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第202話 混乱極まるガザルト王国と牙をむく守銭奴

ガザルト王国王都、皇帝の居城がある工業地帯の隣の区画。

ここは各市場が集まる一大商業地帯だ。


普段は威勢の良い声が飛び交い、王国の力を象徴するがごとく、多くの物が飛ぶように取引されていたが…


今響いているのは悲鳴と怒号だった。


「くそっ!それは俺が…ぐあっ?!」

「馬鹿野郎!!俺が先に触れたんだ!!よこせっ!!」

「痛いっ!!な、なにするんだい!!」

「なんだこの値段は!!つい先週の十倍じゃないか!!俺たち国民を殺す気か!!」

「うわーん…お母さーん!!」


まさに阿鼻叫喚の地獄。

密集する群衆。

弱いものは弾きだされ、すでに秩序のない状況。


僅か残された商品に多くの群衆が群がり、我先にと手を伸ばしていた。



※※※※※



ドンッ!!

ドゴーーーーン!!!!


「静まれっ!!それでも貴様ら、誇り高きガザルトの国民かっ!!…王が悲しまれる!!」


突然地響きを伴う轟音とともに近衛兵の怒号が響く。

どうやら魔物除けの爆音機を発動したようだった。


殺気立つ近衛兵のその姿に、群衆は息をのみ立ち尽くした。


「静まれ…食料については国王様より備蓄していたものを配給するとお約束頂いた。…誇り高きガザルトの民よ。…どうか国王の想い、ケチをつけることをしないでほしい」


そして近衛兵の後方。

数十台に及ぶ荷馬車。


そこには小麦をはじめ、多くの食材が山と積まれていた。


「おお。流石はガザルト国王、ザイルルド様…」

「お、おいっ、な、並べ。これ以上国王様を悲しませてはダメだ」

「ありがたや…ありがたや…」


どうにか収束しそうな群衆の行動。

近衛兵はほっと大きな息を吐き出していた。


(…しかし…これはあくまで応急処置…いずれ国の備蓄とて底をつく…どうにかせねば…)


ここ数日。

国内に食糧を下ろす商会が激減していた。

今まで一番の取扱量を誇っていたジギニアルダの商会『八咫(やた)烏(がらす)』

その代表であるルガザートの失踪。

それに伴い八咫烏はそのすべての取引を中断、即刻ガザルト王国から撤退していた。


(どうなっているのだ…確かに奴らの取扱量は膨大だった。しかし備蓄の食料、気付けばあと数日分しか残っていなかった事実…それに他から買おうとしてもとんでもない金額を提示されてしまう…冗談ではなく…このままでは…滅んでしまう…)


ガザルトはまさに力を信望する国家。

ゆえに国民の国に対する忠誠心、実は低かった。


もちろん王とて非道なことをするわけではない。

しかし国王ザイルルド。


いわゆる信賞必罰。

残念ながら優しさとは縁遠い王だった。


まさに力の象徴であるザイルルド国王。

ゆえに国民は彼に従ってきたのだ。


もしそこに、全てを凌駕する力を持っている事。

少しでも亀裂が入ったのなら…


近衛兵の脳裏に嫌な予感が走る。


(…俺は…ここにいていいのか?…)


配給に並ぶ長い国民の列。

その様子を見やり、近衛兵団第5小隊長のデイマザは自身の心の揺らぎに、かつてない危機感を募らせていた。



※※※※※



ガザルト王国に未曽有の危機が訪れ始めた夕刻。

遠く離れた商業国ジギニアルダ。


それが誇るビリルード大闘技場に併設されている商工会所有の10階建ての建物の中の豪華な会議室に、会長であるヤマイサーク、護衛兼転移役としてエルノール、さらにはオブザーバーとしてロナンの3人が訪れていた。


「すみませんねえ。しかし転移魔法ですか…これはお金の匂いがしますね…ちなみにどこへでも行けるのですか?」


「まあ。…だが座標が分からなければ無理だ。岩石の中とかに転移してしまえばその瞬間に死んでしまうからな。だから基本、全く情報のない所には転移しない事にしているんだ…今回のここはあなたの脳内にしっかり情報があり、しかも美緒さまの精査済み。まあ、そう言う事だ」


「ほう?岩石の中、ですか。…なるほど…座標…ふむ」


思考を巡らし突然あくどい顔をするヤマイサーク。

思わずエルノールは釘を刺した。


「…どこぞの金庫とかはダメだぞ?それはさすがに良俗から逸脱してしまう。…美緒さまを犯罪集団のボスには出来ん」


「うん?…金庫の中…素晴らしい提案ですが…さすがにそれは想定外でした…サブマスターもなかなかどうして…くくく」


「なっ?!い、いや、そ、そう言う事ではなくてだな…」

「ハハッ。冗談ですよ。…私とて盗人の真似はしたくありませんよ。ご安心ください」


そんな大人二人の会話にジト目を向けるロナン。

ため息をつき核心を口にした。


「…そろそろお客?来そうだけど。…準備とか良いの?」


今ロナンのスキルの効果範囲は約80m。

どうやらこの建物の敷地内に待ち人が訪れたようだ。


「さすがはロナンですね。取引において君の力はまさにチートだ。…ふむ。ロナン、経済に興味はありませんか?」

「経済?…あー、今はいいかな。…俺は戦える力が欲しいんだ」

「戦う力、ですか。…なるほど。では今日お見せしましょう。経済という戦い方を」



※※※※※



やがてノックされるドア。

ロナンが小声でつぶやいた。


「…ジギニアルダの会長補佐メナッサ…うん?この人…っ!?」

「…ロナン、それは大丈夫です。…彼は味方、間違いありません」

「う、うん。…それから…八咫烏?その頭領ルガザート…影使いのオルデン?…3名だね」


思わず驚愕の表情を浮かべるエルノール。

彼とて気配や魔力は探れるほどの練度には届いている。


しかし今のロナンの力、まさにこういう会合などでは圧倒的優位に立てる力だ。


(…ロナンが味方でよかった)


そう思い、エルノールは自身に気合を入れた。


本番はこれからだ。

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