「ここが研究室です」
冷や冷やすることもないまま、長い廊下を歩ききった俺たちは、研究室の前までやってきた。
「誰にも会わなくて良かったです。危うく僕のクビが飛ぶところでした」
「こんな屋敷、早く辞めた方がいいだろ」
「少し魔法が使えるだけの半端モノには大した就職先が無いんですよ。冒険者になったとしても、どうせ捨て駒にされるのがオチです」
「じゃあうちのパーティーに来るか? サヴィニアのためにモンスターをダンジョンに運んでた過去があるから、思いっきりこき使うだろうが」
「あはは、考えておきます。それより……覚悟は良いですか?」
ベネディクトの声色が変わった。
この扉の先には、冗談を言っていられないような光景が待っているのだろう。
生唾を飲み込む。
「俺は見ないといけないんだ。扉を開けてくれ」
ベネディクトが懐から取り出したカギを差し込む。
そしてカギの開いた扉を一気に開いた。
「う、うぐっ…………」
叫び出しそうになる声を、無理やり飲み込んだ。
目の前にはあまりにも壮絶な光景が広がっていたのだ。
後ろから扉の閉まる音とカギを閉める音が聞こえてきた。
閉じ込められたのかと横目で確認をすると、ベネディクトは誰かが入ってこないように扉を閉めただけのようだった。
「酷いものでしょう?」
ベネディクトが溜息交じりに言った。
「パーティー入りの話はやっぱり無しだ。これを見てなおサヴィニアに協力してるようなやつとは、一緒に行動できない」
「でしょうね。僕でもそう言うと思います」
俺たちの目の前に広がっているのは、いくつもの水槽だ。
水槽の中にはそれぞれ子どもたちが浮かんでいる。
「水槽の中を満たしてる液体は、モンスターの羊水です。ここにはモンスターの細胞に適合した子どもたちが入れられてます。融合実験前最終段階の子どもたちと言い換えてもいいでしょうね」
「……他の子どもたちは?」
「最終段階に入る前までは普通に暮らしてますよ。普通に暮らしつつも、少量ずつモンスターの細胞を体内に入れられてはいますけど」
先程は叫び声を出さないようにするために口を押さえたが、今度は吐かないようにするために口を押える羽目に陥った。
こんなもの、一秒たりとも見ていたくない。
「……ベネディクトはよく平然としてられるな。尊敬するよ」
皮肉を込めてそう言うと、ベネディクトが困ったような顔をした。
「最初は僕もアデルバートさんみたいな反応だったんですけどね。この屋敷にいるうちに、僕は狂ってしまったのかもしれません」
二度と見たくなかったが、もう一度水槽を眺める。
子どもたちの浮かぶ水槽を。
「これは、現実なんだ。直視しないと。大人として、目を背けちゃいけない!」
俺はメスガキ様が好きで、たぶん誰よりもメスガキ様を愛していて。
実のところ、メスガキ様だけではなく、少年のことも好きで。
要は子どもが好きで。
だから子どもにはどこまでも調子に乗ってほしくて、生意気な態度を取ってほしくて。
自分が世界の中心だと思うくらいには、自分に価値があると思ってほしくて。
たぶん俺は、何者にもなれる、未来の象徴である子どもを、眺めることが好きなのだ。
子どもを愛することは、この世界の未来を愛することだから。
俺は、未来に希望を見たいのだ。
きっとそれが、アデルバートという人間なのだ。
どこにでもいる、ありふれた……。