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第196話 ガザルト王国を襲う激震の予兆

ガザルト王国。

過酷な地、デイオルド大陸の強国だ。


この国では何よりも力が信望されていた。


そして力とは権力・武力・魔力・技術力そして財力だ。


多くの革新的な技術を持っているガザルト王国。

しかしそれには多くの財力が必要だった。


何しろ革新的な開発を行うという事は、未だ誰も知り得ないものに挑むと同意。

実は悪魔から入れ知恵をされていたのだが、そもそも悪魔とて、理屈を知っているわけではない。


だが国の特区、首都周辺の中央には製鉄所が軒を連ね、そして多くの研究所と言うか工場のような建物からは多くの煙がもうもうと湧き出していた。


美しさなど全く考慮していない景観。

多くの商会や旅人が訪れはするが、住みたいと思うものは殆ど居ない状況だった。


かの国の王、ザイルルドは魔法が嫌いだった。

だからそれをとことん調べつくさせ、それに代わる力『魔導科学』なる物に到達していた。


国王が信望する『魔導科学』の結晶、最新鋭の飛空艇。

その開発には莫大なお金が必要となっていた。



※※※※※



「おいっ、てめえ…なんだこの値段は…つい3日前の5倍じゃねえか?!」

「…はあ。…適正価格?ですが。…イヤならお引き取りを」


王都のはずれにある魔導科学の根幹となる魔石を取り扱うお店のカウンターで、技術班特務次長であるギナジルド・ヴァンスは涼しい顔でとんでもない価格を提示した店員を睨み付けていた。


「くっ、貴様、俺が誰だか分かっていての発言だろうな?」

「もちろんです。特務次長のギナジルド様ですね」


(おかしい)


ギナジルドは普段ヘコヘコしていたはずのこの店員の態度に違和感を覚える。

何よりこいつらは、それとなく家族を人質のような状況にしてあるはずだった。


当然自由は与えているものの、半軟禁状態。

我が国の逆鱗に触れればどうなるかは理解しているはずなのに…


ギナジルドは大きくため息をつく。


「…適正価格…間違いはないのだな?」

「当然でございます。…実を言うとですね…『より大きな力』にほとんど買われましてね。在庫が心もとないのですよ」

「っ!?…より大きな力?だと?!」


この店を運営している男たち。

商業に特化している商業国家ジギニアルダの者たちだ。


彼等は商売に命を懸けている。

だから対価を払えば絶対に確実な商売を行っていた。


たとえそれが多くの命を奪うものの為の物だとしても、彼らは淡々と取引を行ってきていた。


だからこれは間違いのない事。

ギナジルドは背中に伝わる冷たい汗に、嫌な予感に包まれるのを感じてしまう。


「…おい、まさか…お前らの他の部材を扱う店…それもそうなのか?」

「おや?さすがは特務次長様です。慧眼恐れ入る。…ああ、因みに私共、今週いっぱいで店じまいをしますので…長きにわたるご愛顧、誠にありがとうございました」

「なあっ?…店じまい、だと?!…こ、国王様は承知なのだろうな?」

「はあ?それは存じ兼ねますが…何しろ仕入れができない状況ですので…商売のできない商売人…価値なぞないのでは?」


まずい。

コイツのこの瞳…マジだ。


早急に対策を取らないと…


冗談ではなくこの国は亡ぶ。


「く、くそっ。とりあえずありったけ工場へ搬入しておけ。金は…」


慌てふためきながらも腰につけてあるマジックポーチから金貨の100倍の価値のある白金貨30枚を取り出した。


「ふむ。承知しました。『お金の価値分』は搬入しておきましょう。毎度ありがとうございます」


慌てて店を後にするギナジルド。

それを冷めた目で見る店員はボソッとこぼしていた。


「お勤め終了、ですね…ククク、会長もお人が悪い」


魔石を取り扱うこの店の店員。

実は以前ヤマイサークを襲撃した暗殺者の一人。


影使いのオルデン、その人だった。


「どれ。…うん?これは…ハハハ。凄いお宝だ…これだから会長との縁は切れないですね」


彼のスキルと昨晩急にヤマイサークからもたらされた情報とアーティーファクト。

当然美緒渾身のとんでも理論なのだが…


実は彼の使える影空間、すでに指定された数か所への移動を可能にしていた。

つまりは擬似型転移。


「…生物も…ふふっ。問題ない…くくく…クハハハハハハ!!!」


そして彼は。

50個程度の魔石をガザルト王国のこの店に残し。


そのほか全ての物と完全に姿を消していた。


「すみませんねえ。金貨3000枚程度ですと…これだけですね」


そう書かれたメモを残して。



※※※※※



時は遡る。


およそ2年前。

魔導国ザナンテス。


他種族との断絶を選んでいる国だが、幾つかの取引は行っていた。


特に国内では産出しない魔石の類。

これについては他国を頼るしかない状況だった。


「それじゃこれ、今週分です」

「ああ。いつもすまんな」

「いえいえ。わたくし共はお金さえいただければ万事問題ありませんよ。何しろザナンテスの皆さまは金払いが良い。最上級のお客様です」


国境付近の検疫所。

今ここには商業国ジギニアルダの魔石を取り扱う商会、その若頭がにこやかな表情を浮かべていた。


「…うん。質も最高級だな…来週も頼みたいが…所で聞いた話なんだが…少しこれ安すぎやしないか?」


買い付けを任されたザナンテスの商業部門の主任ダザッテスは今買い付けた魔石を見やり言葉を漏らす。


何よりジギニアルダの商会がもたらす魔石、品質はいいのにここ最近価格が下がってきていた。

しかもどうやらザナンテス魔導国だけ。

同じ大陸にあるガザルトなどは価格は変わってはいなかった。


義理堅くまっとうな国民性のザナンテス魔導国。

ダザッテスは何となく申し訳ない感情を抱えていた。


そんな様子に一瞬ニヤリとする若頭。


(くくく。頃合い、だな。…さて)


おもむろに声をかけてきた。


「さすがはダザッテス様です。慧眼恐れ入る。…まあここだけの話なのですが…実は一つ頼みたいことがございまして…」

「…頼みたい事?」

「ええ。あっ、ご安心ください。何か法に触れるとか、欺くようなことではございません。…ガザルト王国とは国境をはさんでいますよね?」

「…あ、ああ」


確かにザナンテスの北方は、大きな山脈をはさんでいるとはいえ隣接していた。


「…魔物の討伐、少しばかり国境の方にその割合を増やしてほしいのです。…彼らに、ガザルトの冒険者が狩る魔物の数、たとえ数パーセントでも減らしたいのですよ」


「魔物を減らす?」

「ええ。あの国の冒険者たち、確かに優秀です。そして欲深い。…彼らは何のために魔物を狩るか…ズバリ金の為です。国の為ではない。…もし獲物が減少すれば…その先は言わずともわかるかと」


ニヤリと顔を歪める若頭。

その様子に思わずダザッテスは冷や汗を流す。


「…確かにあの国はきな臭い。分かった。少しでも彼らの取り分が減るよう、魔導王に進言しておく」

「ありがとうございます。…来週からも良い取引を」

「あ、ああ」


実は魔導王もガザルトの最近の動きには警戒をしていた。

これは渡りに船。


ダザッテスは礼をとり、取引現場を後にした。


「…流石は義を重んじる魔導国の重鎮…ここまでうまくハマるとは…会長の慧眼…恐ろしいものだな」


独り言ちる若頭。

そして同じような事、実は幾つもの場所で行っていた。


「…いつか来る激震…か」



※※※※※



帰還後真直ぐに魔導王への謁見を行うダザッテス。

実は違うルートからも同じような要請を受けていたギリアム魔導王は魔物の討伐隊を組むことにしていた。


始まる国境付近の魔物の討伐。

結果国境付近での魔物の出現率は低下していったのだ。


そしてガザルト王国を根城としていた冒険者たち。

得物が減ってきたタイミングで、新たな搦め手が彼らを誘惑する。


名前こそ出さないものの、確固たる買取を約束された幾つものクエスト。

さらにはガザルトよりも良いその条件。


もちろん幾人かは離れることを拒否したものの。


あまり目立たない速度で冒険者たちはその数を減らしていっていた。


全てはヤマイサークの策。

彼は数年前からこのような裏工作を行っていたのだった。


そしてその策がついに芽吹く。


当然冒険者が減れば納入される魔物の素材は減っていく。


それと同時にジギニアルダの息のかかっている商会が高価格で優先的に素材を集め始めていた。


怪しまれないぎりぎりの金額を提示して。


結果今に至ると、実にガザルト王国の中で取引されていた素材、その80%までもがジギニアルダの商会が掌握、すでに自国の在庫は底をついていた。



※※※※※



新造の飛空艇の外部は高位の魔物の皮を加工したものだ。

そして大量に消費する。


今新造船の工場では、責任者であるバロッド伯爵が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「所長!素材が足りません。…現在開発中の新造船、完成まであとわずかなのですが…すでに製造中断しております」

「…何が足りないのだ?」

「…全てです。…予算下りないのですか?」


思わず口にした部下を睨み付ける伯爵。

そして壊れんばかりに机を殴りつけた。


「バカな!!すでに2か月前に製造した新造船、それの3倍はコストがかかっておるというのに…くそっ、どうなっている?…調達部隊長をここに呼べ!!」

「は、はい」


慌てて姿を消す部下。

その様子にバロッド伯爵は大きくため息をつく。


そして脳裏に浮かぶ、怒りに震えるザイルルド国王の顔。


(このままでは…わ、ワシは間違いなく処刑される…おそらくもう素材も手には入るまい…どうする…)


バロッド伯爵は鬼才の人物だ。

正直彼は国家や国王に対し、忠誠心はない。


子供の頃より他人とは違う感性を持っていた彼。

何より彼は、新たなものに対して、凄まじい執着を持っている人物だった。


(…この国はおそらく終わる…もう研究できない?…馬鹿なっ…)


頭を抱えるバロッド伯爵。

彼は気づかない。


その様子を隠匿を使い見つめる二人の人物に。


そしてこれがガザルト王国に激震をもたらすことになる大事件に繋がっていくのだった。

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