抱きしめそして髪を撫でてくれる。
蕩けそうな気持よさにだんだん落ち着いてくる美緒。
ようやく体から力が抜けていった。
「ふむ。納日に可愛いお前を抱きながら寝るか。わらわは世界一の幸せ者だ」
「もう、何言って……ありがとう。お姉ちゃん」
「安心するがいいぞ?わらわはずっとお前の味方だ」
「……うん」
ゲームの本格的な始動は本来帝国歴29年。
でも美緒は確信している。
絶対に来年、26年からは激動するはずだ。
ガーダーレグトの柔らかい胸に顔をうずめ、美緒は一人覚悟を決めていた。
※※※※※
一方いまだ酒宴の続くサロン。
今では裏方であるザナークをはじめ、全員が料理と酒に舌鼓を打っていた。
「あんた。まるで夢の様さね。……このギルド、こんなに活気があふれるなんてねえ」
「ああ。美緒には感謝しかないな」
アルコール度数の強いブランデーをゆっくりと口にし、ザナークはしみじみ口にする。
すぐ横ではレリアーナが、慣れないアルコールに顔を赤らめていた。
「ここにいる皆はみんな美緒に救われそして彼女を愛している。お互いに尊重し合い思いやる仲間たち…まさに楽園だ」
そう言ってファルマナの膝で可愛らしい寝息を立てているフィムの髪の毛を優しく撫でる。
その表情はまさに孫を愛でる瞳だった。
「あんたもね……なんだい、良い顔しちゃって。……久しく忘れていた想い…おばあちゃんなのに疼いてしまうさね」
「…お前は美しい。年なんて関係ないさ」
「まったく。……あんたの妻であること、あたしは誇らしいよ」
グラスを合わせる二人。
長くつらい時を重ねてきていた二人。
彼等もまた美緒に救われていた。
※※※※※
「おいレルダン」
「…なんだ」
見た目20歳くらいに変貌したレルダンを見つめザッカートが彼の前に腰を据えた。
「さっきの言葉、本気か?」
「当たり前だ」
レルダンは強く、何より真直ぐな男だ。
ザッカートは誰よりもそれを知っている。
「渡さねえ…たとえお前だって、俺は諦めねえ。……美緒は俺が絶対に奪ってやる」
「ふん。今の俺には懸念はない。スキルの力とはいえ美緒にふさわしい年齢になった。俺は美緒が欲しくてたまらない。俺の生きる意味だ」
二人の魔力が立ち昇る。
まさに一触即発の空気。
それを塗りつぶすようにとんでもない魔力圧が二人にかかる。
「「ぐうっ?!」」
「ふん。小物が。……美緒はまだ貴様らにはやらん。わらわが先じゃ。…美緒の純潔、それはまさにこの世の禁忌のお宝じゃ。あの濃厚な魔力に穢れなき美しさ……お主らにはもったいないぞ?」
マキュベリアは正直自分の認識が甘かったことを後悔していた。
あの時、初めての面会の時、無理やりにでも美緒を奪っておけばよかったと、心の底から想っていた。
「マキュベリア?それは聞き捨てならないね」
そこに乱入するナナ。
オロチの力を取り入れダブルホルダーになった超絶者ナナ。
その力はまさに美緒に次ぐものを獲得していた。
「なんじゃ?お主はノーマルであろう?人の恋路にむやみに踏み込むのは感心せぬぞ?」
「そんなんじゃない。美緒は私の恩人。それに私だって大好きな女の子だ。美緒が本当に望む事、それに彼女が目覚めるまでは余計な茶々は許さない」
命を救われ望まぬ婚約まで美緒は破棄してくれた。
何より同じ元地球人。
ナナの美緒に対する想いは、初恋のそれに酷似している。
憧れているといってもいい。
「…ったく。美緒は本当に愛されているな」
魔力を霧散させビールを流し込むザッカート。
レルダンもそれに倣い、ウイスキーのグラスを傾けた。
「ふん。白けてしもうたわ。…アザースト、今夜は我を自由にしろ。思う存分我を抱きつくせ」
「っ!?おおっ、なんという魅力的な褒美。力の限り努めさせていただきます。さあ」
「うむ。……優しくするのじゃぞ?始めはな?……その後はうぬの好きにすればよい。せっかくの納日じゃ。わらわもたまには愛欲に溺れるも良かろう」
「……スフィナはよろしいので?」
「うむ。今宵わらわは蹂躙されたい気分じゃ。期待しておるぞ?アザースト」
「御意」
そっとマキュベリアの細い腰に手を這わし、彼女の華奢な体を抱き寄せるアザースト。
すでに酔っているのだろう。
皆の前で彼女の美しく可愛らしい唇に濃厚なキスを落とす。
その大きな手がマキュベリアの女性らしい部位を刺激する。
「……やべー……マキュベリア、エロすぎだろ」
「…否定できぬ」
座りながらも思わず蹲るザッカートとレルダン。
先ほどまで魔力をたぎらせていたナナも真っ赤に染まっている。
「ふん。ナナよ」
「っ!?な、なによ」
「うぬとてもういい年。誰か捕まえて抱かれるとよい。天国に行けるぞ?」
「なっ?!!」
「くくっ。愛(う)い反応よの。たぎってしまうわ。…アザースト、わらわはもう我慢できん。早く連れて行ってたもう?」
「はっ」
マキュベリアをそっとお姫様抱っこするアザースト。
大人の男性の色気をこれでもかと噴出させながらサロンを後にした。
そんな二人を横目で見つめ思わずザッカートは大きくため息を付いた。
「まったく。まあ確かにそんな気にさせられるな。…なあレルダン。お前、娼館とかは行く気はないのか?」
「あるわけない。俺はすでに美緒一筋だ。それに先ほどのナナの言葉。貴様も覚悟する事だ。もちろん俺は手を緩める気はない。だが俺だって美緒の心に惚れている。彼女の意思は尊重するつもりだ」
いずれ美緒が選ぶ日が来る。
つまりそれは彼女の伴侶となるべく男が、彼女を奪うとき。
その事実に男たちは思わずごくりとつばを飲み込んでいた。
「まったく。美緒はモテモテだよね」
そんな二人のテーブルに座るナナ。
すでにかなりの量のアルコールをたしなんだ後なのだろう。
赤く染まる顔にうるんだ瞳。
ナナとて超絶美少女。
思わず二人の目が釘付けになる。
「ねえ」
「お、おう」
「……今美緒に告白したのって、あなたたち二人とエルノールよね?」
「…ああ」
天を仰ぎ大きくため息を付くナナ。
そして改めて二人の男性をじっくりと見つめる。
「ふうん。確かに美緒、良い趣味しているよね。……二人ともカッコいいもんね」
「…な、何か照れるな」
「う、うむ」
「でもね」
急に真面目な顔になるナナに二人の浮ついていた気持ちが下がっていく。
「あの子はさ、同姓の私が見ても恐ろしく可愛くて美しい。だけどあまりにも、もろさがある」
「「っ!?」」
幾つもの経験を経て美緒は間違いなく成長している。
でもそれは、この世界での成長だ。
残念ながら美緒は地球での経験が余りにも偏っていた。
拒食症で死ぬまで、ナナは普通のOLとして幾つもの経験をしてきた。
それこそ恋愛だって人並みには経験済みだ。
でも美緒にはそういう経験はおろか、人を避けていたため対人スキルが極端に低い。
悪意に対する抵抗力がほとんどない。
余りにも善性。
美緒の行動原理、それは彼女の心の抱える闇の、まさに反対だった。
「今の美緒に必要なのは恋愛じゃない。色々な人と触れ合い、経験することだと思う。良い事も、もちろん悪い事も」
美緒のギルド。
まさに心優しい人たちに囲まれ、愛されて過ごす美緒。
余りに歪なのだ。
「貴方達は本当に美緒を守れるの?」
ナナの真剣な問いかけ。
二人はなぜか即答できなかった。