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第25話


「ああっ、そんな……」


 しっかりと見たことで水槽の中によく知る顔を見つけた俺は、膝から崩れ落ちた。

 孤児院でよく一緒に遊んでいたうちの一人、ジャスミンが水槽内に浮かんでいたのだ。

 他の水槽にも、孤児院で目にしていた子どもたちの姿がある。


「みんな……こんな姿で見たくなんかなかった……」


 膝をついたまま水槽を眺め続けていると、ベネディクトが水槽の並んだゾーンを通りすぎ、一つの扉の前に立った。


「このまま水槽を眺めて朝を迎えますか?」


「……この研究室には、他に何があるんだ」


 もう俺の精神はいっぱいいっぱいなのに、これ以上の悲劇が待っているというのだろうか。

 俺が絶望の目でベネディクトを見つめると、彼は困ったような顔になった。


「研究室のさらに奥には、子どもたちを腹の中に入れたモンスターがいますよ。融合実験中の。そこの水槽からさらに実験が進んだ状態の子どもたちですが、見た目の刺激は少ないかもしれませんね。外側はただのモンスターですから」


 俺たちのパーティーがダンジョンで出会った例のモンスター、そして先程ベネディクトがダンジョンに放ったモンスター。

 その状態の子どもたちがいるということだろう。


「ポピー……」


 やはりあのとき出会ったモンスターはポピーだったのだろうか。

 それに最初に出会ったモンスター。

 あのモンスターは「ダア」と叫んでいた。

 あれは「ダリア」と言いたかったのではないだろうか。

 孤児院の子どもたちは、自分を主張するために、自分自身のことを名前で呼んでいたから。


「俺は、あの子たちを……」


 救えなかった。

 あんなに仲良くしてたのに、救えないどころか気付きさえしなかった。


「……俺にメスガキ様を語る資格は無いな」


 少しでも気分を上げようとおどけてみたものの、楽しい気分になるわけがなかった。

 俺はあの子たちに何をしてあげられたのだろう。

 あの子たちはどうなってしまったのだろう。


 ……モンスターの行く末など分かり切っている。

 冒険者に殺される。

 しかも失敗作と呼ばれる融合体だ。

 ギルドは事実を隠蔽するために、率先して殺すだろう。


 こんな現実、見たくなんてなかった。


「でも、見るよ。同じ大人の不始末は、大人が片付けないといけないから」


 こんなものを子どもに残してはいけない。

 子どもに片付けさせてはいけない。

 俺が、すべてぶっ壊す。


「じゃあ開けますよ。モンスターは眠らされてますので、大きな声は出さないでください。あくまでも眠ってるだけですからね」


 ベネディクトが扉を開ける。

 部屋の中にいたのは、ただのモンスター……に見える、人間の子どもを腹の中に入れたモンスター。

 その姿を見た瞬間、ダムが決壊した。

 泣くまいと思っていたのに、次から次に涙があふれてくる。


「こんなことをされるために生まれてきたわけじゃないのに……」


 モンスターの腹の中に入れられた子どもたちは、もう人間の姿で死ぬことは出来ない。

 人間として生まれ、人間として生きるはずだったのに、その未来を奪われた。

 身勝手な大人に。


「……どうすればこの研究所を再起不能に出来るんだ」


「まずは機械をすべて壊すことです。資料もすべて焼き払ってください。ですが研究者がいたのでは、また同じものを作られてしまいます。研究者を殺すか、二度と終結できないように散り散りにする必要があります。そしてサヴィニア様の財力。二度と研究者を集められないようにすることも大切でしょう」


「……やることが多いな」


「それでも、あなたはやるつもりなんでしょう?」


 もちろんだ。

 こんなものを後世に残していいわけがない。


「……一つ聞いても良いか? モンスターの腹の中に入れられた子どもたちを助けられないことは分かってる。でも水槽の中にいる子どもたちはまだ助けられるんじゃないか?」


「水槽を壊すつもりですか? 最初に言ったでしょう。やるときは一気にやってくれ、と。水槽を壊したりなんかしたら、警備が厳重になったり、資料を複製されて別場所に保管されてしまいます」


「目の前にいるのに、助けられないのか」


 俺は扉の先、水槽に入った子どもたちに目を向けた。

 そして今度は目の前のモンスターに視線を戻す。


「全員、助けられないのか。しんどいな」


「全員かは分かりません」


 沈んだ声を出す俺に、ベネディクトが声を掛けた。


「モンスターの腹の中にいる子どもが人語を話せるかどうかは、腹の外から魔法で確認します。人語確認は期間を開けて全部で十回。十回すべてに失敗すると、今日のように失敗作としてモンスターごとダンジョン内に放たれます」


 ベネディクトが一体のモンスターを指差した。


「こちらのモンスターから、九回、八回、七回……と順番になってます。つまり九回人語確認に失敗してるこのモンスターの中の子は、次に失敗したらダンジョン行きというわけです。そしてその子の代わりに、新たな子がモンスターの腹の中に入れられます」


「……その人語確認はいつ行われるんだ?」


「日曜日です。もしも今週末までに研究所を壊せないなら一人が融合体に、来週末までに壊せないならさらに一人が融合体になります。逆を言えば、早く研究所を壊すほど、救える子どもたちが増えるとも言えます」


 今日は金曜日か。

 あまりにも時間が無いが、子どもの命が掛かっているのだ。

 決行は今週中にするべきだろう。


「……仲間に話してみる。嫌とは言わないと思うが、もし断られたら俺一人でやる。その場合は研究者の命は諦めることになるだろうがな」


 さすがに俺一人で研究者全員を別場所に移動させることは出来ない。

 だからパーティーメンバーが賛同してくれなかったら、研究者は殺すしかない。

 誰かを救うために誰かを殺すことなんてしたくないが、覚悟を決めるべきなのかもしれない。

 子どもたちを移動させた後、重力魔法で研究所を丸ごと押し潰す覚悟を。


「頼むぞ、みんな」


 俺は祈りながら、研究所を去った。




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