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第195話 弱者たちの夜想曲

あてがわれた清潔な部屋。

そして見たことの無いとんでもなく便利な魔道具の数々。


先ほどギルドの他の女性に連れられてお風呂を済ませたカナリナ。

彼女はいまだ夢見心地でいた。


(ここ、凄い…それにみんな…メチャクチャ強い…私は…きっと一番弱い…)


カナリナは幼少のころ、高熱にうなされ生死の境をさまよった。

そしてその時発現した異常な魔力。


彼女はそのおかげで命拾いをしていた。


(私は今16歳…きっとこの世界でも強い方…そう思っていたし、実際のランクより私は強いはず…あの時だって……でも)


彼女の居たイリムグルド交易都市の孤児院。

5年ほど前、戦乱の終結間もない時に彼女たちの孤児院は荒くれの一団の襲撃を受けていた。



※※※※※



帝国歴21年秋。


ようやくデイブス連邦が発足し、民たちの生活が落ち着いて来たころ。

まるで火事場泥棒のように、荒くれたちが弱い貧民を襲っていた。


「クソッ!こいつら…ぐううっ?!」

「ヒャハハ。おいっ!みんなこっちだ!女だ、女がいるぞ!」


街に正規兵の巡回が始まって間もないころ。

どうしてもスラムに近い彼女たちの孤児院にはまだその手は届いていなかった。


荒くれたちは戦争の生き残り。

そしてあまりの所業に指名手配されている男たちのようだった。


かなりあくどい事をしてきたのだろう。

彼らの顔には悍ましい欲望の表情が浮かんでいた。


「くくくっ。せっかく戦争を理由に好き勝手出来てたってのによ…俺たちゃただ一生懸命戦ってたってのに…A級戦犯だあ?冗談じゃねえ。…行きがけの駄賃だ。…こいつら蹂躙してずらかるぞ!」

「へへへ。何が『一生懸命戦った』だよ。てめえはいつでも逃げ惑うガキで遊んでいただけじゃねえか」

「あーん?…くはは、てめえもだろうが」

「ハハッ。違えねえ。…何よりこの味を覚えちまったんだ…もう辛抱溜まらねえよ」

「ギャハハ。ほら、お前ら気合い入れろよ?ガキが睨み付けてるぞ?くくく、おっかねえな」


まさに卑怯者の理屈。

きっとまっとうに過ごしていればそれなりの称賛を得ることもできたであろう力の持ち主。


彼等は既に、人の心を無くしていた。

そしてその毒牙に襲われていく子供たち。


真っ先に子供をかばっていた『マザー』と呼ばれる老齢の女性がすでに動かなくなっていた。

そして最奥の部屋。


ここには数名の少女がいる。

少年はギリリと歯を食いしばり、手にしている太い枝に力を込めた。


「あーん?なんだよガキ。死にてえのか?ぐばあっ?!!」

「てめえ、ガキ相手に何を…うぐあっ?!!」


「…許さない…よくも、よくもっ!…マザーを、絶対に許さない!!!」


11歳の少年。


クマ獣人族とヒューマンのハーフであるその少年は2メートル近い体躯をしていた。

太い木の枝を手に、猛る少年。


いきなり抵抗されたことに驚いた荒くれたちは一瞬たじろいでしまう。

しかし。


「はっ。何やってるんだよ。ど素人だろうが…てめえ、覚悟は良いんだろうな?」

「くうっ?!」


荒くれとはいえ彼らは戦地の生き残り。

幾つもの逆境を乗り越えた男たちは、その精神とはかけ離れているもののまさに歴戦の勇士、あっという間に少年は枝を叩き落とされる。


そしてつきつけられる剣先。


「フレイムバーストっ!!」

「なあっ?!」

「ぐはあっ?!!」


突如咲き乱れる超高音の炎の花。

荒くれたちは突然発現した中位魔法を、正規兵の突入と勘違いをした。


「く、くそっ、ずらかるぞ」

「お、おう」


カナリナ渾身の魔法。

それにより最悪は免れていたんだ。



※※※※※



散々荒らされた孤児院。

パチパチと部屋の焼ける音とくすぶる黒い煙。


多くの死体とともに3人の少年と少女はただ呆然と佇んでいた。

残された少年と少女。


ダグマ、ロミューノそしてカナリナ。


彼女たちは冒険者になった。



※※※※※



ふいに流れる涙。

カナリナはかつてを思い出し一人涙を流す。


(みんな…でも…)


立ち上がるカナリナ。


(…レストール…私は………強くなる…そして…)


よぎる抱擁するレストールとアリアの姿。

でも彼は今、間違いなくフリーだ。

何よりアリアは…すでに心に決めた人がいる。


大きく頷き真直ぐ前を向く彼女。

その目には決意の光が灯っていた。



※※※※※



「知らない天井…か」


あてがわれた部屋。

レストールはパーティーメンバーであるダグマとロミューノと3人部屋を使うよう指示されていた。


「おい、レスト」

「あん?」

「いいのかよ?アリアちゃん、めっちゃ可愛いのに…ずっと探していたんだろ?」


ダグマがレストールに問いかけた。

実はパーティーを組んだ時からレストールはずっとアリアを探していた事、彼らは誰よりも知っていた。


そして間違いなくレストールはアリアに恋していたことも。


「いいんだよ。…何よりアリアが自分で選んだ人だろ?カイマルク…すっげーつええし。…ははっ。全くかなわねえ」


実は驚くほど心がさっぱりしているレストール。

少なからずそんな心の動きに自分でも驚いていたくらいだ。


「確かに。カイマルクさん?…すっげ―強い。…何よりメチャクチャイケメンだしな」


カイマルクはエルフの血を引いている。

メチャクチャ美形だ。


のそりと起き上がるダグマ。

そして大きくため息をついた。


「なあ。俺達本当にここにいてもいいのかな。美緒さまは許してくれたけど…ロミューノ、お前今レベル幾つ?」

「あー。53、かな。お前は?」

「57」


因みにレストールは今レベル61。

このパーティーでは一応最強だった。


「…俺聞いたんだけどさ。ザッカート盗賊団ってあのリーディルの連中でも手を焼いていたらしいんだよな。でも1年前くらい?いなくなったって聞いていたけど…ここに居たんだな」

「ああ。俺も聞いたよ?…でも頭領のザッカートだって確か以前はレベル60前後だったはず…わずか1年…今ザッカート、レベル140くらいらしいぞ?」


3人の体に走る覚えのない震え。

つまり。


彼等はここにきてから急激に力を増したことになる。


「なあ」

「うん?」

「俺達だって…強くなれるんじゃねえのか?ここで頑張れば」


そして強い光がそれぞれの瞳にともる。


そうだ。

今弱い、それは事実。


でもわずか1年足らずで多くの人が凄まじい成長を遂げている美緒のギルド。

いきさつはともかく、自分たちもここのギルドの一員になったのだ。


ならば。


やることなど決まっていた。


「…鍛えるぞ…そして力をつけよう。俺たち4人でさ」

「ああ!!そうだな」


若い3人。

そしてカナリナを含めて4人は。


何時かたどり着く強い自分。


それを明確に心に刻んでいた。





夜は更けていく。

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