ゾザデット帝国での作戦は一応の終結を見ていた。
その後片付けで幾人かはいないが、ここギルド本部では久しぶりの平常運営がなされていた。
ゾザデット帝国での戦闘、主にザナンクとの戦場となったシベリツール。
そこでドロップされた大量の宝石を加工しながら思わずゴデッサは呟いた。
「…まったく。ワシの長い人生の中でもここまでのお宝に触れる日が来るとはな…これなんぞまさに国宝級だぞい」
普段はドルンが美緒とともに研究する部屋で、今ゴデッサとドルン、それに何故か朱雀のスイが目の前に積まれた宝石の山を前にため息をついていた。
「おいゴデッサ。お前これの付与、どのくらいかかりそうだ」
「あん?まあ付与の内容によるが…1か月くらいか?何しろ数が多すぎる。…なんだ?悪魔の眷属とやらは相当に宝石類が好きなんじゃな。まあ美緒に解呪してもらわなきゃいかん物も多い。ワシのみなら2週間、位かの」
宝石鑑定用のルーペを外し、ゴデッサはため息をついた。
「ねえドルンさん、この宝石、私貰ってもいいかな?」
そんな中何故か一緒について来たスイが、炎の魔力を含んでいるルビーを掌に載せ問いかけた。
目が煌めいている?
「うん?…ふうむ。上級の魔石だな…良いんじゃないか?何しろたくさんあるしな…どうするんだそれ?…もしかして吸収とか、或いは…食べるのか?」
聖獣である朱雀のスイ。
実は彼女たちの生態は謎に包まれている。
何しろ最古の存在。
この世界に4体しかいない正に激レアな生物だ。
「えっと。…実はこの前、ちょっと無理してフィムちゃんに角をあげたのよね。それの補完の意味もあって…食べる、というか飲み込む?…美緒に聞かなくてもいいのかな?」
「おう、そうなのか。…いいさ。何より大量だしな…呪いは…うむ。問題ないだろう…良いぞ」
「ありがとう。じゃあ頂くね♡」
大切そうに手につかみ、スキップしそうな勢いで部屋を出ていくスイ。
そんな様子に二人はほっこりとしてしまう。
何よりスイとて、めちゃくちゃ美人さんだ。
「…なあドルン」
「うん?」
「…改めて…ここは凄い場所じゃの」
「…ああ。違いない」
二人はしみじみ思う。
もしまるで天国のようなここに来られなかったら…
余りの恐ろしい想像に二人は身震いしていた。
※※※※※
「うわあ…」
「ゴクリ」
今修練場では、マキュベリアの眷属であるアザーストとスフィナがお互い殺気を纏わせながらとんでもない力をぶつけあっていた。
その様子を見ているライネイトとラムダスは、思わずため息をついてしまう。
「…すげえな…うおっ?!いつの間に後ろに…って、あれを躱す?…ハハハ、やべえ」
「…おいラムダス…お前今レベル幾つだ」
「うん?112かな。…お前は?」
「117。…俺達今すげえ強いはず…だよな?」
目の前で模擬戦を行っている二人。
明らかに彼らの数段上にその実力はあった。
「ふん、腕を上げたなスフィナ。…ならばこれも問題なかろう…はああっっ!!『血滅(ブラッド)熱線(レイ)』」
「くうっ?!…避けられない?!くあああああああっっっ!!!」
アザーストの目が光り、まるで光の速さでスフィナを貫く熱線。
腕に手傷を負いながらも、渾身の魔力で往なす。
たまらず膝を折り蹲るスフィナ。
アザーストの体を纏う魔力が霧散した。
「ふむ。直撃してなおその程度…スフィナ、大丈夫か?」
「くっ…え、ええ。…流石ですね…私けっこう全力でしたのに…」
怪我を修復させながらも瞳に強い光を湛えるスフィナ。
二人は激しく後悔していた。
主であるマキュベリアの落胆もだが…
何より違う世界線とは言え、敬愛する主人があの悪魔ザナンクに穢されていた事実。
二人はまさに血の涙を流し、信じられないような絶望と怒りに囚われていた。
普段あまり行わない鍛錬もそれが原因だった。
もちろんマキュベリア本人はすでに過去のこととして受け流していた。
そんな事よりも彼女は美緒のダメージに対し心を痛めていたのだが…
しかし二人はどうしてもザナンクを、何よりも自身を許せなかった。
因みに昨晩は二人ともたっぷりとマキュベリアに可愛がられ、そして抱き尽くしている。
あの悍ましい事を上書きするがごとく。
何気に血色の良い二人。
その事実を知らないライネイトとラムダスはますます彼らに対し尊敬の念を抱いていた。
「…アザースト…さっきの熱線、いつでも使えるのか?」
「うむ。まあ技の一つよな。ああ、お主らには使わんぞ?あれは生者にはえげつないダメージをもたらすからな」
確かにさっきの技の影響で、修練場の床が削られていた。
しかも危ないオーラが残滓のように揺蕩っている状況だ。
「すげえな…ふう、あんたたちが味方でよかったぜ」
思わず零すラムダス。
その様子にスフィナがにっこりとほほ笑んだ。
「あなた達だってとんでもない強者ですよ?私多くのヒューマンを見てきましたが…思わずうっとりするくらいには♡」
「っ!?…お、おう…サ、サンキュ」
実はスフィナ、ギルド内の男性にメチャクチャ人気がある。
妙齢の女性、しかもとんでもなく美しい。
近寄りがたい超絶美女の多いギルドにおいて彼女はなぜか親しみやすい一人だった。
何より儀式に近いとはいえ彼女は最近かなりマキュベリアに抱かれ、色気が増しましだ。
思わず生唾を飲み込んでしまう事、仕方がない事だろう。
「ふふっ♡…その瞳…私を見て『女』として欲情してくださるのね…嬉しい♡」
「ふわ?!…そ、その…す、すまねえ」
つい目が行ってしまうスフィナのたわわに実った胸に美しい顔。
そして優しげなラインを形成しているお尻からすっと長い色気を纏う足。
ありていに言って健康な男子なら目を奪われてしまう。
「…その辺にしておけスフィナ。…こやつらは純情なんだ。ザッカートにも言われたであろう?…まあ、本気なら止めはしないがな」
「ふう♡…そうですわね…ねえラムダス、ライネイト」
「は、はひ?!」
「…サロンでお茶しましょう?」
「お、おう」
何故か二人と腕を組み修練場を後にするスフィナ。
相当に高ぶっているらしい彼女の色気溢れる姿。
ラムダスとライネイトは腕に伝わる彼女の感触と、戦った直後で汗とともに香る彼女の良い匂いに意識を失う直前だった。
「まったく。…まあ、あやつも不死とはいえ妙齢の女性…男性への興味はあるということか…」
一人残されたアザーストはそう零し、天を仰いでいた。
※※※※※
一方温室ハウス。
今ここにはジパング組の女性5人と琴音にトポ、そして護衛で付いて来た十兵衛が舌鼓を打っていた。
「ううっ、懐かしい…ああ、この味…ふふっ。…渋みもあって…そんなに美味しくないはずなのに…」
里奈はアケビにかじりつき、うっすらと涙をにじませていた。
「里奈…ねえ、これも美味しいよ?」
その様子に若干心に鈍い痛みを感じつつも、マイはバナナを手渡す。
それを受け取り里奈はにっこりとほほ笑んだ。
「ありがとうマイ。あなたのおかげでここに来れたわ。ふふっ、いつも落ち着いているコノハまでとっても興奮している…嬉しい」
ジパング組の5人は常に働いていた。
もちろん強要もされないし、酷い扱いを受けるわけではない。
だが彼女たちは救われたことに対する恩、それ以外の方法が分からなかった。
当然美緒はいつでも気遣ってくれるし、ファルマナ始めザナークだってとっても優しい。
まさに天国のような状況だがどうしたって彼女たちは生きている。
慣れない場所での労働にやはりいくばくかの疲労はたまっていた。
それに慣れてきたことで、色々な思考が沸き上がってきてしまう。
今になって彼女たち、夜な夜な泣いてしまう事があった。
彼女たちは愛おしい大切な人を失っている。
その痛みはそんなに簡単に消えるべくもないのだ。
「ねえ里奈」
「うん?どうしたの幸恵」
「…これ、めっちゃおいしいよ?食べた?」
そんな中、満面の笑みを浮かべた幸恵が口の周りに果肉をこびりつかせ、アップルマンゴーを差し出してきた。
19歳の幸恵、彼女の珍しいそういう姿に里奈は思わず笑みを浮かべる。
「ふふっ♡幸恵、口の周り、着いているよ?可愛い♡」
「ひうっ?!ふわ、ほ、本当だ…も、もう。イジワル」
改めて思う。
もしあのままジパングにいたら…
間違いなく彼女たちは女を売っていた。
あの混乱したジパングでは、頼るものの居ない若い女性、それしか選択肢がなかった。
心に酷い傷を負いながらさらには穢されるであろう心と体。
その事実に里奈は心の奥が熱くなるのを感じていた。
(私たちは美緒さまに救われた…でも彼女は…本当に私たちの幸せを願ってくれているんだ)
初めて美緒と会ったジパングのテントでの事。
美緒の瞳には憐れむ気持ちよりも彼女たちに幸せになって欲しい、そして絶対守る、そういう色が光っていたんだ。
「…マイ」
「うん?」
「あなた、美緒さまのこと…好きでしょ?」
「っ!?…えっ?…えっと…み、皆だって好きでしょ?も、もちろん大好きだけど…」
顔を赤く染め、色気が爆発的に迸り始めるマイ。
うん。
この子の『好き』は、きっと私たちの『好き』と違う。
でも。
「ふふっ。そうね。私も幸恵もコノハも、そしてサクラも。みんな美緒さまの事大好きだよ?…あなたのその気持ち、きっと悪い事じゃない…胸を張っていいと思う」
「っ!?…え?……そ、その…」
正直マイは美緒に恋をしている。
自覚もある。
たぶん…
百合。
ある程度の常識を備えている彼女はどうしても後ろめたさがあった。
「リアちゃん、居るでしょ?」
「う、うん」
「あとは…ミコトちゃんとか?…ここはさ、そういう常識、いらないと思う」
「っ!?」
最近ますます可愛く、美しく成長しているマイ。
実は彼女、寝言で美緒の名を呼んでいるのだ。
「今度美緒さまとしっかり話をすればいいと思うよ?…苦しいのでしょ?」
ああ。
気付いてしまう。
何よりいつも一緒に居る里奈。
彼女は既に気付いていた。
「私はあなたを応援します。別に男性を好きになるだけが愛ではないもの」
里奈は知らなかった。
マイに隠されている称号。
その効果がとんでもない事に。
「う、うん。私…美緒が好き…美緒…ああっ、可愛い♡…大好き♡」
「っ!?…うあ…マ、マイ?」
突然感じたことの無い怪しい魔力を纏うマイ。
想定外の状況に里奈は言葉を失ってしまっていた。
新たな脅威となるマイの称号。
その一端が開かれ始めていた。