「なんだか夢みたい……」
庭にある、手入れされた花壇を見て私はそう呟く。
「レイミーお嬢様、どうかされましたか?」
メイドのタンジェントさんが不思議そうに聞いて来る。
「ふふ、今のこの状況がまるで夢みたいだなって思って」
私が生まれた時には、もう既にコーガス侯爵家は没落した後だった。だから私は貴族の暮らしという物を知らない。それどころか、物心ついた時からずっと貧しい暮らしを強いられてきた。
父は病気がちの人で、その父に代わって外に働きに出たのが12の頃だ。毎日毎日頑張って働いて、給金は良かったけど、それでも三年に一度の貴族会議が重荷で贅沢なんてとてもできない生活。
そんな生活の中、両親が流行り病で亡くなり。ショックで弟が部屋に引き籠ってしまい。それでも私はコーダン伯爵家から出向して来ているバーさんに支えられながら、頑張って働き続けた。毎日必死に。
――でも、あの日から全てが変わった。
そう、あの日仕事から帰った私の前に現れた人物。タケル・ユーシャーさんが全てを変えてくれたのだ。
「本当に、タケルさんには感謝しかありません」
「あの方にお任せすれば、コーガス侯爵家の再興もきっとうまく行きますよ」
コーガス侯爵家を再興すると言われても、私にはピンとこない事だった。正直、今の状態でも十分満足できているから。
弟のレイバンの事は相変わらず気がかりではあるけれど……
仕事を止めて余裕が出来たお陰で、姉として寄り添ってあげる事も出来るようになっているので、きっといつかは立ち直ってくれるはず。
「誰か来たみたい」
屋敷の門で、サインさんが訪問者へ対応をしているのが見えた。
「ああ、きっとルートさんですね」
タンジェントさんの言うルートさんは、この屋敷の食品や雑貨なんかを届けてくれる業者さんで、タケルさんが手配してくれた人だ。
「いつもありがとうございます。ルートさん」
私は門を通って屋敷へと荷物を運んでくる彼に、感謝の言葉をかける。
「ごきげんようございます、レイミーお嬢様」
荷車を引いていたルートさんが被っていた麦わら帽子を脱いで胸元にあて、紳士然としたお辞儀をして来る。見た目は少し荒々しい感じの人だけど、凄く礼儀正しい。
「今日は流行りのお菓子を並んで手に入れて来ましたんで、後で勉強の合間にでも食べてください」
「まあ、そうなんですね。楽しみにしています」
家の再興なんて夢にも思っていなかった私は、今まで貴族としての学習を一切してこなかった。そのため貴族の世界に関しては殆ど赤ん坊状態。なので今、猛勉強中である。
「それじゃ、私はこれを中に運びますんで」
「お嬢様。バー様のお手伝いをしてきても宜しいですか?」
「ええ、よろしくお願いね」
「ありがとうございます。では――」
荷車を引いて屋敷へと入っていくルートさんに、タンジェントさんがついて行く。
今、タケルさんは出かけて屋敷に居ないので、荷物の受け取りはバーさんがする事になる。けど彼女は最近めっきり元気がなく、私達は体調不良を心配していた。だからタンジェントさんはバーさんの仕事を手伝いに行ったのだ。運び込まれた荷物は結構な量があって、それをしまうのは重労働だから。
「さて、私も一息ついたし勉強に戻りましょう」
タケルさんがコーガス侯爵家の為に頑張ってくれてるんだもの。大した事は出来ないかもしれないけど、私は私の出来る事で頑張らないと。