豪奢なつくりの邸宅。
元々侯爵位を得ていた現国王、ニアルデ・ルノ・マルデの住む『王宮』だ。
「…相変わらず自分には金を使わぬ王だ。さっさと新たな宮殿建造すればよいものを」
エレナを伴い訪れたリュナイデル。
馬車を降り玄関ホールの前でしみじみと眺め口にした。
「あ、あの…伯爵様…え、えっと…」
「うん?ああ。緊張しなくていいぞ?何しろうちの国王は気さくな人間だ。何よりお前に対し酷い事をした張本人。文句の一つでも考えておけ」
突然『衣裳部屋』なる場所に連れていかれ、飾り立てられたエレナ。
まったく理解も出来ず、何より見たことの無いような美しいドレスを着せられ、気付いた時には馬車の中。
さらにはいきなり『王に会いに行くぞ』と言われ、すでに思考は吹き飛んでいた。
「ようこそいらっしゃいました。ピスカーヌ伯爵様」
「ああ。すまんな早朝だというのに。王はいらっしゃるか?」
「もちろんでございます。…そちらが例の」
「うむ。…エレナ、挨拶できるか?」
「っ!?」
いきなり振られ挙動不審になるエレナ。
だが主人である伯爵に恥をかかせるわけにはいかない。
彼女はここ10日ほどで教えてもらった淑女のふるまいをどうにか再現し、美しいカーテシーと花がほころぶような可愛らしい笑顔を浮かべた。
「…エ、エレナでございます…い、以後。お見知りおきを…」
「ほう。…お美しいお嬢様ですね。ささ、どうぞ」
どうやら及第点だったようでホッと安堵の息を吐くエレナ。
恐る恐る前を行く伯爵様の後に続いた。
(ううう、き、緊張する)
彼女の心の叫び、それは誰にも伝わることはなかった。
と言うのも。
今の彼女の淑女としてのふるまい。
余りにも完璧で、実はリュナイデルはじめ対応に当たった老紳士、そして近衛の皆は見蕩れていた。
(…才能?いや、違う。…間違いない…彼女は…おそらく…)
正直そういう振舞い。
当然だが一朝一夕で身につくものではない。
おそらく彼女は権威ある家の出身。
しかも確実に記憶を封じられている。
(彼女は捨てられた、と言っていたが…違う)
リュナイデルは確信していた。
(…呪いに近い紋様、そしてあり得ない状況に落とされた彼女…彼女はきっとこの世界のカギとなる女性…)
やがてたどり着く王の執務室。
リュナイデルは瞳に力を入れそのドアをノックした。
※※※※※
コンコン。
「はい。どうぞ…いらっしゃい、お父さん」
「うむ。…ふむ、良い顔をしているな美緒。…休みは良い物だろう?」
「…うん」
にこやかに私の自室を訪れてくれたお父さん。
彼はソファーに腰を下ろし優しい瞳で私を見てくれる。
それだけで私の心は安心感に包まれる。
そしてあふれ出す欲求。
私はそっとソファーから立ち上がり、お父さんの横に腰を下ろした。
「ふふっ。相変わらずお前は可愛くて美しいな…おいで」
「うん♡」
太くてたくましいお父さんの腕。
私はそれに抱き着き、体をお父さんに預けた。
ああ。
なんて安心するの?
ずっとこうしていたい…
「コホン。それでザナーク。…マルデの話とはどういう事なんだ?」
同席しているエルノールが何故かお父さんを睨み付ける。
リンネはやれやれといった表情を浮かべた。
「ああ。どうやらかの大陸の北にあるダンジョン『黄泉の頂』のエンシャントドラゴンが目覚め被害をもたらしたとか。その調査を依頼されてな」
「ダンジョンの調査?」
「うむ。それとな…どうやら記憶を封じられた女性がいるらしいのだ。…エレナ、と言ったか」
エレナ?
うん?
エレリアーナじゃないのかしら?
「お父さん」
「うん?」
「そもそもどうしてライデル王国に行ったの?あそこ特に産業とかないわよね?」
「ああ。あそこにはワシの友がいるのさ。…美緒、トイレのこと、覚えておるか?」
「っ!?あ…」
わたしがこの世界にきてすぐのころ。
不便なトイレに苦戦していた私。
そう言えばあの時試作品を作ってくれたのってライデル王国のドワーフの工房だった。
「ドワーフのジュデルドと言うワシの友だ。腕の良い奴でな。…ワシの部屋に木彫りの動物あっただろ?」
「うん」
「あれもまあ…奴に指導されたものさ」
お父さんの部屋にある木彫りの動物。
生き生きと躍動するその姿。
そっか。
先生がいたんだね。
「…確かにザナークのあの技術は目を見張るものがあるな。…それで?その依頼には期限とかあるのか?美緒さまはしばらくお休みなのだ。まあうちには多くの人材がいる。すぐに対応はできるだろうが…」
今日は2月2日。
一応私はあと3日お休みだ。
「美緒の誕生日を祝った後でいいと思うぞ?…美緒」
「うん?」
「…お前の使命に関係する女性なのだろ?その『エレナ』と言う女性」
「っ!?」
今私は定期的にギルドの皆と同期している。
私が集めるべきメインキャラクター。
あと二人。
もちろん今回齎された情報の女性は名前が違う。
でも。
「…そうですね。美緒さま。…それでいいですか?」
名前が違う事、きっと事情があるのだろうけど。
すでにギルドの皆は確信しているようだった。
彼女エレナ。
恐らくエレリアーナなのだろうと。
※※※※※
時は少しさかのぼる。
王宮を訪れたリュナイデルとエレナは今目の前にいるマルデの国王、ニアルデとともに朝食をとっていた。
「ふーん。君がエレナ?…可愛いな…おい、リュデ。…お前まさか手を出してはおるまいな?」
「…くだらん。…貴様の頭はそういうことしかないのか?」
「おまっ?!…仮にも王に向かってその口の利き方!…不敬であるぞ!!」
「ふん。ならばそれにふさわしい振る舞い、必要だとは思うがな」
エレナはそんな会話を聞きながらまったく味の分からない食事を口に運んでいた。
(うう、だ、旦那様…お、王様に向かって…ひいっ)
この二人は幼少からの親友だ。
もっともリュナイデルは腐れ縁だと思っているのだが。
「ふん。相変わらずリュデは冗談が通じないよね。…うあ、このスープマジでうまい」
そんな様子に、給仕をしている使用人たちが温かい瞳でほほ笑んで聞いていた。
「それで?『観察者』としての見立てはどうなんだ?」
「えー?!いきなり?!…まったく。本当にせっかち君だよなお前」
「…貴様が悠長なのだ。そもそも伝えてあっただろうが。どうして食事すらとっていなかったんだお前は」
一国の王に対しての訪問。
当然前触れは済ませてある。
「…寝坊?」
「はあ」
大きくため息をつくリュナイデル。
まあ。
何時もの事だ。
※※※※※
ともかく食事を終えた3人。
国王の執務室へと移動し、ようやく会談の準備が整った。
「改めて。ようこそエレナ嬢。我が国は君を歓迎するよ?」
「あうっ。よ、よろしくお願いします」
すでに彼女、エレナの現状。
王であるニアルデは認識、幾つかの手続きを終え彼女は今晴れてマルデの国民として登録を済ませていた。
正直メルサーチには住民を管理する法律はない。
何しろ多種族が暮らす国家だ。
一番弱いヒューマン、さらには孤児になど興味はない。
逆にそのおかげで揉めることもなかったのだが。
本当にエレナは運がない。
改めてリュナイデルはそう思っていた。
「ねえエレナ?」
「は、はい」
「君の本名は『エレリアーナ』…間違いはないかい?」
「…はい」
問いかけ天に視線を投げるニアルデ。
その様子にエレナは思わず挙動不審になってしまう。
彼女の脳裏にこびりついた情景、それが思い出される。
『あんたはエレリアーナ…呪われし名前だ…いいかい?それは呪いだがこの世界の摂理。絶対に名を変えること許さない』
既に母親の事は思い出せない。
黒く塗られた記憶の中の母親の顔。
そしてよぎる恐怖。
エレナは思わず自身を抱きしめた。
(…エレナは…彼女にはどんな秘密があるというのだ…)
リュナイデルはその様子をただ見つめるしかできなかった。