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SS 遠い国、心を壊された少女

遠く離れたジパングの北東に位置するルナイデ大陸。

この大陸に国は3つ存在していた。


ひとつは工業国ライデル王国。

そして多種族混合国家メルサーチ。

独裁国家マルデ。


人口が少なく多くの山林に囲まれた大陸。

北方に位置するダンジョン『黄泉の頂』から産出される魔石と希少金属の恩恵を受けている国々だ。


その中の一つ独裁国家マルデ。

名は物騒だが実際には心優しく『正しい世界観』を持つニアルデ・ルノ・マルデが治める独立国。


その城下町では今一人の女性がボロボロの服を纏い、どうにかお客を取ろうと高級な店から出てきた、上品な服に身を包んでいる紳士に縋りついているところだった。


「旦那様、どうか一晩、いえ数時間でも…わ、私を買ってください」

「ちいっ、離せっ!このあばずれが!!…服が汚れるだろうが!!」

「ひぎっ?!」


蹴り飛ばされ転がる女性。

その様子をさげすんだ瞳で見つめ紳士はつまらなそうに吐き捨てた。


「…まだ年若い?ふん。修道院にでも行けばよかろう。…大体お前…臭(くさ)いぞ?」

「く、臭い?!…くうっ?!」


思わず自身を包むぼろ布のような服の匂いを嗅ぐ女性。

つい顔が歪んでしまう。


「ふん。臭かろう?…女を売るのなら、せめて匂いくらいは気を付けることだ。…うん?貴様、その魔力は何だ?…おいっ」

「な、なによっ!」

「名前は」


紳士は先ほどと違い、何故か真剣な目で私を見つめた。

それに気圧されつつも私はどうにか自分の『呪われた名』を口にした。


「…エ、エレリアーナ」

「ほう?エレリアーナ、か。…おい、お前。体を売るくらいだ。金が要るのだろう?うちに来い」

「…は?」


思わず自身のつつましい胸を隠してしまう。

体を売る、確かにそのつもりだった。


でも。


改めて言われてしまうと覚悟が鈍ってしまう。


「…なんだ?お前…経験もないくせに、体を売ろうとしていたのか?…ったく。ニアルデの阿呆め。自身の領民すら把握できぬとか。…良いから来い。悪いようにはしない」


そう言い私の腕を優しく取る紳士。

先ほどの対応とは雲泥の差だ。

思わず呆けた私。


気付けば高級な馬車で彼の前に座っていた。


「…臭くてかなわんな。まずは湯あみ。命令だ」

「っ!?…は、はい」


そう言い目を閉じる紳士。

私はただ、そんな彼を見つめながら馬車に揺られていったんだ。



※※※※※



町娘エレリアーナ。


母に捨てられ酷い幼少期を過ごした少女。


孤児院から逃げ出したのが一昨日。

既に所持金もなく彷徨い、非道な決断を迫られていた少女は。


紳士の気まぐれにより最悪の結末を免れていた。


そして彼女の運命は動き出す。


やがてメインキャラクターの一人として伝説級の召還術に目覚める彼女は。

幾つかの奇跡、それにより自分の本当のルーツにたどり着く。


だが。


本来彼女が出てくるのは帝国歴30年。


運命は弄ぶ。

そしてそれはまさに、あり得ない幸運値によりすべてが都合よく進んでいる美緒にとって都合の良い物語に。


たどり着く最初のきっかけとなる。



彼女の物語が動き始めた瞬間だった。



※※※※※



轟轟と音を立て、激しい炎が森林を侵食していく。


そんな中伝説級の神獣、エンシャントフレイムドラゴンの雄たけびが響き渡っていた。


(…ドコダ…我が番…風の娘…ワレヲ…オイテイクナ…)


突如として現れた伝説級のドラゴン。

ルナイデ大陸北方に位置するダンジョン『黄泉の頂』

ダンジョンの周辺はまさに地獄が顕現していた。


「くそっ!聞いていないぞ?エンシャントドラゴンだと?!っ!?ぐあああああっっ!?」


「くうっ!?アイスシールドおおおっ!!」

「ダメだ、もたな…」


(ウルサイ…愚かな人間め…)


激しいブレス。

それにより消え失せる多くのヒューマン。


それを見やりエンシャントフレイムドラゴンは天を見上げる。


(っ!?…この波動…龍姫?…フム。…イッテミルカ…)


大きな翼を広げ―――

瞬く間に空へと飛びあがる。


(フン。…それで隠れたつもりか?…マッテイロ…)


彼らエンシャントドラゴンは個体数の少ない種族だ。

しかも彼『ルデーイオ』は人語すら理解する超高レベルの存在。


長き眠りについていた彼だがつい先日自身の運命である番うべきエンシャントドラゴン、フィムルーナの波動を、感じ目を覚ましていた。


一瞬で姿を消す彼。


新たな運命の扉。


それは静かに開かれていた。




※※※※※




独裁国家マルデの高級な貴族街の一角。


その立派な屋敷の浴場で、今エレリアーナは途方に暮れていた。


「まあ、なんて可愛らしいお嬢様…ささ、どうぞこちらへ」

「え、えっと…は、はい」

「っ!?まあ…酷い傷…痛いですか?」

「うあ、そ、その…だ、大丈夫」


エレリアーナはきっと彼女の記憶が確かなら今14歳だ。

幼少のころに捨てられ、どうにかたどり着いた孤児院。


そこで散々虐待を受けていた彼女の体にはひどい傷が幾重にも刻み付けられていた。


「…グスッ…辛かったね…もう大丈夫だからね」

「うあ、そ、その………ありがとう…ございます」


優しくお湯をかけられ、そしてまるで慈しむように洗われる体。

久しく感じていなかった優しい対応に、エレリアーナは感謝よりも不信感が募ってしまう。


「あ、あの」

「はい?」

「そ、その…ど、どうして…わ、私に優しく…してくれるの?」

「……普通、かと?」

「っ!?普通?」


驚愕してしまう。


まだほとんど物心つく前に母親に捨てられたエレリアーナ。

正直どうして捨てられたのか、彼女は知らない。


でもそのあとの孤児院での酷い虐待。

そして常に浴びせられる心無い言葉。


彼女はすでに心が壊れていた。


だから理解が出来ない。

そして沸き上がる恐怖。


(…きっと酷い事が待っている…でも…私には何もできない…)


彼女はされるがまま。

未だ体験したことの無い気持ちよさに涙をにじませながらも、まるで死刑囚のような面持ちで一人俯いていた。



そんな様子を見つめながらもできうる限り優しく接している侍女長のキャスーナ。


(…この子は…ああ、神よ!!)


彼女キャスーナも実は孤児院上がりの女性だった。

主である旦那様より言われた言葉。


「お前と同じだ。どうか彼女に安心を与えてほしい。…話はそれからだ」


可愛く美しい少女。

でも刻み込まれた多くの傷に病んでしまっている心。


彼女はひとり決意を胸に、優しくエレリアーナを洗い続けていた。

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