「む、流石にそれは……」
俺の提示した金額に、ケリュム・バルバレーが顔を歪める。背後で聞いていた他の十二家の連中も唖然としていた。
提示した金額は、叙爵を金で受ける際の相場——絶対の相場はないが、過去の例から算出――の三十年分に色を付けた物だ。まあかなりの大金ではあるが、彼らなら決して払えない額ではないだろう。もちろん、死ぬ程痛い出費になりはするだろうが。
「それは欲が過ぎるのではないか!」
我慢できなかったのか、ザゲン・モンペが前に出て唾を飛ばして来る。やかましい奴だ。
「そうですか?この三十年間、コーガス侯爵家の従家として皆様方が受けた恩恵に相当する額の筈ですが?」
「ふざけるなよ!徐爵の対価はちゃんと払っておる!今更その事にケチを付けられるいわれはない!」
「ケチをつけている訳ではありませんよ。貴方方が当時のコーガス家の足元を見た様に、我々も貴方方の足元を見て有利に進める。それだけです」
弱った人間に付け込む様な真似をしておいて、何故その相手から正当な取引が引き出せると思うのか?
「因みに……先程申しました額の三十分の一ずつを、今後は毎年支払っていただく事になります」
「なんだと!?」
最初に請求したのは今までの三十年分でしかない。当然彼らには、契約満了までの残り七十年の分もちゃんと支払ってもらう。
「ユーシャー様。その提示額を、わたくし達が本気で支払うとでも?」
ポワレ・モンクレーも我慢できなかったのか、横から口を挟んで来た。
「お好きにどうぞ。その場合、このまま定期会議が続くだけですので。ただ先ほども申しました通り、魔物は日を追うごとに凶暴になっていますから……私としましては、皆さんのご無事を祈るばかりです」
帰りはもっときつくする。そうなれば護衛を引き受ける奴らは一気に減るだろうから、人件費はさらに膨れ上がる事だろう。
「くっ……ならばこの暴挙を国に訴えて、爵位を返上するまでだ」
「そんな物、通ると本気で思っているのですか?会議の開催頻度に関しては、再興のためと説明申し上げたはずですが?」
短期間に何度も会議をするのは確かに非常識ではあるが、物事はケースバイケースだ。こちらには、再興に際して密なやり取りをしているという名分がある。そしてその名分がある以上、たかが会議の頻度が高い程度で訴えが通る筈もない。
「頻度はともかく、こんな危険な場所で会議を開く事自体が非常識ですわ。国だってその事を考慮してくれるはずよ」
「コーガス侯爵家は、ここしか領地を持ち合わせておりません。貴族会議を唯一の領内で行うのは当然の話ではありませんか?別の場所で行えと言う方が、余程無茶で非常識な訴えになるかと」
自らの領地で会議を行うのは当然の事。むしろ借地なんかで開く方が遥かに非常識だ。なのでコーガス侯爵家がこの場所で会議を開く事について、国は落ち度とは認めないだろう。
「「……」」
訴えてもどうにもならない。そうハッキリと提示すると、ザゲンとポワレが悔し気な表情で黙り込んだ。
「コーガス侯爵家は……我らに歩み寄る気はない、という事ですかな?」
「ケリュム殿、勘違いされないでいただきたい。提示した金額は、最大限歩み寄った結果です。ですので、これ以下の条件は絶対にありえません」
妥協は一切受け付けない。そうハッキリと宣言する。このまま、ハイエナ共に甘い汁を吸わせてやる気など更々ない。
「く……話にならん!帰らせて貰う!」
ザゲンはそう宣言し、会議室から出ていってしまう。その後に他の十二家も続く。
――だが、ケリュムだけはその場に残った。
「ユーシャー殿。先程の額、我がバルバレー家は支払いましょう」
どうやら彼だけは求めに応じるつもりの様だ。金銭的に見ればマイナスだろうが、余計なリスクや手間を負うより支払った方が良いと判断したのだろう。提示額をポンと支払ってくれるとか、流石十二家で一番大きく儲けている家だけはある。
「賢明な判断です」
「まあ仕方ありませんな。欲をかけば、手痛いしっぺ返しが来る事もある。もちろん、その辺のリスクは計算したうえで行動してはいましたが……」
ケリュムが真っすぐに
「では此方が書類になっております」
書類はこの土地の借地関係の契約書である。こんな物を出したのは、金を巻き上げたのではなく、あくまでも高額な土地を貸し出した。という名分にする為だ。
実際の所はどうであれ、名分は必要不可欠である。なにせ貴族は面子を大事にするからな。この辺りを疎かにすると、周りから侮られる事になりかねない。
「ふむ……」
ケリュムが書類に目を通す。
「金額と場所以外は至って普通の内容ですな」
当然だ。あくどい事をするつもりは更々ないからな。
え? 酷い会議を開催しているのはあくどくないのか?
それは本来あるべき形に正すための行動。つまり正義だ。恥じ入る部分など微塵もない。
「支払いは後日でもよろしいかな?流石に、この場にではち合わせておりませんので」
「構いませんよ」
ケリュムから書類を受け取り確認する。書類にはしっかりと印が押されているので、これで契約成立だ。
因みに、この契約書には魔法がかかっており、契約を違えるとペナルティが発生する仕様となっている。もちろんその旨も契約書にきっちり記載してあるぞ。記載なしだと、誓約系の魔法はこの手の契約書にかけられないからな。
「時に……これでワシのした事の、禊は済んだと思って宜しいかな?」
「もちろんです」
金で解決。それですべてオッケーとは言わないが、些細な事をいつまでも引きずるのはマイナスでしかない。なのでケリュムとの貸し借りはこれでゼロとする。
「そう言って貰えると有難い。では、これからはコーガス侯爵家の良き従家として、心を入れ替え働かせて頂くとしましょう」
「それは当家に貢献する意志ありと受け取って宜しいか?」
「無論です」
ケリュム・バルバレーはどうやら、コーガス侯爵家に取り入る道を選んだ様だ。これまでのコーガス侯爵家の行動や情報から、益があると判断したんだろう。実に分かりやすい、商人らしい
「ですので、何かありましたらいつでも当家にご相談ください。ご希望に添える様、努力いたしますので」
「心強い限りです」
ま、役に立ちたいってんなら大いに利用させて貰うさ。もちろんその働きしだいで、利益が出る様にはしてやるつもりだ。利用するだけ利用して、ぽいみたいなあくどい真似はしない。
一応勇者だからな。
俺は。