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牙城


 女の細首を圧し折るのは容易いことだ。能力で強化されている段階で少し指に力を込め、肉を潰せば勝手に死ぬ。だが、殺す前に聞かねばならないことがある。それは、この建物に存在する妖魔の卵の数と場所、仲間の教団員の配置だ。


 「苦しんで死ぬのと、楽に死ぬ。妖魔の卵と貴様らの仲間の配置を吐けば一瞬で殺してやる。どうする? 教団員」


 「斬ーーー魔ッ!!」


 「黙れよ、聞き飽きたセリフになんざ何の価値も無い」


 指を潰し、口を塞ぐ。血走った目が激痛に歪み、厚手のグローブに犬歯が食い込んだ。


 「チャンスは三回。仏の顔も三度までって言うだろ? 

殺すも生かすも神の采配……貴様の命の手綱を握っている俺が神ってワケ。分かりやすいだろ? なぁ?」


 拷問は痛みと苦しみを与えた方が理に適っている。残る指は手足含めて十九本……いや、肉を潰すとなれば三十八ヶ所か? まぁ、そんなことはどうでもいい。


 もう一本の指に手を掛け、折れる寸前まで曲げると「二階に一個! 四階に三個! 五階に二個! 仲間は全員五階に居る!」女の叫び声がエレベーター内に響いた。


 「信仰心ってのが無いのか? えぇ? 脆いな、お前の忠誠心は。約束通り楽に殺してやるよ。嘘か本当か分からないけど」


 女の首を圧し折った俺は死体を刺し殺した男の上へ放り投げ、二階への上昇ボタンを押す。充満する血の臭いが喉の奥に溜まり、息を吐き出す度に俺の一部と同化するような嫌な気分。教団員と妖魔を殺すことに躊躇せず、一切の疑問も抱かない。何故なら、俺は斬魔に属する人間なのだから。


 敵を人間と認識してしまえば剣が鈍り、迷いが生まれ、つけ込まれる隙を与えてしまう。斬魔の新人教育カリキュラムで先ず始めに叩き込まれることは救済の血への敵対意識だ。どれだけ優れた能力を持つ者であろうとも、人殺しに抵抗があれば簡単に命を落とす。そんな連中を多く見てきたが故に、敵と認めた相手は話し合わずに即排除。敵への情けは自分の為にはならない。


 階層ランプの数字が切り替わり、扉が開く。間髪入れずに飛びかかってきた狼型の妖魔を一太刀で斬り伏せ、銃火器を構えた教団員を視界に入れた俺はギアをセカンドへ入れる。


 ガコンという音が脳内に響き、螺旋を描きながら空を裂く銃弾がピッチングマシーンから投げ放たれた野球ボールのように迫っていた。球速換算で約八十キロメートル。剣の腹で縦断を弾き、蚊にも劣る速度で振り返る教団員の首を刎ねる。


 ファーストからセカンドへのギアシフトは、反射神経と反応速度といった肉体の神経系を大幅に強化する段階だ。セカンドの状態であれば銃器の攻撃は無意味と化し、獣形態の妖魔ならば欠伸をしながら殺すことができる。


 銃弾を弾き返し、噎せ返るほどの硝煙の中をただ只管に駆ける。立ちはだかる教団員を単純作業のように斬り、妖魔の卵を見つけては叩き潰す。血がべっとりと付着した剣は既に切れ味を失い、鈍らの鉄塊と化しているが逆に都合が良い。打撃の方が刃の損耗を気にする必要がなくなるから。


 それにしても「斬魔!? くそ、何なんだよコイツは!?」

どれだけ殺そうと教団員はゴキブリのように俺の眼の前に現れ「これ以上進ませるな!! 上には聖女様が、あの御方が居る!!」フザケた文句を言いながら命を散らす。


 「斬魔!! 世界の病巣め!! 我々の救済の邪魔をするな!!」


 「……そうかよ、せめて黙って死んでくれりゃ楽なんだけどな。お互いの為にさ」


 男の頭を叩き潰し、腕を引き千切りながら銃を奪う。邪魔な妖魔へ鈍らの剣を打ち込み、血塗れの銃を手にした俺は死体を肉壁として更に奥へ突き進む。


 聖女……斬魔内外で噂される『救世の血』のトップ。その姿を見た者は誰一人として居らず、聖女という呼び名だけが一人歩きする諸悪の根源。教団のトップがこのビルに居るのなら好都合。冷えた殺意が再燃し、上層へ駆ける足が速度を増す。


 殺すべきだ、聖女を。


 殺さなければならない、この呪いの連鎖を断ち切る為に。


 相手が女であろうと男であろうと関係ない。教団が生み出す呪いを斬る為に斬魔が存在するならば、斬魔に属している俺は聖女を殺す義務がある。鮮血に染まりながら階段を駆け上がり、仰々しい扉の前に立った俺は通信機に指を当てる。


 「鏡花」

 『銀次、上からの指示があるわ』


 「へぇ、俺からもお前に知らせることがある。この建物に聖女が居る」


 『聖女が? 冗談でしょう?』


 「教団員の断末魔からの情報だがな。それでよ、多分この先……扉の向こうに居る可能性が高い。一応視覚情報を送るぜ?」


 仮面の視覚映像同期機能を作動し、ビル外の如月へ情報を送る。作戦行動中の映像を省いて。


 『……先に言っておくけど、上は貴男に待機を命じているわ』


 「理由は?」


 『後処理と生き残った教団員を捕らえる為。情報が欲しいのよ、上も』


 「ハッ! 大規模養殖施設を見逃してた馬鹿共の言うことなんざ聞くかよ。待機? 知るか、突入するぜ? 俺は」


 『銀次!』


 通信を強制的に切った俺は扉を蹴り開け、三人の黒衣の男女と純白の少女を見据える。


 「……斬魔か。下位の妖魔使いでは話にならんと思っていたが、何だ……ただの小僧ではないか。どうする? 獣牙よ」


 「剣鬼、聖女の代わりに戦うのが俺等の役割だろ? 成すべきことは一つ……敵の排除と聖女の守護。魔姫、テメエは」


 「えぇ、分かっているわ。彼女の祈りが終わり次第、痕跡を残さず撤退する。信濃川の処理はあなた達の両分よ? 剣鬼、獣牙」


 如何にもーーー。黒衣の男二人が真紅の瞳に殺意を滾らせる。刹那、身体中から脂汗が吹き出し、脳が危機を知らせた。


 先ず始めに思い浮かんだ光景は圧倒的な暴力による惨殺と、首と四肢を吹き飛ばされる己の身体。燃える殺意に灰を被せられ、冷えた血が巡ると同時に強化段階を引き上げねばならないと自ずと悟る。


 「遅い」


 「ーーーッ!?」


 腹が斬られ、血が飛び散った。


 「獣牙」


 「あいよ」


 ミサイル弾頭を零距離でぶち込まれたような衝撃が腹を突き抜け、胴体の骨もまた一瞬にして砕け散る。内臓破裂と粉砕骨折……滅茶苦茶に回る視界。


 「弱いねぇ、本当にただの餓鬼だったのか? 斬魔の質も落ちたもんだな。そう思わねぇか? なぁ、剣鬼」


 「……塵を評価する必要など無い」


 「何だぁ? 怒ってんのか? まぁ仕方ねぇか、全員殺されちまったもんな。コイツによぉ」


 「死は万人に与えられる真の平等だ。それが遅いか早いかの違い。感情を抱く意味も無し。そうだろう? 獣牙」


 「違いねぇが、そんな哲学的な話は無しにしようぜ? 単純に生きるか死ぬか。それだけだ」


 獣牙と呼ばれる男の足音がフロアに響き渡る。壁の反響音と肌に伝わる振動音から、奴の体重は約五百キロ前後といったところか……。


 「獣牙」


 「あぁ?」


 「手負いの獣は凶暴だ。ぬかるなよ」


 「ご忠告どーも。先代殿」


 命の危機が能力へ燃料を注ぎ込み、意思のシフト・レバーを押し上げる。


 死へ近づけば近づく程に殺意はより鋭さを増し、煌めく刃を肉体という鞘から身を覗かせる。敵の命を刈り取れと、生き血を啜れと囀りながら、耳元で。


 「やるかい? 斬魔の小僧」


 グゴンーーーと、レバーがギアに嵌まる音が響く。


 「獣牙」


 「あぁ」


 「塵が雑魚に成り上がった」


 「知ってる」


 「助力は必要か?」


 「アンタみたいに言うなら、不要だよ。俺にはな」


 破裂箇所を特定、肉体の損傷を分析。サードギアによる超回復及び強化段階の底上げを実行。拉げた腕がビンと真っ直ぐに伸び、上天していた眼球も元の位置に戻る。口腔内に溜まった血を吐き出し、跳ねるように立ち上がった俺は口元を拭いながら獣牙を睨む。


 「じゃぁ……第一ラウンドといこうじゃねぇか。斬魔」


 「……上等だ、ブチ殺してやるッ!」


 拳を構え、巨漢の男へ歩を進めた。






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