ダンジョンをクリアして帰宅すると、家の前には近所に住む少女、ガブリエラが立っていた。
「うっわー、ボロボロ。相変わらずよわっちいねー?」
俺の姿を見つけたガブリエラが、ニヤニヤしながら煽ってくる。
「うるさいなあ。難関ダンジョンに潜ってきたんだよ」
「アデルにとっては難関でも、あたしが潜ったら簡単にクリアしちゃうんだろうなー」
「周りに神童と呼ばれてるからって偉そうにするなよ、このクソガキ!」
「そのクソガキに馬鹿にされてるのは誰なのかなー? 落ちこぼれのアデルバートくん♡」
ガブリエラが俺のことを見上げながら、くすくすと笑う。その顔にははっきりと優越感が表れている。
「ダンジョンに潜ったこともないくせに偉そうにするなよ!?」
「実力を考えると、あたしはいつでもダンジョンに潜れるんだけど、法律がうるさいんだもん。年齢的に来年まで潜れないの」
こうして偉そうな態度を取っているガブリエラは、まだ十二歳だ。
ダンジョンは危険が多いため、この国では十三歳になるまではダンジョンに潜ることが法律で禁止されているのだ。
とはいえ十三歳になったからと言って自由にダンジョンに潜れるのかというと、そうではない。
十八歳になるまでは、保護者同伴でのみダンジョン探索が許可される。
とにかく。今のガブリエラは、保護者同伴ですらダンジョンに潜ることが出来ない年齢なのだ。
それなのにダンジョンでボロボロになって帰ってきた俺のことを、こうやって上から煽ってくるのだ。
「あたしならアデルよりもずっと簡単にダンジョンを攻略できるのになー。あーあ、残念」
「それはどうかな……っていうか俺は年上だぞ!? アデルじゃなくてアデルお兄ちゃんって呼べよ!?」
俺がそう言うと、ガブリエラは少し考えてから言葉を口にした。
「アデルお兄ちゃんは、弱くて情けない雑魚だよねー?」
「さっきより屈辱的になった!?」
俺の反応を見たガブリエラはご満悦な様子だ。
「あっははは! いいね、アデルお兄ちゃんって呼び方。より年下に馬鹿にされてる感が出てて、気に入っちゃった」
「やっぱ今のナシ!」
「いやだよー。アデルお兄ちゃんのざぁこ♡」
「くそっ!」
……と、悔しがっているフリをしている俺だが、心の中では「作戦通り」とニヤケているのである。
なぜなら俺は「メスガキ様」が大好きだからだ!!
俺は昔から、年下の女の子に罵倒されることで生きる活力がみなぎってくるタイプの人間なのだ。
一般的に言うなら変態。
だからこの嗜好については必死で隠している。
そして俺のことを「アデル」と呼んでいた近所のメスガキ様に、今日はついに「アデルお兄ちゃん」と呼ばせることに成功した!
近所のメスガキ様ことガブリエラのメスガキ度がぐーんと上昇したのだ!
ああ、祝いたい。
君が「アデルお兄ちゃん」と言ったから、今日はメスガキ記念日。
家に帰ったら、一人で記念日を祝おう。
……ただし勘違いをしないでほしいのは、俺は十二歳であるガブリエラに性的なことをしたいわけではない。
俺はそんな危険な性癖を持ち合わせてはいないのだ!
ガブリエラには、ただ俺のことを馬鹿にしながら「ざぁこ♡」と言ってほしいだけだ。
うん、健全!
しかしこんなに健全なのに、この性癖を公にすると変態扱いをされてしまう。
だから俺はこの性癖を隠しつつ、ガブリエラにメスガキムーブをしてもらっているのだ。
「じゃああたしは帰るから。またね、雑魚のアデルお兄ちゃん」
「雑魚って言うな! ……気を付けて帰れよ。最近子どもを狙った誘拐が増えてるんだから」
「はいはーい」
俺のことを散々罵倒したガブリエラは気が済んだらしく、さっさと帰ってしまった。
本当はもっともっと罵ってほしかったのだが、あまり帰りが遅くなるとガブリエラの親御さんが心配をするだろうから引き留めることはしないでおいた。
この町は最近物騒だし。
それに今日これ以上のメスガキ成分を頂いてしまっては、キャパオーバーを起こしかねない。
「アデルお兄ちゃん」呼びでの罵りで、すでに鼻血を出しそうなくらいなのだ。
俺は家に着いて早々シャワーを浴びると、ベッドに寝転がった。そして枕を抱きつつ転げまわる。
「アデルお兄ちゃんのざぁこ♡、いただきましたー!」
今日のガブリエラは最高だった。理想だ、理想すぎるメスガキ様だ!
俺みたいな性癖の人間に見つかったら、きっとガブリエラは粘着されてしまうだろう。
こういう性癖の人間にとって、相手に粘着した結果、蔑まれることもまたご褒美だからだ。
同胞ながら、なんて厄介な存在なのだろう、と思う。
「ダメだ、抑えろ俺。メスガキ好きとして、メスガキ様に迷惑をかけてはいけない」
メスガキ様が気持ちよく罵ることが第一だ。
調子に乗ったメスガキ様が、この世で一番そそるのだから!
「……なのに、なんでこんな実力なんだよ、俺」
懐から杖を取り出して眺める。
メスガキ様にざぁこ♡と罵られたい俺は、実はかなりのチート魔法使いである。
なんて悲劇だ!
メスガキ様とこれほど相性の悪い人間は他にいるだろうか。いや、いない!
「俺はダンジョンに苦戦してメスガキ様に罵られたいのに! そんな簡単なことがこんなにも難しいなんて!」
実力がありすぎる俺は、ダンジョン内で頑張って愚鈍を演じている。なんだよ、愚鈍を演じるって。正真正銘の愚鈍であれよ、俺!
しかし愚鈍を演じてボロボロになっていたおかげで、俺がダンジョンで苦戦したと勘違いをしたガブリエラからざぁこ♡を頂けたからまあいいか。
「それに今回もダンジョン内ではパメラちゃんに馬鹿にしてもらえたんだよな」
パメラちゃんというのは、同じパーティーに所属しているメスガキ様だ。
ガブリエラよりも少し年上の十四歳。俺はこの子目当てで今のパーティーに入ったと言っても過言ではない。
ただ同じパーティー内にパメラちゃんの兄であるサイラスがいるから、パメラちゃんが俺のことを罵り始めるとサイラスがパメラちゃんを注意してしまう。
パメラちゃんに他人を罵るような人間になってほしくないという兄心なのだろうが、俺としては、余計なことはしてくれるな!状態なのだ。
俺はパメラちゃんに罵ってもらうために頑張ってボロボロになっているというのに。
しかしサイラスに注意をされ続けた結果、パメラちゃんは直接的に罵るのではなく嘲笑をするようになっていった。これはこれでイイ!
「ガブリエラが直接的な罵り、パメラちゃんが嘲笑。うん、バランスが取れてるかも!」
明日もダンジョンに潜る予定だから、またパメラちゃんに嘲り笑ってもらえる。
今日も最高の嘲笑を頂いたというのに、明日もまたあの笑顔を頂けるなんて。
心の底からあのパーティーに所属できてよかった!