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第5話


 案内された場所は、敷地内にある広場だった。

 広場の端には試験官らしきメガネの男性が座っている。


「では、ここで特殊能力を使ってください。筆記試験は実践では何の役にも立ちませんので、省略させて頂きます。つまりここで披露した特殊能力次第で合否が決まります。さあどうぞ」


 広場に到着すると同時にヒーロー認定試験が始まった。

 心の準備もへったくれもない。


「……ふう」


 一度下を向いて息を吐く。

 今、試験官の目の前で良い結果を出せばヒーローになることが出来るらしい。

 筆記試験が無いのはありがたいかもしれない。


 俺はセンターマイクを中央に置くと、ダイに目配せをした。ダイが俺の目を見て頷く。


『はい、どーもー。爆ウケダイナマイツです! こっちが佐藤ウケルでー』


『こっちが本山ダイです』


 よし。いつもより緊張はしているものの、声はきちんと出ている。

 なお隣に立つダイはいつもと全く変わらない様子に見える。小心者に見せかけて、俺よりもよっぽど肝が据わっている。


『最近は魔物が多くてかなわんなあ』


『本当だよね。今やデパートで魔物専用の服も売ってるらしいよ。免税対応までしてるんだって』


 俺たちの漫才を、試験管がじっと見ている。

 試験官はまじめを絵に描いたような外見で、とてもお笑いに興味があるとは思えない。その証拠に小ボケを何個かましても真顔のままだ。

 さすがに最後の大オチでは笑うのだろうか。

 それとも。


『だから、僕は魔物よりもゾウさんの方がもっと好きです!』


『なんでやねーん!』


 静寂。

 予想していたことではあるが、恥ずかしいものは恥ずかしい。ウケなくて悔しい。情けない。


 それらの感情を胸にセンターマイクを握り、マイクを空に向ける。

 すると激しい光が空へと舞い上がった。

 どうやら上手く特殊能力を出力できたようだ。

 これは合格間違い無しなのでは!?


「ほう。申し分ない威力ですね」


 俺の特殊能力を見た試験官が空を見ながら呟いた。好感触に思える。

 やはり、これは合格なのではないだろうか!?


「どうでしたか?」


 ダイも俺と同じことを思ったらしく、質問する声に期待の色が混じっている。


「そうですね……ネタをもっとコンパクトには出来ませんか? 特殊能力の前に漫才を披露するのは時間が掛かりすぎるので、こう一発ギャグとかは無いんですか?」


 なんか普通のお笑い番組の審査みたいだ。

 同じようなことを言われた経験がある。


「俺たちは一発ギャグではなく、正統派お笑い芸人でやってきたんです。これからもその方針を変えるつもりはありません」


「一発ギャグも、れっきとした芸だと思いますよ」


 試験官が分かったようなことを言ってくる。

 漫才と一発ギャグはまったくの別物なのに!

 同じ魚を扱う業種でありながら漁師と寿司屋が全く別の技能を必要とするように、漫才と一発ギャグも全く別の技能を必要とするのだ。

 ごくまれにある自分で釣った魚をさばいて提供する寿司屋みたいに、ごくまれに両方を行なう芸人がいるだけだ。

 その希少な人物を見て全体だとは思わないでほしい!


「今からでも一発ギャグを作ってみる気はありませんか?」


「そういった芸を否定するつもりはありません。それでも俺たちには俺たちのポリシーがあるんです!」


 本当はちょっぴり一発ギャグと、ついでに音楽ネタをする芸人を下に見ているところがあるが、今ここでそれを言わないだけの分別はある。


「ふむ。『爆ウケダイナマイツ』は漫才だけではなくコントもやっていると伺いましたが。コントは良いのですか?」


「コントは正統派じゃないですか! 一発ギャグや音楽ネタとは違います!」


 俺の主張を聞いた試験官は意味が分からないとばかりに首を傾げた。


「うーん。先程から何も喋っていない本山さんはどう思いますか?」


 急に話を振られたダイの肩がびくりと跳ねた。

 さては自分には話を振られないだろうと思って気を抜いていたな。


「あー……えっと、一発ギャグや音楽ネタにはそれに適した才能が必要で、僕たちにはそれが無いんだと思います」


「おい、ダイ!?」


 開口一番、自分たちの評価を下げることを言うダイを咎めた。


「だってネタが思いつくならとっくにやってるでしょ、一発ギャグも音楽ネタも。ウケルって笑いのためなら何でもやる性格だし。そのウケルがやらないってことは、そういうことでしょ?」


「そうだけども! 試験の場でそういうことを言うなよ!? 落ちるだろ!?」


 確かに前に一発ギャグと音楽ネタを考えようとしたことがある。

 しかし全く思い浮かばなかったから、それ以来考えることをやめた。

 そして一発ギャグと音楽ネタは低俗だからやらないのだと理由を付けた。

 思いつかないと認めることが屈辱だったから。


 この話はダイにしていなかったはずなのに、まさか勘付かれていたとは。


「あー……えっと、今の話で試験に落ちちゃったり、します?」


 ダイが気まずそうな顔をしながら試験官に尋ねた。

 すると試験官は静かに首を横に振った。


「お二人は勘違いをされているようですが、私たちは特殊能力の発動に時間が掛かったとしても不合格にすることはありません。そう言った人は、急を要さない現場に送り出すことも出来ますので。ただ、遅いよりは早い方が好ましいというだけです」


「なんだ、良かった」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 しかしそれは早合点だった。


「ですが、安定して特殊能力が発動しない者をヒーローとして認定するわけにはいきません」


 試験官が真顔のまま俺たちのことを見た。

 いやいやいや、この試験官は何を言っているのだろう。

 先程俺はしっかりと特殊能力を発動させたし、その様子を試験官はしっかり見ていたはずだ。

 もしかしてこの試験官は、短時間で記憶を飛ばしてしまったのだろうか。


「今さっき特殊能力が発動したところを見ましたよね?」


 俺が恐る恐る確認をすると、試験官が溜息を吐いた。


「見ましたけどね、あれでは合格に出来ないんです。あなた方にも分かるように、追加の試験官を投入するので、もう一度特殊能力を発動させてみてください。ちょっと君、赤沢君を呼んできてもらえるかな」


 俺たちが困惑していると、試験管が近くにいたスタッフを呼びつけた。

 少ししてから広場にやって来たのは、二十代前半くらいの男性だった。


「赤沢君、ここで一緒に彼らの漫才を観てほしいんだ」


「仕事中に漫才が観れるんですか!? 観ます!」


 赤沢と呼ばれた男性はウキウキした様子で、メガネの試験管の隣に座った。


「お二人さん、もう一度漫才をしてくれますか? 同じネタでも違うネタでも構いませんので」


 顔を見合わせた俺たちは、センターマイクを置き直して再び漫才を始めた。


『はい、どーもー。皆さんご存知、爆ウケダイナマイツです! こっちが佐藤ウケルでー』


『こっちが本山ダイです』


『最近は魔物が多くてかなわんなあ』


『魔物が増えたせいでハロウィンの仮装グッズが売れなくなったらしいよ。魔物と間違えられて攻撃されちゃうから』


 ダイが先程とは違うネタを始めた。同じネタしか出来ないと思われることを避けたかったのだろう。

 ダイの意見には俺も賛成だ。


 ちなみにダイの最初のセリフを聞くだけで、どのネタをやるつもりなのかはすぐに理解できるし対応もできる。

 ネタを書いているのが俺なことも理由の一つだが、何よりコンビ芸人とはそういう阿吽の呼吸が出来る存在なのだ。


 そうして、つつがなく漫才は進み、大オチまでやってきた。


『やっぱりハロウィンは団子に限るよね!』


『なんでやねーん!』


 静寂……は、訪れなかった。


「あっははははは!!」


 赤沢と呼ばれた男が腹を抱えて笑い始めたからだ。


「なんで団子ッ!? やばい、面白すぎる! 腹よじれる!」


 こんなに笑いをとったのはどれくらいぶりだろう。

 嬉しさのあまり感動すらしてしまった。


「ウケル、試験中だよ。センターマイクを握って」


 ダイに指摘されてハッとした。

 そうだ、俺たちはヒーローになるために特殊能力を発動させないといけないのだった。

 俺は力いっぱいセンターマイクを握った。


 ……が、しかし。


「あれっ!? おい、出ろって!」


「どうしたの、ウケル?」


 いくら待っても一向に特殊能力が発動しない。


「早く出ろよ、なんでだよ!?」


 センターマイクに向かって怒鳴る俺に、メガネの試験官が声をかけた。


「私の言葉の意味が分かりましたか?」


「これは、その」


 俺が焦っていると、メガネの試験官が隣に座る赤沢の肩を叩いた。


「世の中には箸が転がっただけで笑ってしまうゲラな人がいます。ここにいる赤沢君のようにね」


「あははは、さすがに箸が転がったくらいじゃ笑いませんよ。たぶん」


 いや、この人は絶対に笑う。

 お笑いライブの観客が全員この人だったらスベりとは無縁に違いない。


「現場に彼のようなゲラな人がいた場合、あなたたちは特殊能力が使えず、役立たずになります」


「それは……はい」


 試験官の言った通りのことが起こった以上、言い訳は出来ない。


「ごめん、ダイ」


「謝らないでよ。僕なんか隣にいるだけなんだから」


 ダイはせっかく俺のワガママに付き合ってくれたのに、情けない。

 こんな結果になるなんて思っていなかった。


「分かって頂けましたね? 特殊能力の発動に時間が掛かることは許容できますが、安定して特殊能力を発動できない人をヒーローとして認定するわけにはいかないのです」


「……よく分かりました」


 意気消沈する俺たちに、メガネの試験官が微笑みかけた。


「あなたたちに才能が無いわけではありません。むしろ才能の塊です。安定してスベれるようになったら、またヒーロー認定試験を受けに来てくださいね」


 俺たちの漫才では一切見せなかった笑みをここで見せるなんて、芸人として負けた気がした。




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