目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第192話 経済力と言う力

私がレイリ達から儀式を経て力をもらい、ザナンクを完全に消去した日のお昼ごろ。

我がギルドには新たな客が訪れていた。


「…それでザッカート。その人たちは今どこにいるの?」

「ああ。結界のすぐ外で死にかけていてな。マールさんが助けてくれたみたいで。とりあえず今は治療室で寝かせている」


どうやらCランクの冒険者パーティーとその依頼者、合計5名でこの禁忌地に訪れていたようだ。


まさに自殺行為。


私は思わずため息をついていた。

何しろここの適正ランクはSだ。


たどり着けたことですら奇跡に近い。

むしろ違う懸念が沸き上がってしまう。


まあ。

あの優秀なマールの事だ。


きっとそういうのも見極めたうえでの救出なのだろうけど。

余り楽観視はしない方がいいだろう。


「ところで美緒、もういいのか?…部屋から出れないって聞いていたが…」

「うん。ごめんね心配かけて…まだもう少しは休むけど…取り敢えずリンネの許可貰えたから」


ザナンクを倒し吸収したこと。

それにより部屋での軟禁は終わりを告げていた。


もちろん約束をしているので私はしばらく働かない。

それに私の誕生日まで既に女性陣のシフトは決まっていた。


そんなわけで、久しぶりにサロンに来た私はいきなりザッカートに声をかけられていた。


「美緒っ!!あ、あのねっ!」


そんな私たちの元に血相を変えたアリアが飛びこんでくる。

かなり慌てているのだろう。

なぜか手には治療道具の入ったカバンを持ち、服はなぜかエプロン姿。

食事中だったのか、口の周りには食べかすがこびりついていた。


「アリア?…どうしたの慌てて…もう、落ち着いて。あなた格好凄いよ?…冒険者たちの治療をしていたんじゃ…」

「ふわっ?!あうっ、ほ、本当だ……」


どうやら自分の姿を認識したアリア。

慌てて口の周りをぬぐい、そして私に視線を向けた。


「レストが…レストールが来たの!!…酷い怪我だったけど…い、今は寝ているんだけれど…」

「っ!?レストール?…えっ?本当に?!」


もう一人のメインキャラクターであるレストール。

彼は今イリムグルド交易都市のギルドで冒険者をしていたはずだ。

確かこの前やっとBランクに届いたと、探りを入れていたドレイクから報告を受けたばかりのはずだ。


「…命とかは平気なのね?」

「う、うん」


最近この世界は不穏な雰囲気に包まれている。

いきなり面会はしない方がいいかもしれない。


何よりまだ弱い彼らがここに来れた理由。

それが分かるまでは申し訳ないけど警戒が必要だった。


「…ねえアリア。いま治療室は誰かいるの?」

「う、うん。…少し怪しいって、レギエルデさんとコメイの二人がいるよ?…マールさんも部屋の外で控えてくれているし。…それで美緒に報告して来てって私言われたの」


流石はレギエルデとコメイ、そしてマール。

私が思いつく懸念、すでに彼らも承知しているようだ。


私は大きく息をつき、慌てふためいているアリアの手を取った。


「あの三人なら大丈夫だね。…アリア彼らを癒したのでしょ?…ありがとう」

「うあ、そ、その…うん。…私少しは役に立てたかな?」

「もちろんだよ。…アリア今僧侶のレベル…凄い、もう70を超えたんだね!」


ちらりと鑑定を施した私。

今の私の鑑定の熟練度はとんでもなく高い。

鑑定された本人も気付くことができないレベルだ。


何よりアリアは彼らと接触している。

…問題はない?


どうやらアリアへの影響はないようだった。

悪魔の陰謀?

その線は薄いようだった。


「うん。ザッカート盗賊団の人がね、私を森に連れて行ってくれるの。回復魔法だけじゃ成長できないって」

「…カイマルクよね?」

「うあ、…えっと…う、うん♡」


今やカイマルクとアリアはギルド公認のカップルだ。

最近ますます仲の良い二人。


もしかすると赤ちゃんとか出来ちゃうのかもしれない。


「ねえアリア?」

「うん?」

「…カイマルクと…そ、その………したの?」

「ひうっ♡」


顔を真っ赤に染めるアリア。

いきなりしどろもどろになる彼女。


「…したのね?」

「………………………うん♡」


道理で強くなっているはずだ。

私は優しく彼女をそっとハグする。


「良かったね…彼、とっても優しいでしょ?」

「…うあ、えっと……うん♡」


すっごく可愛い顔で頷くアリア。

正直羨ましい。

でも。


私はそれを上回る喜びに包まれていたんだ。


私の大切な仲間たち。

幸せになって欲しい。


私はそんなことを思いながら治療室へと戻るアリアの背中を見つめていた。



※※※※※



「…お前…伊作か?」

「…グスッ…ヒック…うああ、張さん…うぐっ…ぐふう…うあ、うああああああっっっ!!」


ギルドの治療室。

何と今回訪れた一人。


郡山伊作さんが転生した人物、ヤマイサークさんだった。


「…なんや、あんさんにも迷惑をかけたな…おかしな話やけどワシは元気や。…それよりもお前、ずいぶん無茶しおってからに…今のあんさんの力なら、わざわざ来んでも方法あるんちゃうか?お前、あの商業国の商業会長様なんやろ?」


涙を拭き天を見上げるヤマイサーク。

未だ赤い目で彼は真っすぐにコメイに視線を投げる。


「…ええ。確かにそういう力はあります。でも…それはダメでしょ?…それにバレてしまう。気付かれてはいけない『やつら』に」

「っ!?…伊作、お前……何を知っておるんや?」


彼、ヤマイサークは実は転生してからまだ20年ほどしかこの世界では暮らしていなかった。

彼は日本で非業の死を遂げた時、33歳。


彼の愛する仲間たち、そのすべてが命を断たれ、最期まで生存していたのが彼だった。


そしてその死の間際、一瞬だけ自分を取り戻した黒木優斗、その圧倒的な権能で彼はこの世界へと転生させられていた。


ひとつの使命とともに。


彼の使命。


魔素と言うものがあり、なおかつシナリオに縛られているこの異世界。

その世界を『経済力』というものでひっかきまわす特権を与えられて。


そう、ヤマイサークにはこの世界で金に特化する使命を授けられていた。


「まあええわ。取り敢えずしばらく休み。直に美緒も来よるからな」

「っ!?やっぱり。…美緒ちゃんはゲームマスターなのですよね」

「そうやで。…お前、違うルート、その記憶とかあるんか?」

「いいえ。たぶん今回がイレギュラーなのでしょう。私はきっとあの世界で死んで終りの存在のはず…だから今回はきっと最初で最後のチャンス。絶対に引っ掻き回して見せますよ」


ヤマイサーク。

彼には力などない。


彼を包む魔力は微弱だし、何よりレベルも30そこそこだ。

魔法はおろか戦闘すらできない。


むしろ良く今まで生きていたものだ。


「ふふっ。私には帳簿と総勘定元帳を管理する義務がありますから…簡単には死にませんよ?」


そう言いニヤリと笑うヤマイサーク。


(…ああ、そう言えば残業の申請とか…ワシ何時もこいつに怒られとったわ…)


遠い目をしてしまうコメイ。


ヤマイサーク、もとい郡山伊作。


彼は完璧な財務担当だった。


そしてこの出会いが、この世界に激震をもたらす。

今力を蓄えまさに暴走を始める予定にあるガザルト王国。


ガザルト王国は未曽有の大不況に陥ることになる。

彼、ヤマイサークの最も得意な『経済力』によって。




※※※※※



目に飛び込む知らない天井。

俺は自分の手に力を入れ、こぶしを握り締めた。


(…生きて‥いる?!…助かったのか?…あの状況で?!)


彼、レストールは先ほど経験した、自分の格上であるギガントベアーの集団との戦闘を思い出していた。


(3体…だよな…切り殺せたのは…そして…)



※※※※※



野営を終え道なき道を進む俺達。

ヤマさんの魔道具でしっかり休めた俺たちは、意気揚々と天気の良い空を見上げていた。


「ヤマさん、もう少しなのか?」

「ええ。すぐそこですね。おそらく結界があるでしょう。そうしたらこの魔道具を使います」


そう言って見たことの無い筒状の魔道具を取り出すヤマさん。

彼の持つ魔道具は俺たちの常識を大きく逸脱していた。

既に驚くのもばからしいほどに。


「…よくわからないけど…そうすればミッションクリアなんだな」

「ええ。本当に感謝しかありません」


この人は商業国の重鎮。

なのに俺達みたいな若造にもちゃんと礼を尽くしてくれる人だ。


凄い人。

それは間違いのない事だった。


「っ!?レスト、警戒!!…ヤバイ、強いのが…ひうっ?!!」

「なあっ?!…ギガントベアー…おいおい、何体いるんだよ?!!」

「ヤ、ヤマさん、隠れて!!」


不味い。

ギガントベアーは単体でもBランク相当の魔物。


それが群れを成している?

今までの戦闘とは比較にならない。


「くそがっ!!皆、ヤマさんを守れ!!最悪でも彼を死なせることだけはだめだ!!」

「お、おう!!」

「くうっ?!『防御結界』…『戦意高揚』…レストっ!ダグマ!!」

「はあああっっ!!フレイムバーストっっ!!!!!」


始まる乱戦。

意識を集中し、極限まで研ぎ澄ませたレストールの剣戟が数体のギガントベアーを切り裂いた。


「…まずい…数が…多すぎ…っ!?ぐがあああっっっ!!???」

「っ!?ヤマさん?!…うぐっ、ぐあああああああーーー!!???」


徐々に薙ぎ倒されていく仲間。


消えゆく意識の中、レストールは確かにそれを目にしていた。


(…忍?…た、頼む…ヤ、ヤマさんを……)


瞬間吹き飛ぶギガントベアーの群れ。

それを見届けレストールは意識を手放した。



※※※※※



(あの忍びの人…凄かった…あれが同じ人間?!…俺も鍛えれば…届く?のか…)


徐々に冴えてくる頭。

そして起き上がり俺は周りを見渡した。


「…良かった…みんないる」

「…レスト?気付いたの?!」

「っ!?えっ?……ア、アリア?…お前…」


部屋に入ってきた顔なじみの女性。

幼馴染の再会。


数か月を経てそれは交わされた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?